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2011年12月27日火曜日

「ファンタジスタは化けて出てくる」と「サマーウォーズ」も不発

タイトルもこんなになると末期症状か。

12月24日のクリスマスイブと言っても、お付き合いさせていただいている女の人は、お友達と汐留のイルミネーションをみるバスツアーに行って留守・・・・ひとりで寂しく4号サイズのクリスマスケーキ1ホール一気食いをしてみる。・・・・・糖尿大丈夫だろうか。・・・横浜中華街を歩いたり汐留のイルミネーションを観るのがメインのツアーらしいのに送ってきた写真が・・・・

写真の趣旨がわからん・・・彼女はファンタジスタ、私の想像を軽々と裏切るところから玉が飛んでくる。
25日の午後何とか連絡があったので、例によって6号国道をドライブ。
「あたし、もし死んだら化けて出るからね」
「嬉しいな。お化けでも会えるのは嬉しい。」

「もし、俺が先に死んだらどうすんの?」
「他のいい男捜す!って言ったら?」
「どーぞ。どーぞ。どーせ俺はそんとき死んでるんだし。・・どーぞ。どーぞ」
(俺はダチョウ倶楽部か。・・・・・・・・・君も俺もまだ死ぬもんか)

彼女は、24歳を頭に3人の子どものお母さん。3人とも別々の土地で働いてる、学校に通っている。・・・・・クリスマスプレゼントでも今年のことでもないけど、以前3人に同じアニメ映画のDVDを3本買ってそれぞれに贈ったことがある。・・・・・・・・別々の場所にいる兄姉弟がひとつの物語を同じ頃にみて・・・・感動・・すっかどうかはわからないけど、離れて別々の場所に住む家族には・・・同じ映画の物語を共有するのはいいことだと思ったんだ。同じ何かを持っているのは、気持ちでつながってくれるんじゃないかと。・・・・・大きなお世話なんだけどね。

映画は「サマーウォーズ」細田守監督のアニメ。・・・・酷評する人もいるようだけど俺は楽しめたので・・・・・田舎の大家族が助け合っている設定、子ども達になんか感じてほしくてさ。

だいたい俺は、結婚したことも子どもを持ったこともないんだから。当然そんな若者にプレゼントなど贈ったこともなかった。けっこう楽しいもんだ。


で、反応はどうだったかって?

長女さん曰く
「なにも、3本同じもの送ってこなくても・・・・・3人に別々のくれれば、廻しっこして3種類楽しめるのに」と、言ってたとお母さんより聞きました。・・・・うーん。まさに正論、おっしゃるとおり。

でもいいや、観てくれたようだし。気持ちは伝わった・・・・かな?・・・・・・不発かな。

クリスマスには、そんなことを思い出す。

みんな、それぞれの場所で頑張っていこうぜ。

2011年12月23日金曜日

小声で語る「ねずみ穴」とみんなの好きな「芝浜」

俺さぁ、・・・(馴れ馴れしいか)・・・私、20代の頃下北沢近く・・・あくまで近くね、・・の、おんぼろアパートで(もうないからいいか、大家さん家賃いっぱいためてごめんなさい。)・・・プー太郎のアルバイト暮らししてた頃。

雨が続くと・・仕事もせずに・・キャベツばかりを・・かじってた♪・・ので。質屋さんにもよく行った。14型のテレビは何度も大きな風呂敷に包んで背中に背負って下北沢にある・・・・「太陽に吠えろ」のロケの写真が貼ってあった・・・質屋さんに通ってた。・・・わざと大きな唐草模様の風呂敷に包んで、それを背負ってさ・・・無精ひげ生やして・・・泥棒スタイル・・・・そんな風に自分のやってることを笑わないと・・・・日常につぶれそうだったから・・・・

定期的に利子の分だけ入れておけば、質草のテレビは流されずに置いといてくれたので、バイト代のお金が溜まるとテレビが見られた。

それでも、にっちもさっちも行かなくなって親類のおじさんに借金に行ったことがある。
親類とは言え、借金のお願いはいやなもんだ・・・おじさんは何も言わず貸してくれたけど・・・・お金返した後も・・いやーな感じの思いは残ってた。

落語「ねずみ穴」は、死んだ父親の遺産分けで田地田畑半分もらった弟が茶屋酒覚えて・・女っこ、博打と・・すっかりとられて、・・・江戸で大店の主になった兄に働かせてくれ・・何とか助けて欲しいと泣きつくところから始まる話だ。
どうにもこうにも行かなくなって・・意を決して、恥を忍んで頼ったあげくが・・・商いの元だと紙に包んで貸してくれたのが3文の銭。

伝助さんは、伝助さん流の優しさで、弟の竹次郎を肉親の愛を信じるロマンチストと表現してたけど・・・俺自身に置き換えるとそ れは・・・弟としての甘え・・・何とかしてもらえるという甘えなんだと思う。
美談として解釈すれば、兄は弟の甘えを見透かして弟の奮起を促がすために、わざと3文しか貸さなかったというのだろうが、・・・見方を変えれば、返ってこないのを覚悟して貸すなら3文が限度ということ。
今、思えばおじさんに借金に行った頃、俺はアマちゃんで、頼れば誰かがなんとかしてもらえると思ってたんだろうな。
この落語で色んなことを教わった。

「精出せば凍る間もなし水車」・・・「稼ぐに追っつく貧乏はなし」
「落ちぶれて袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ知られる」

談志さんは、竹次郎さんの子どもの名前を「はな」でやってるけど、円生さんとか小三治さんとかの聞くと「よし」と呼んでる。・・・・理由は知らん。

昔、この噺のサゲ「夢は五臓(土蔵)の疲れだ」・・・・が分かりづらいので。
「・・・・・・ありがてえなぁ・・おら、よっぽどねずみ穴ぁ、気になったでね。」
「いやあ、無理はねえ。夢は五臓(土蔵)の疲れだ」・・・・・・の後、ジャン、ジャン、ジャン、(遠くで半鐘が鳴ってる)・・・・・(兄が)「・・・ん?火事か?」(と言って竹次郎を見て、悪魔のような顔でニヤリと笑う)・・・でエンディング。というのを考えたけど(火事になれば、また夢になるとは限らないぜ)・・・やっぱり後味悪いかな。

で、また夢になるといけねぇ・・・・の落語「芝浜」
上野鈴本演芸場の昼席では、年末特別興行「芝浜」を聴く会」というのをやってる。
12月21日(水)「芝浜」・・・・林家たい平
12月22日(木)「芝浜」・・・・林家正蔵
12月24日(土)「芝浜」・・・・古今亭志ん輔
12月25日(日)「芝浜」・・・・三遊亭金馬
12月26日(月)「芝浜」・・・・柳家権太楼
12月27日(火)「芝浜」・・・・柳家さん喬
私は、知らずに入って昨日の22日の林家正蔵さんの回のを見た。・・・・・・なんで、昨日の22日かというと22日に立川談修さんの「ダンス・ダンス・ダンシュー#41」を観にいって開演まで時間あったので鈴本演芸場に入ったらやってたという話で・・・

立川談志さんが亡くなっておよそ1ヶ月、前日の12月21日はホテルニューオータニで「お別れの会」・・・・談修さんの独演会行きたくなるでしょう?何を話すのか聴きたくなるでしょ?・・・会場来てましたよ「この落語家を聴け!」の広瀬和生さん・・・・・髪の毛長いよな。うらやましい。・・・週間ポストに載るのかな、談修さん。
前に伝助さんも書いてたけど、林家三平さんが亡くなったときの立川談志さんの三平を偲んで?の高座みたいなものを期待したけど・・・・・
開口一番
「子ほめ」・・・・・立川吉笑
         東京かわら版の芸人名鑑でみると・・談笑さんのお弟子さん。平成22年の11月入門、京都府京都市出身となってる、関西の人なんだなぁ・・・子ほめはこっちの言葉でやってたけど
何か、いい感じ・・・たたずまいが。

「談志の思い出?」・・・立川談修
        いつもなら、ネタおろし含めて3席やるけど、今日は談志師匠の話をして、後二席は、談志が「どこも文句がない。とほめてくれた噺と天国で激怒する噺をやると前置きして、談志死亡のニュースを知るまでの経緯とか弟子として談志との思い出とか1時間ぐらい話して、そのまま・・・

「宮戸川」・・・・・・・・・・・立川談修
        談志が文句なしといったという噺。うまいよね。ちゃんとしてるよね。でも談志さんは「あとは、どう商業ベースに乗せるかだ。」とも言ったとか・・・・・・思うに、談修さんの「宮戸川」じゃなきゃやだ!というふうにならないと・・・・うまい、ちゃんとしてる噺家さんは、いっぱいいる。

――――――― 仲入り ――――――
「芝浜」・・・・・・・・・・・立川談修
       談志さんが天国で激怒するかも・・・の方の噺。
鈴本演芸場もそうだけど・・・みんな、好きだよね「芝浜」・・話す方も聞くほうも・・・「おっ母ぁ・・死のうか?」も・・・「百八つ・・・・百八つ・・うん。百八つ」もやりたいよね。やりたくなるとこだよね。
でもこれも・・・いつか談志さんじゃない。談修さんの「芝浜」聴きたいもんです。死にたくなるような貧乏や・・・死に物狂いで亭主をだまして夢にする魚屋のかみさんの悲しみを・・・全部ひっくるめて除夜の鐘に込める夫婦の大晦日を・・・・

夜の8時40分くらいに終了予定っていうから、上野発9時30分発の常磐線特急切符買ってたのに、熱演で終了時刻は9時を回ってた。・・・・・上野広小路をダッシュして上野駅に突入する太ったおっさん。談修め!・・・・・・・・・・・・また、色んなことを考えさせられた談修独演会でした。

2011年12月4日日曜日

隣の晩御飯男と女性のやる落語と落語手帳

11月26日の土曜日に「第17回大宮寄席 桂米助・三遊亭歌る多 落語会」があり常陸大宮市文化センターに行って来た。

午前の部 午前11時
午後の部 午後1時30分・・・私はこっちの午後の部の方を観た。

開口一番
瀧川 鯉ちゃ・・・・・・やかん
            芸人名鑑見ると1971年生まれの入門が2008年?けっこう歳いってからの入門なんだなぁ・・・東海大学でてんだ・・大きなお世話ですが、頑張って。

三遊亭歌る多・・・・持参金
            今回、この落語会に来ようと思ったのは、女の方のやる落語は・・今、どんなになってるのか・・・
女性の落語家さんも増えてきたみたいだけど・・・・映画「落語物語」でみた春風亭ぽっぽさんなんてアイドル系でしょ?・・名前変わるのかな?・・・色んなひといるよな・・・・・
この三遊亭歌る多さんは、女性として初の真打だった人でしょ・・・・・ちゃんと寄席で聞いたことなかったし・・・・
「落語家は女性には向かない仕事なのだ、噺に女性も出てくるが、それは男の落語家の目からみて作った女性像なのだから」・・・なんてなことを言う方もいるし・・・講談とか浪曲は、ある程度女性の演者の位置づけが、認められてる?そんなことないか?・・・落語はどうなのよ・・・この目で確かめるのだ。なんてなことを考えたんだけど。

・・・って言っても、ひとりの演者の1席を聞いただけで、全体像がわかるわけもなく・・・・持参金という噺もお金・・お金・・だから、あんまり好きな噺ではなかったし。・・・・でも「・・・持参金目当てで不細工なお腹に子供までいる女性を、嫁に貰ってしまったが、一晩話を聞いたけど気立てのいい娘だとわかったんで良かった・・・」と、言わせてる、お金だけじゃあないんだよ。・・・・そういう工夫は女性ならでは?・・・だけど落語の女性演者の今・・・・なんてわかりません。
一席終わって・・・踊りがあって。・・・・投げキッスで終了。・・・後日、御本人のブログみたら、こんな地方の落語会についても、御来場ありがとうございますと書かれており。・・ちゃんとしてるよなぁ。

で、隣の晩御飯男。
桂米助・・・・・天狗裁き
        「天狗裁き」ったって、天狗出てこないけどね。
・・・桂米丸さんの一門だから新作落語のみの方かと思ってたら・・・古典の改作とかもやられるんだわね。
熱演・・熱演・・・・でも、エンディングで天狗ださないで自分の得意技で・・・他の人は知らんが俺には、合わない。










毎年、今頃になると仕事でもプライベートでも使える手帳探しをする。
ここ5~6年は、糸井重里さんのところの「ほぼ日手帳」を使っている。
昨年、普段なら絶対買わない分野の月刊雑誌の付録に「任侠手帳」というのが付いてた。
・歴代有名親分の命日・大抗争事件の年月データ・〇〇法指定24団体組織図
・欄外の用語解説には、「破門状の「赤」と「黒」の違い」とか載ってる。
手帳欲しさに雑誌を買ってしまった。・・・・

こういう、面白い業界手帳の存在を踏まえて・・・
笑点カレンダー・・東京かわら版・・なんかも取り込んで・・「落語」に特化した手帳
「落語手帳」ってないのかなぁ。
歴代有名落語家の命日が載ってたり・・・・
落語協会・落語芸術協会・立川流・円楽一門・フリーランス・・・・の落語家さんの
プロフィールと、私のこれを聞いてね自己申告もちネタベスト5とか
・正しい「ちりとてちん」・「酢豆腐」の作り方レシピとか
・道中付けならこれを憶えよう「黄金餅」・・・下谷の山崎町を出ます~・・・
・みんなで歌おう「野ざらし」、「かんかんのう」の歌(ギターコード譜つき)とか
誰か作んないっすかね?

世之介さん、初代風柳先輩、ブログ読んでいただいて、メンバー登録までしていただいてありがとうございます。・・・・・・でも、私のブログ・・こんなのですよ?

常陸大宮市文化センターにありました。

こんなサインなんだなぁ。

2011年11月24日木曜日

カレーライスと静かな告別式と・・・さよなら。

久しぶりに、付き合ってる女の人とドライブ。

旧七会村の仏国寺の紅葉を見て、栃木県益子町へ行って陶器を見ながら民家風のお店でカレーライスを食べた。

















きれいな三毛猫が飼われていて、店の中に入りたいと入口のドアに体当たりをしていた。

君も僕も猫も、みんな好きだ・・カレーライス。
















帰りの車の中で
1119日、土曜日に専修大学名誉教授、ゼミの担当教授だった柘植光彦先生が亡くなって、告別式が高田の馬場であったので、行ってきた。・・・・・・茨城の工業高校の機械科から文学部国文学科現代日本文学専攻した俺みたいなもんは・・決して良い学生ではなかったけれど・・・先生お世話になりました。お疲れ様でした。と手を合わせてきた。
ザーザー降りの雨のなかだったけど・・・静かな、宗教色のないいい告別式だったよ。・・・という話をした。

それから
「な~んでか?」で有名なギター漫談の人の名前が思い出せないなぁ・・・誰だっけかなぁ・・・なんて話をしてたんだ・・・・・・・・・そん時。

車のラジオから「・・・・落語家の立川談志さんが亡くなっていたことがわかりました・・・75歳でした。・・・・」というニュースが流れた。
しばらく、会話が途切れた・・・・俺がびっくりしてしゃべれなかったんだ。

落研に入部して生まれて初めて、先輩に連れて行かれた「池袋演芸場」。初めて聞いた生の落語。・・・その日の真打(トリ)は、立川談志さんだった。・・・その時、俺の人生が少し変わった。・・・談志さんが落語協会を脱会する前の末広亭や鈴本演芸場で談志さんが真打の時は、お金が続くまで通った貧乏学生だった。・・・国立劇場演芸場の「ひとり会」にも結構行った。・・・だいたいいつも一人で行った。談志さんの落語に浸っている時間を誰にも邪魔されたくなかったから。

彼女を送って帰ったアパートで・・・一人になって、・・立川談志この世の中に・・・もう、いないんだな・・・
さよなら。大好きでしたよ。あなたの落語。高座姿。


2011年11月14日月曜日

自転車おやじと草落語?

野球にプロ野球だけじゃなく、高校野球や社会人野球・・・・・草野球ってのもあるでしょう?
河川敷のでこぼこのグラウンドにユニフォームもバラバラのアンチャン達やおっさん達が軟式のボールで野球をやってる。
その光景をグラウンドの隣の芝生に、ごろんと横になってボーッとながめてるのは、それはそれで楽しい。
野球経験のある監督さんなんかいれば、普段からもっと練習しとけ!・・・走って体力つけとけ!・・・なんて言うんだろうけど・・・・楽しければ、いいのさ。・・・やってる人も、見てる人も。

草野球があっていいように・・・・好きだから、やってる「草」落語があってもいいんじゃないかいな。
落語にだって・・・大学の落語研究会や社会人のアマチュア落語があって・・・それぞれの楽しみ方があっていいんだよね。
草野球では空振りばっかりだけど、打撃フォームは長嶋茂雄そっくりとか・・・・あぶさんを気取ってバッターボックスの中で「酒しぶき」やって審判に怒られるおっさん・・・・・・のように、アマチュアで落語は、ぜんぜん受けないけど、語り口調は古今亭志ん朝そっくりとか・・・・(そっくりだったら受けないということはないか・・)・・お辞儀の姿勢だけは立川談志そっくりとか・・・・それは、それで楽しめるよなぁ・・・たぶん。

何の話かと言うと・・・・・
地元の茨城大学の学園祭に行って来た。・・・・キャンパスに駐車場がないので・・・久々のママチャリで・・・尻が痛い。・・・・けっこう遠いのだ。
落語研究会の発表を見てきた。少しの時間だったから・・・・すべてを把握したわけではないけれど・・・

最初、人文講義棟11番教室・・・入ったら「お見立て」をやっていた。喜瀬川おいらんを執拗に追いかける杢兵衛大尽の国なまりが、落語国の田舎なまりでなくて茨城弁でなまってたのがリアルだった。
声が小さいのが気になった。発声練習・・・いや、落語そのものをもっと、もっと大きな声でやった方がいいぜ・・・一高座完全燃焼・・・・いこうぜ、いこうぜ限界の胸で・・

サゲが終わって。帰ろうかと思ったら他の客が3,4人出てったので・・・出られなくなった・・残った客は俺を含めて2人。・・・・次の演者が出てきて・・・・
人には、色々怖い物がある、てえますが、今の私には残った客が帰ってしまうのが、怖い。・・・マクラが振られて・・・「饅頭怖い」が始まった。

「へたくそ」

と、思いながら・・・俺も、学生の頃は、こんなだったのかな・・・何となくおかしい。
「へったくそ」でも・・・落語はいいよな。


噺の方は、
ファーストゴロをエラーしたら走者一掃のランニングホームランになったぐらい、あっけにとられる・・・はなっから、俺を・・客を笑わそうなんて考えてないな学生さん・・・・・・そんな、状況がおかしくて、思わずニコニコしてしまう。
しかし、聞くのは、さすがに2席が限界で・・・・教室を後にする。残った二人が出て・・・何人かの客が入って入れ替わった。・・・よかった。
遠くで、ステージ演奏の歌が聞こえて・・・ずーっと昔に似たようなところにいた気がしたのを、思い出した。・・・・・遠い昔。楽しかったあの時代・・・

帰り道で、偕楽園公園で「茨城グルメまつり」というのをやっていた。・・・・たくさんのテント、屋台・・・はやってんだな、こういうイベント・・・・すごい行列だった。・・でも、俺は並んでまで食べ物を食べるのは苦手・・・・

2011年11月5日土曜日

かさま落語会しょの十六でございました。

11月3日の水戸芸術館の志の輔さんの独演会が、チケットだって発売初日に1時間並んでやっと買えたのだ。・・・しかも普段クラシックコンサートやってるような、天井高~い、だだっ広い・・・背もたれのクッションの付いた椅子に・・・・スタッフの制服のお姉さんがわざわざ案内してくれる・・・そんな会場で・・・・壮大なドラマの中村仲蔵なんかを聞いて・・・う~ん。満足。でありましたが。

本日は、笠間稲荷神社の裏っての嘉辰殿っていう100畳ぐらいの大広間に高座を作って三色の芝居幕を張りまわして手製のめくり台を置いただけの・・・・いい感じの落語会。入場券には「当日は座布団等を準備すると、ゆっくりとご覧になれます。」
そんなわけで、みなさん、座布団だのクッションだのを小脇に抱えて座敷にあがってくるのでありました。
ちなみに私も、デイパック・・リュックに低反発クッションを二つ折りにして詰め込んだのを背負って入場・・・手には入り口で配られた靴袋がわりのレジ袋・・・・そういう格好をしたみなさんがぞろぞろと
おそろいの座布団








ウランちゃんを尻に敷く。








開口一番
喜楽亭楽喜(きらくてい らっきー)・・・・・・・・道具屋
          今会のプロデュースの高田文夫さんの日大の落研の先輩のアマチュアの方とのこと・・・ということは、還暦過ぎの高田文夫さんより年上・・・・本日、出演の芸人さんの中で最高齢・・・しかも前座役。・・・・高田さんの説明によれば・・・この人は、16回を数えるこの落語会に毎回出てるが・・・この人のリハビリの為の会であり・・・そのリハビリの為にみんな集まってくるんだとか・・・東京でギャラリーとか骨董品の御商売をしてる方だそうです。

演者紹介・・・・・高田文夫さん司会で江戸曲ゴマの「三増(みます)紋之助」と「柳亭市馬」・・・3人で      御挨拶。

柳亭市馬・・・・「時そば」
         その高齢の前座さんが、座布団返しを間違えて・・・座布団の4辺の内1辺だけ縫い目がない・・・そちらの面をお客に向けて座布団をひっくり返すのが正しい・・・・高齢の前座さんは、縫い目のある方をお客に向けてしまった。・・・・落語協会副会長、じきじきに注意!・・・演者紹介で3枚座布団敷いたから、間違えたんだね。しょうがないね。

すごいね。そばを食べるしぐさだけで・・・拍手。
今まで色んな人の「時そば」を聞いた。サゲだって何度も聞いて分かってるのに・・・・今回も、ああ・・「時そば」だ・・と思いながら・・笑ってた。市馬さんも「時そば」もすごいね。
    
三増紋之助・・・・・江戸曲独楽
          汗、拭きながらまわすぞ。まわす。お客いじるぞ。いじる。・・・・風車という芸で30センチぐらいある独楽を棒の先で回す。まわす。・・・独楽が傾いて・・・風車のようにまわる。・・・・とその姿勢で、棒を持ったまま・・・座敷の真ん中を・・・座っているお客の間を、ものすごい勢いで走り回る・・・・走る紋之助さん・・逃げ惑うお客。・・・・すごいもんです。一生懸命の独楽でした。

柳亭市馬・・・・二席め・・・・「掛取り」
        大晦日にやってくる掛取り・・・売掛金の回収人を、掛取り人の好きなことで、いい気持ちにさせて追い返す。そんな噺。・・・・相撲好きには相撲甚句で・・・・喧嘩が好きな人には喧嘩で・・・・・・そして三橋美智也好き?には三橋美智也の替え歌で・・・・歌、うまいなぁ・・・いい気持ちで聞かせて貰ってエンディング。

楽しい落語会でした。・・・・・終わって余韻によいながら・・・門前とおりはキャンドルでとおりを照らしてきれいな。夜景。・・・おりから菊祭りの展示とあいまって・・帰り道も素敵な夜でした。

2011年11月4日金曜日

11月3日 水戸芸術館・・立川志の輔独演会とクロの無事生還報告

まず。この水戸芸術館コンサートホールが、元々、クラシック音楽のコンサートとかの為に設計、建設されたものだからか・・・天井高いし、音の反響もあるし・・・緞帳、めくりとかないし・・・落語の会には・・ちょっと難があると思う。・・・・肉声が聞き取りにくいし、トリでサゲ言った後、頭下げても、緞帳下がらないから・・・・かと言って、アンコールってわけにもいかないし・・・客が席をたって帰るタイミングが・・とりづらい。

午後2時30分の開演でありました。

開口一番
立川 志の彦   「つる」・・・・・立川志の輔さんの5番目の弟子。前座の志の彦さん
                  「何で、首長鳥がつると呼ばれるようになったか・・・これを知ってい
                  るのは、水戸では、あっしとご隠居さんだけですね。・・・・」

立川 志のぽん 「寄合酒」・・・「あれ?・・志の輔さんじゃないんだ・・と思われたお客様も多いと
                  思われますが・・・志の輔の4番目の弟子・・・志のぽん、と申しま 
                   す。・・・・・・・私、茨城県出身でございます。・・・・・」
     家に帰って、東京かわら版の寄席芸人名鑑で調べたら、石岡市出身・・・へーっ、筑波大
     学出てんだ・・・悪戦苦闘してたけど・・・頑張ってもらいたいもんです。

立川 志の輔  「ハナコ」・・・・前座、二人も出してすいません。・・・から、始まって・・・
                  古典ではなく新作落語「ハナコ」へ・・・・キーワードは「あらかじめ」
                  初めて聞いた噺だけど・・・面白いよなぁ。

――――――  中入り ―――――――

立川 志の輔  「中村仲蔵」・・・・歌舞伎役者の階級制度・・・忠臣蔵のストーリー・・・
                     弁当幕と言われた忠臣蔵五段目の位置づけ・・・
                    定九郎という役の詳細な説明・・・
                    といったものを、落語も歌舞伎も忠臣蔵も初めてといった人
                    にもわかるように説明しながら・・・・きちんと古典としてある
                    ストーリーもはずさず、師弟・夫婦・芸人・・芝居が庶民の娯楽
                    の中心だった頃の風俗、みんな入ってる・・すごい労作だと
                    思った。
                    1時間を越える長講・・・満腹しました。

緞帳が降りない舞台で・・・一本締めで、しめて。・・・・みんな満足してホールを出ると・・・すっかり日は落ちて・・・五時半をまわっておりました。・・・・・いいもの観たな。・・・落語はいいよな。

私が、捕まえて動物指導センターに搬入した犬の「クロ」は、逃げ出した飼い主が気がついて、センターに連絡して無事家に帰ったとのこと。・・・・・あいつは、捨てられたのではなくて、脱走を試みただけだったようで・・・なんにしても・・良かった。よかった。

     

2011年10月31日月曜日

シロとクロ

もう2年も前になるかなぁ。
どしゃぶりの雨の中・・俺は、那珂川の川っぺりに仕事で行ったんだ。・・・水道の取水口があって、人気の無い川原の空き地・・・・川を見ていた俺のふくらはぎの辺りを、何かがたたいたんだ。
振り返って足元を見ると子犬。

真っ白なムクムクした毛色の子犬が・・・雨と泥に汚れて、きったなく汚れて・・・捨てられたんだな・・・びしょびしょどろどろの右手・・じゃない・・・右前足で、俺のふくらはぎあたりを・・・トントン・・トントンとたたいてたんだ。・・ほんとにトントン・・トントン・・"連れてって・・いただけませんか?”確かにそう言われた気がしたんだよね。・・・・・・・ここまで、頼られたら・・・しょうがないでしょう。・・・たぶん隠れるところもないこの川原で雨の中、一晩たったら・・・まいってしまうのは目に見えてる。

仕事中だったんで・・夕方、仕事が終わるのをまって・・・ホームセンターで買ってきたバスタオルとドッグフードとダンボール持って・・・川原へ・・・いた。いた。

バスタオルでごしごし拭いてやったら・・・・きれいになった。ダンボール箱にタオルごと入れて後部座席に押し込めて・・・・しばらく帰ってない実家へ向かう。・・・・ごめんな。俺のアパートでは・・・犬は飼えない。お茶菓子としばらくはもつだろうドックフードを付けて・・・・義理の姉と親父様に・・・頼み込んで番犬代わりに・・・義理の姉・・兄の嫁さんには、あまりいい顔されなかったけど・・・何とか飼ってくれるとのこと・・・・よかったな。・・・お前は俺の柔らかいところ刺激してくるあたり・・・世渡りじょーずだから・・・大丈夫。可愛がって貰えるよ。
落語「元犬」によれば、白い犬は人間に生まれ変われるらしいぜ。・・・・可愛がってもらえよ。お前は、「ちんちん」と言われてもチンチンなんか出来ないし、吠えないから、親父達しくじることはないだろう。

先週末に、小学校から連絡があり、黒い大きな犬が学校の校庭をうろついている。危険なので何とかして欲しい。・・・校長先生から・・・軽トラックに檻をのせて、学校に到着・・・事業中の学校の校庭は、静かで犬は見当たらない。・・「さっきまでいたんですけどね・・・・」・・・・出来れば見つからないでいてくれと思う。見つかったら捕まえないと行けない・・・捕まえれば、連れて行かなければならない・・・連れて行けば・・・・

学校の周りをを1週したが、見つからない・・・・・帰ろうと校門を離れた、その時・・・いた!
車を道路わきに止めて・・・・・・「・・・・・おいで。」と呼ぶ。・・・・「・・・おいで!!」警戒しながら、でも尻尾を振りながら寄ってくる・・・・(来るんじゃねぇ・・どっか行っちゃえよ・・)・・・・「おいで」・・持ってきた餌で、近くまでおびき寄せる。お腹すいたか?・・・首輪はない・・・毛並みがきれいな・・・全身真っ黒だ。・・飼い犬だったな。最近まで・・・・餌を食べてる隙を見て、持ってきた麻紐を首に巻きつける・・一瞬、ガウゥと吠えて、かまれそうになる・・・でも、飼い犬でかみなれてないから、よけられる。・・・紐を引っ張って檻に入れる。・・・・多少の抵抗は、あったけど檻に入ったらおとなしい。・・・悲しそうな・・・心細そうな目をしてる。・・・・・なんで、学校なんかに侵入するんだ・・・子どもいるんだぞ・・つかまなきゃしょうがないだろう。

県の動物指導センターに運ぶ。受付をして犬を引き渡す。
抵抗もせず、しっぽふりながら消毒液のにおいのする大きな檻に引かれていった・・・少しは、抵抗しろよ・・・優しい犬だ。・・・・こんな優しい犬なんで捨てるかなぁ。

初めて、迷い犬を動物指導センターに搬入する仕事をした。センターの職員は愛想なく・・事務的に変な感情移入をせず・・・たんたんと犬を扱う。・・・そうしないとやってられないんだろうな・・・一々感情移入してたら大変だ。・・・・この後、センターのホームページに迷い犬として写真入で登録・公開されて・・・何日かすると処分される。・・・・ホームページに載ってる犬の写真はどれも、悲しそうな顔をしている。

捨てるんじゃねえぇ!

黒い犬なら・・・落語「鴻池の犬」
大金持ち、大家の鴻池さんに見初められて飼われる「クロ」・・・・シーこいこいこい。
出来れば・・・センターに連れてったクロも持ち主に帰るといいな。

実家のシロは、その後、義理の姉に気に入られ・・・もう、猫っ可愛がりされているそうだ。・・犬なのに。

2011年10月25日火曜日

落語物語

遅ればせながら・・・林家しん平 監督・脚本・原作の「落語物語」を観た。
どっちかというと・・「落語家物語」なのかな。・・心優しい物語

田畑智子さん演じる噺家のおかみさんが可愛い。決してべっぴんさんではないのに可愛い。
噺家さんの日常や楽屋の雰囲気は、そういうもんなんだろうな・・と、感じさせる現実感・・・本物の落語家さんが監督してる演じてるんだもんな・・俳優さんは、落語家演じても多少無理な感じはいなめないけど・・・落語家さんが物語上の落語家として演じるのは、うまいもんだ。

定席で前座が羽織きて昼席のトリを取るなんてなことが・・・ありうるのかどうかわからねえし・・・その行為の重さも素人の私にはわからない・・・・わかってたらもっと面白く観られるのかな。

警察が市民のためでなく警察官のためにあり・・・学校は生徒の為でなく先生のためにあり・・・市役所は、市民の為でなく公務員の為にあり・・・国会が国民の為でなく政治家の為にある・・・わけではないように・・・落語は落語家さんの為でなく、それを楽しむお客さんの為にあるんだと思う・・・・
だから、客として楽しむ為に落語を聞くのだ。観るのだ。それでいいのだ。・・・・と、思ってきたが・・・・・・・
やっぱり、落語は落語家さんのものだよなぁ・・・

落研のOB会には・・・・恐れ多くて、いまだ行けません。
でも、HPの写真で見た当日の先輩方は、楽しそうで、・・・なつかしい笑い顔で・・・みなさんが、お元気に過ごされているのがとても嬉しい気持ちになりました。

2011年10月12日水曜日

田舎の電話と秋桜・・・喧嘩だ!喧嘩だ!帰れない二人

好きな林家三平さんのなぞかけ
「三平の頭」とかけて、瓶詰めのコーラととく。その心は、・・・・上のほうが空いてる。

週末につきあっている女の人と下妻にコスモスを観に行った。

「田舎の電話」だよなぁ・・秋桜・・・コスモス。
”もす、もすぅ・・・もす、もすぅ?・・・「コス、モス」ぅ?・・・父ちゃんだけどね・・・”

そりゃあつまんない、洒落だけどね・・・この辺から会話が続かない
助手席で寝ちまった・・・・寝顔見ながら・・・こんな平和な日がずーっと続けばいいと願った。

お昼に入った蕎麦屋で
「太った、太った・・・今、私史上最高体重・・・大好きなアイスは、しばらく我慢だ」と宣言していた。

そーだ。この前は、俺にデブをうつされたと言ってた。・・・・俺のデブだと、どーして・・・っつーか、デブは伝染しない。

コスモス畑への進入路のよう壁に「どっこらしょ!」と二人で腰をおろして・・・・多少時期の遅れたコスモス畑をながめる。
コスモスの花言葉は、「少女の純潔」・・・「乙女の真心」だそうだ。
犬を連れた人が多い・・・坂道でウンチを踏みそうになる・・・よく見ると誰かの靴跡が着いてる・・すでに踏まれていたらしい・・・ご愁傷様です。・・・「乙女の真心」の隣にウンチさせてはいかん。

帰り道の車の中で、会話がはずまないのは誰のせい?その他の理由で喧嘩になる。
喧嘩になると、さっきまで会話が弾まなかったのがうそのように、意見をぶつけ合う二人。
落しどころが定まらないまま、彼女を家に送り届けてしまうと・・・次にいつ会えるのかわからないので・・・・もやもやした感情が宙ぶらりんのまま・・・になる。彼女の家を通り過ぎて・・・喧嘩したまま・・・市内を3週・・・同じ道の景色を3回みた。・・・・帰れない二人。

わかってるんだ。喧嘩できるのも・・・・ほんとは、嬉しいのだ。・・・どっちかが弱ってたら喧嘩なんか出来ない。ただ・・・もう少し一緒にいたいんだ。・・・病気の不安も、どうなるかわからない二人の未来も・・・・・喧嘩してれば・・・考えなくていいし・・・・・・
・・・・・しかし、いまどき高校生のカップルだって、もう少しましな休日デートが出来るとは、思うんだけど・・・・まあ、いまどきの二人ではないからな。・・・・元気でいこうぜ。

2011年9月19日月曜日

「ジュリーがライバル」聞きながら・・・真景累ヶ淵までひとっ走り

三連休ったてさ、独り者には、いつもの休日と変わらないわけで・・・

溜まったパンツ・シャツ・靴下、なんか洗濯して・・・ペットボトルのラベルはがして、キャップはずして、洗って、つぶして・・集積所に持ち込んで・・・なんてなことしてても一日は過ぎてしまう。

「探偵はBARにいる」・・・「サンクタム」・・・・「コクリコ坂から」・・・映画をはしごしても、・・・大泉洋が地下洞窟で、出口探して、上を向いて歩こう歌っているような・・訳のわからん状態で一日は過ぎてしまう。

どっか行こうと思い立って、・・・以前、伝助さんが感想を書いていらした「断髪のモダンガール」の森まゆみさんの「円朝ざんまい」のを拾い読みして真景累ヶ淵の舞台のひとつ・・・常総市の羽生にむかう。・・・以前は水海道市・・円朝が言うところの水街道・・・合併して常総市・・遠いなぁ。
ついに走行距離23万キロを突破したカローラに乗って・・・

このカローラ、つい先日、信号待ちで止まってる時に、おばちゃんの運転するワゴン車に後ろからドコーンとぶつけられて・・・・後ろのバンパーがベコッとへこんだけど・・・・道路脇に止めておばちゃんから電話とか連絡先聞いてるときに、ワゴン車の後部座席の2歳ぐらいの子どもの悲しそうな・・心細そうな男の子の顔が目に入ったので・・・「いいや・・こんなの内側からたたきゃあ直っちまう・・・・なんてこたぁないよ・・・子どもさんが泣きそうだ・・・もう、行っちゃって、行っちゃって・・・」(なんで、こんな言葉が出たのか・・・こんなこと言っちまう性格だから、嫁さん来ないのだ・・・関係ないか)
で、帰って内側からたたいて・・それなりに直ったけどさ・・・うしろのトランクは、開けるとガツン、ガツンしないと、閉まんないし・・・車体の全長が縮んでるんだよね・・2,3センチ・・・まあいいけど・・・

行く前に、三遊亭円生「真景累ヶ淵~勘蔵の死」を聞いて・・・ほんとは「~お久殺し」とか「~お累の婚礼」あたりを聞いておくといいんだろうけど・・・残念ながら音源持ってないので。

相変わらず、ナビとか持ってないし、生来の方向音痴で地図をぐるぐる回しながら遠くに筑波山・・・何とか常総市羽生町・・・鬼怒川沿いを走る・・・へこんだカローラで、・・・バックに流れるのは、往年のアイドル石野真子の「ジュリーがライバル」(これは、伝助さんが先輩の歌ん朝さんの大喜利ネタで書いてて、聞きたくなったわけで・・詳しくは松風亭日常を参照)

・・静かな田園地帯・・・川沿いは、竹やぶなど生い茂った・・・ちょっと不気味・・・・円朝さん言うところの「ボサッカ」・・茨城県の方言だと「ボサッコあるいは、ボサッ株」・・・こんなところで、落ちていた草刈鎌が、つまずいた拍子に、ひざにブス・ブスッ・・・とか、刺さるのは恐いな・・・
そうだ、目的地は、浄土宗法蔵寺・・・・近くに弘経寺(ぐぎょうじ)という徳川家康の孫の千姫の墓があるお寺さんがある。ここはりっぱなつくりのお寺だけど、ここはパスして・・・・法蔵寺へ。

弘経寺(ぐぎょうじ)に比べると見劣りがする、累ヶ淵の物語の舞台というには・・・・・
入り口で、境内を掃除してた檀家のおばちゃんかな・・自転車で帰るところとすれ違う・・・「こんにちは」・・声をかけて境内に入る。ひなびてはいるけど、掃き清められた庭の端に落葉が燃やされた跡・・・お線香のにおいがする・・・台風がくる前の強い風で雲が飛ばされて・・日が当たって木漏れ日が気持ちがいい。人っ子一人いないお寺の隅にひっそりと、累さんの墓があった。
300数十年前のこの地の悲しい事件が、しのばれる古びた墓石に手を合わせた。

正保四年(1647年)にこの地であった悲しい事件が原作の元になった鶴屋南北の「法懸松成田利剣」(けさかけまつなりたのりけん)の舞踏「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)が事件の後、130年後・・・その30年後に円朝が「真景累ヶ淵」を作ったとのこと・・・・事件そのものは、悲しい話。忘れてしまおう。

2011年9月13日火曜日

夏の終わりの海・・鹿島神宮の要石(かなめいし)と一般教養・・・落語の

すっかり遅くなりましたが、伝助さん奥さん退院、良かったですね。

私、学生時代の専攻は、現代日本文学・・・・・世のため他人のためになる学問では、ないよな。
しかも、ほぼ毎日キャンパスには行ってたのに・・・部室までは、皆勤賞だったのに・・・講義には・・・出なかったな。

担当教授が、講義としてとりあげるから読んどいてね。と・・・たぶん当時の現代日本文学(1970年代~1980年代かな?)を勉強したいならこれぐらいは、基本として・・一般教養として押さえとけば、というのでリストアップされたのが、以下の16冊
「ソフィアの秋」(五木寛之)・・・・「死海のほとり」(遠藤周作)・・・・「生のさ中に」(小川国夫)
「夢の時間」(金井美恵子)・・・・「幽霊」(北杜夫)・・・・「暗い旅」(倉橋由美子)
「骨の肉」(河野多恵子)・・・・・「恋愛小説」(三枝和子)・・・「死の棘」(島尾敏雄)
「彼方の水音」(高橋たか子)・・・「生きものの集まる家」(津島佑子)・・・「死霊」(埴谷雄高)
「死の島」(福永武彦)・・・「円陣を組む女たち」(古井由吉)・・・豊饒の海四部作(三島由紀夫)
「甘い蜜の部屋」(森茉莉)

あの頃・・・落語にどっぷりだった頃・・・落研学生が、一般教養として聞いておくべき噺とすると・・・
桂文楽・・・・・・・・・「明烏」?・・・「富久」?とか・・・これは伝助さんにアドバイスもらわねば・・
古今亭志ん生・・・「火焔太鼓」
三遊亭円生・・・・・「鰍沢」
林家正蔵・・・・・・・「真景累が淵」
柳家小さん・・・・・「長屋の花見」
春風亭柳好・・・・「野ざらし」
三遊亭金馬・・・・「居酒屋」
金原亭馬生・・・・「笠碁」
古今亭志ん朝・・「愛宕山」
立川談志・・・・・・「芝浜」
三遊亭円楽・・・・「浜野矩随」
橘家円蔵・・・・・「猫と金魚」
柳家小三治・・・「百川」
桂米朝・・・・・・・「たちぎれ線香」
桂枝雀・・・・・・・「代書屋」
こんなもんだったかなぁ・・・・当たり前すぎたかな。・・色々御意見ございましょうが、思いつくまま・・

鹿島神宮に行って来た・・・ナマズの頭を押さえてる要石のおかげで地震がおさまっているという・・・あの要石に再度、地震もう起こさないでと頼んできた。
全国的にも有数のパワースポットだってえから、あの人の分のおみくじを買った。「大吉」・・・健康、病気はだんだん良くなるそうだ。神様だからうそはつかないよな。・・・・健康長寿のお守りと一緒にあの人へのお土産にした。しばらくは、病院検査が続くらしい。

ちなみに、見ず知らずの親子連れです。夏の終わりの鹿島灘の風景に溶け込んでました。

2011年8月21日日曜日

のようなもの・・・末広亭と・・・デカい女

ぶらーっと、新宿まで・・・小田急線沿線に住んでた頃は、新宿駅西口の交番前が集合、待ち合わせ場所だった。
あんまり、明確に憶えていないんだけど・・・落研時代に新宿サブナードで寄席を・・・いや・・・OBの先輩方の昔噺の会のお手伝いだったか・・・新宿センタービルでの他大学の落研さん集めてやってた大学落研狂演会?・・・もうぼろぼろの記憶力。
とにかく、その集合場所が新宿駅西口、交番前だったと記憶している。

で、思い出したのでぶらーっと新宿駅西口まで、地下街を歩いて、紀伊国屋書店へ、2階のミュージックTEITOへ・・・・昔からここで落語、演芸もののCDやDVDは買い込んでいた。・・・伝助さんお勧めの小文治師匠のDVD第3集は、残念ながらなし。・・・また今度。・・・でも9月から店舗が移転するらしい。行きにくくなるかなぁ。

紀伊国屋書店で、たっぷり本を探して・・・また、地下街に戻って・・・新宿3丁目まで、これまたぶらーっと末広亭に・・・・紀伊国屋で時間とりすぎて、帰りの時間が近い・・・今回は表から眺めて通るだけ・・・ひやかしか・・・茨城は遠い。・・・入場料2,700円本日は、昼・夜入れかえ無し・・・か。

昔は、よく通ったのになあ・・もう20年ぶりぐらい・・・卒業してから・・・東京出張で新宿泊まりの夜に深夜寄席に行ったのが最後かな。
そーだ、ここはあの「デカい女」・・・「ストーカーと呼ばないで」のオオタスセリさんがバイトしてたとこなんだ。脳溢血から復帰した先代の林家三平さんがお客の爆笑がとれなくなって高座から降りられなくなったあたりの現場をみてると・・・エッセイに書いてた。
オオタスセリさんが、まだペコちゃんでもない、劇団円の研究生だったころ新宿センタービルの落研のイベントの司会のアシスタント・・・バイトだったのかな?・・・で、お世話になった。新宿でおでん御馳走になったことが・・確かあった。

言葉が悪かったらごめんなさいだけど・・・新劇くずれの・・・・勘違いかも知れないけどジタバタしてたあの頃を少し知ってる・・・・今、面白いもんな。歌。

帰って、夜、久しぶりにDVDで映画「の・ようなもの」1981年森田芳光監督作品を観る。
二つ目の落語家さんのお話。・・・・・落語は、ひどいけど・・
エンディングの宴会終えん後のひと気の無くなっていくビアホールの・・夜景が好きだ。
あの頃、なんにでもなれる気がしてたけど・・・何にもなれていないこともわかってた。

俺は、あれから・・・・の・ようなものではない・・何かになったのだろうか。

2011年8月10日水曜日

風車の弥七と楓さんと三平さんと・・・・きんたま・・すいません

今年も黄門祭りが水戸であった。
暑かった・・

それを目的に祭りを見に行ったわけではないけれど・・
風車の弥七の内藤剛志さんと楓の雛形あきこさん、八兵衛の林家三平さんがパレードに参加してた。見るとはなしに見たが・・・TBSテレビの放送が今シリーズで終わるのは、由美かおるさんの入浴シーンが無くなったからなのか・・・・頑張れ雛形・・・風呂だ。

うちの町が水戸市の隣町なので、昔、なぞかけをやれと言われた時に、
「うちの町とかけまして”きんたま”ととく・・・その、こころは・・・肛門(黄門)のとなりです。」
と、やって、ドン引きされたことがある。・・・・・頑張れ肛門!もとい黄門!

2011年8月9日火曜日

倉敷に行ってきた。

俺も彼女も、年齢的には人生の折り返し地点をまわった。
車で言えば中古車だから、色んなところにガタが来る・・・・それを、だまし・・微調整しながら・・・何とかやり過ごして来た。

彼女は、病気だと告げた。
漢字だけで12文字もある・・・ややこしい病名だ。
今は、こんなに元気なのに・・・先が見えない。

ドドッ・・ドッドド。 ドドッ・・ドッドド。ターミネーターのテーマを出囃子がわりに口ずさみながら、やってくる。やっと、思い出した名前・・・カウパー!カウパー!・・キャッキャとはしゃぐこの人が・・・

苦労させられた旦那さんと別れ・・・頑張って育てた子どもさんも、成人し・・・・これから自分の幸せを・・・やっと・・やっと自分の幸せだけを考えられるようになったのに・・・

体が元気なうちに・・・ずーっと元気かもしれんけど・・・もちろん、それを望んでいるけれど・・・
彼女を色んなところに連れて行くことにした。色んな景色を一緒に観て貰うことに・・・勝手に決めた。

新幹線の窓越しに富士山を探して、子どもみたいに喜ぶこの人を・・
「来年も、どっか連れてくるからな・・・」という俺に
「来年、私、生きてるかな・・・」ボソッと言う・・・

俺よりも先にいったりしたら・・・
顔にバカボンのほっぺたのグリグリ・・書いてやる。
ついでに、バカボンのパパの鼻毛も書いてやる。
眉毛には、渥美清のホクロかいて・・・真ん中つないでやるからな。

だから・・だから、いやだったら・・俺よりずーっと長生きしてくれよな。
俺が先だったら、レディー・ガガ・・みたいに、つぶったまぶたに目玉を書いてもいいからさ・・・

岡山県・・備前の国・・・備前と言えば・・・・長船・・則光
加賀屋佐吉さんが取り次いだ・・・・道具七品のうちのひとつ
落語「金明竹」・・・・今回の旅で落語がらみで思いついたのは、これだけかな・・・
俺が、まず元気にならないと・・

2011年7月11日月曜日

開演10分前・・・客3人・・大丈夫か?・・7月の「みな好き会」

7月8日・・夕刻の上野は暑かった。

専修大学落語研究会の「みな好き会」も第46回だそうだ・・・代表さんのあいさつ文が第46代代表の斉藤さんとなっているから、毎年欠けることなく開催されてきたってことか・・・
俺達の現役の頃が、たぶん・・・16回とか17回とかだから・・・だいぶ・・時間がたったもんだ。

上野広小路亭が40~50人も入れば満席になるところだから・・・アットホームな雰囲気で・・じっくり落語を・・・客の顔が見えるところで・・・・ったって開演寸前にこの人数・・・スリルとサスペンス緊張感・・・ほんとにやるんだよね?の不安ももろともせず・・・スーツ姿の部員さんも客席にまわって席もそれなりに埋まってきて・・開演。・・・・そうそうこんな感じ・・・俺達の現役の頃だってこんな緊張感・・・だったのかも知れない。

今は、看板も特に出てないし・・呼び込みもなし・・・俺達の頃は本牧亭で発表会の時は、上野署に事前に道路の使用許可とりにいって・・・発表会のチラシ配りながら呼び込みしたもんだったけど・・・今は、許可、厳しくなってるのかな・・・呼び込んで入れるほど客席多くないしな・・・

開演前の通路で・・・部員らしい女の子が携帯で話してた・・・
「・・・・・んーーん・・今日は上野で落語・・・サークルの発表会なの・・・それは・・8時頃には終わるんだけど・・・その後、バイト入ってんの・・・・朝まで・・・・ねぇー・・」
学生さんも大変だ。

仲入り には、恒例の新入部員紹介もやってた・・・なつかしい自己紹介・・俺達もここから始まったっけ。
文学部歴史学科1年(今はこんな学科あるんだなぁ・・)松本留五郎です。(仮にね)・・高座名は・・(俺らの頃は「芸名は」・・って言ってたけど、今は「高座名は」でやってた。)夢三亭大福です。(これも仮にね)・・・・・・・昔は、ここで一分線香即席噺入れてた・・・「雷は怖いねぇ・・なる(鳴る)ほど」とか「隣の空き地に囲いが出来たってねぇ・・・へぇ(塀)ー」とか「風呂屋に飛行機がおっこったぞ!・・・そりゃ戦闘(銭湯)機だ」・・・ってやつ。俺が1年の時に作ったのは「おぃ。このインスタントコーヒー中身が入ってないぞ!・・・・・ねぇすか?ふぇ?(ネスカフェ・・・違いのわかる男)」
よろしくお願いします。と頭を下げて・・次の新入部員に交代。

今の子のは、ここに小噺を入れるんで長いぞ・・・・「川崎市役所行って、市民課はどこですか?って聞いたら・・・課は、先です。(川崎です)」なんてえのはかわいいもんで・・・「外国人留学生に10回クイズやった」なんてのをしゃべってた「ピザって10回言って!ピッッザ、ピッッザ、ピッッザ・・・・・・ピッッザ」・・・(ひじを指差して)じゃあここは?・・・・・・「エルボー!」

大丈夫かぁー?・・・受ける受けないじゃねえよな。・・・嬉しそうな顔してしゃべってたもんな。楽しめ、楽しめ・・・楽しい時間は短いぞぉ・・・・落語もいいもんだぜ。頑張って楽しみなよね。

暑いのを気遣って・・・仲入りで、お茶のサービスがあった。部員の女の子にペットボトルから紙コップに冷たいお茶を入れて貰った。おっさんには、こんなサービスもありがたい。おいしかったです。ありがとう。

昔の、俺の大好きな落研の空気を少ーしだけ思い出させてもらいました。
重ねてありがとね。楽しかったです。

第46回 みな好き会
    日時:平成23年7月8日(金) 午後6時開演
    場所:お江戸上野広小路亭

饅頭恐い       松風亭 不死人
福は内         夢三亭 非常

強情灸         桂 小文治

だくだく        夢三亭 呟人

――――――  仲入り ――――――
         新入生紹介
六尺棒        立川 談修

いろもの   漫才
死神          夢三亭 河童

写真の後頭部は、初代の風柳 先輩でしょうか・・・御挨拶もせずすいません。

2011年6月27日月曜日

スローバラードと宮戸川・・・ついでにグレイ

ビンボーな学生・・・ビンボーなプー太郎だった俺達のデートは、彼女のアパートの近くをブラブラ歩くことだったり・・・丸なんとか言う商社の社員寮の屋上に忍び込んで夕日をながめたりすることだった。
確か・・俺達の落研のころは、大学3年の代が主催して3年生の誰かの地元で「3年の会」と銘打って落語の発表会を開いた。俺が1年のときは、3年生が2人しかいなかったので、無かったけど・・・2年の時は、茨城で・・・自分らが3年になって群馬県・・・4年のときは埼玉・・
その3年の時の群馬からの帰り道・・・・同期の部員の女の子の実家が群馬だったので・・・3,4人で帰りに寄って休ませてもらった・・・焼き饅頭?御馳走になり・・・当時、その部員の子とつきあっていたあいつは・・・(あえて匿名)・・・彼女の御家族に恐縮して緊張していたのが笑えた・・・そして日当たりのいい部屋で・・・昼寝をさせてもらった。気持ち良く、気持ちよく・・眠れた。

夕方、俺はつきあっていたあの娘と、群馬から生田のアパートに戻った。
取り留めの無い話をして・・・彼女は・・・泊まっていくことになった・・・

さて、落語「宮戸川」・・・将棋で遅くなって親父に締め出しを食った、せがれの半七と・・・隣の船宿の娘のお花も締め出しを・・こちらは食べ、・・・・とにかく霊岸島のおじさんの所に泊めてもらおうと急ぐ半七にお花がくっついていって・・・(お花が、頼りのおばさんは、熊本で・・・訪ねていくには遠すぎらい!)・・・夜中に訪ねてきた半七の後ろにお花を見つけた霊岸島のおじさんは・・・飲み込みの早~いおじさんは・・・二人を二階の一間に上げて寝かせてしまう、布団は一組、はしごまではずして・・・・・・恥ずかしがって・・・背中合わせに寝ていた二人を・・・・引っ付けたのは雷だ。・・・ぴかっ!と光って・・・・カリカリカリ・・・とくれば・・・そりゃーどうしたって引っ付くだろう。

あの娘は、俺のトレーナーとジャージを寝間着代わりにして布団に入り・・・背中合わせに話をしながら・・・・夜は更けていったんだ・・・話が途切れて・・・寝たのかなと思った・・・彼女が寝返りをうった・・・俺もそっちを向いて・・・・「どうした?」・・・・「なんでも・・・ない」
・・・・・・それから、どうなったかなんて、30年も前のこと・・・思い出の中の本なんてボロボロで読めやしない・・・・
でも、あの娘の寝言を聞いた・・・気がした。確かに聞いたんだ。・・・枕元でRcサクセションの「スローバラード」が流れてた・・・・

伝助さん、私もRcサクセション大好きでした。・・・・風公君に言わせると、あれは、ローリングストーンズのミック・ジャガーの真似じゃねえか・・・とのことでありますが・・・確かにそうですが、ミック・ジャガー日本人じゃねえし・・・好きなもんは、好きでしょうがない。
子別れ・・のとこで書いた件。わかりづらい文章を御理解いただきありがとうございます。
励ましまでいただいて・・・恐縮です。自分でも誠実にやってれば幸せに出来ると思ってますが・・・一筋縄では行かないです。・・・・俺のことなんかほったらかしても、娘と仙台だの横浜アリーナだのの「グレイ」のコンサートツアーに行ったりしております。・・・私と同い年なんですけどね。・・・・・私には、グレイの曲もわかりません。カップヌードルの替え歌のやつしか知りません。・・・・どうなりますことやら・・・・

宮戸川・・・・噺の途中で下げが、来るので全編を通して聞かないと、私には演題の意味がわかりません。後半は、暗い噺になるようで・・・・柳家喬太郎さんが、やってたなんて話も聞きますが・・・面白いんでしょうか。

2011年6月19日日曜日

海が信じられない・・・

「子別れ」って噺があるでしょう?
中でも、いわゆる・・・「子別れ」(下)・・・子は鎹(かすがい)っての

「子別れ」(上)・・・・こわ飯の女郎買い
   大工の熊さんが、とむらいの帰りに、こわ飯持って、吉原、遊郭に行って・・背中にしょったこわ飯の煮物の汁が、しみ込んだ ふんどし 絞ろうとしたり・・・

「子別れ」(中)・・・・これは、別名はないのかな・・
   吉原に居続けて、4日も留守にした家に帰って、喧嘩して・・かみさんと子どもおん出して・・・・お女郎さん連れ込んではみたものの・・やはり野におけレンゲソウ・・・うまくいくはずもなく・・

そして「子別れ」(下)
   まだ、思い続けている母親と心入れかえた熊さんを・・・子どもの亀ちゃんが「かすがい」になって、二人を元のさやにおさめて・・・くっ付ける。・・・感動的な噺で・・・・みんなハッピーエンドが好きなんだよな。俺もそうだったけど・・・

 子どもは、実の母と実の父の愛情の中で・・・・幸せになるもんなのかな・・・
子どもを連れて別れた母が・・・・・まったく別の男と一緒になり・・・・子どももなついて、母も幸せになり・・・幸せな「新しい家族は」・・・ずーっと幸せに過ごしましたとさ・・・・ってえのは、駄目なのかな・・・
俺は、子別れ・・この噺を、現、落語協会会長 柳家小三治さんが本多劇場で上・中・下、通しでやったとき見にいった。・・・ずいぶん昔の噺だけど・・・この噺の・・・よく出来たこの噺に・・・満足して帰った記憶がある。・・・発売された録音には、たぶん俺の笑い声も入ってるはずだ。・・・どれだか、わかんないけど・・

俺は、人生の大事なことを落語でいっぱい教わった。
でも、この噺のようには・・・・現実は、別れた親子は元のさやには、戻らないこともある。だけど・・だけど・・実の親子でもないけれど・・・母は新しい男に、残りの人生をかけるけれど・・・必ず幸せになるのだ・・・そんな、子別れが、現実には、あってもいいのだと思う。こんな夫婦も親子もハッピーエンドになるんだ・・いや、してみせる。・・・個人的な現実・・・・個人的な決意・・・

地震の前には、ブラブラと出かけて・・・ボーっと見てるだけで静かな時間が過ぎて・・・・まあ、明日から頑張れるかもしれんよなぁ・・・そんな気にさせてくれたこともある・・・いつもじゃないけどね・・・海を見に行ってきた。
だけど・・・どうも・・海が信じられない。うちの町でとれたお茶は飲めないらしい・・・野菜や・・・米だってどうなるのか・・海すら・・・信じられない。・・・・信じられなくても明日は来るんだけどね。

伝助さんの落研の話、すげえ楽しみに読ませていただいてます。伝説の日本刀男事件・・・思い出しました。

2011年6月5日日曜日

落語、聴きながらぶーらぶら

家の中で、大好きな落語を聴いていても・・気が滅入る日もあるわけで・・・
「落語家生活三〇周年 雀々十八番 下巻」DVDの中から「がまの油」・「仔猫」を観る。

亡くなった桂枝雀さんの遺伝子。ちゃんとお弟子さんの中に。
面白かったよなぁ・・・枝雀さんの落語。俺が生で観たのは、東京で橘家円蔵さんの独演会のゲストに出演された一度きりだったと思うけど・・・映像で観ても、録音で聞いても面白かった。・・・

あの人の、遺伝子は・・・志村けんさんやダウンタウンや柳家権太郎さん・・・いろんな人の中で見つけることがある。
俺だって・・・関西の生まれだったら・・「すびばせんね」は、もちろん・・「よろしくおたぬきもうします」とか・・・「お陽ぃさんが、かぁー!」・・・友達の家から帰るときには「さいなら、ごめーん!」・・・て、絶対やってたと思う。・・・「生年月日を言ってください。」と聞かれれば・・・絶対、大きな声で「せいねん・がっぴ!」と答えるな。・・・・・なんかの間違いで酔っ払ったら「お・・嬢さん~ブランコ乗りは・・よーいけれどぉ~・・あがったり、下がったり・・・するたぁびにぃ~・・チラリと見えます・・・真っ黒けのけ・・さっぱりわやや・・・・・」歌ってるな。

で・・・とても、家にひとりでいる気分ではないので・・・落語のCD聴きながら・・・国道51号線を西へ・・・桂枝雀さんの「幽霊の辻」・・・「雨乞い源兵衛」・・・春風亭昇太さんの「悋気の独楽」・・・「不動坊」・・・立川談笑さんの「シシカバブ問答」(イスラム教徒の蒟蒻問答)・・・・「金明竹」・・・(青森弁で道具七品・・・)聞きながら・・・海をみて帰ってきた。

仕事柄・・「死産届け」なんてなものを処理しないといけないこともある・・妊娠して13週と3日・・・戸籍にも載らない・・・・名前すらつけてもらっていない・・・男の子・・・・
関係ないっちゃあ関係ないが・・・なんか気が滅入った。なにをたそがれてんだかなぁ・・・寝よう。

2011年5月23日月曜日

潮来花嫁さんは・・潮来花嫁さんは・・・汗まみれ。

好きな小噺。

男の子が女の子を好きになって、毎日、毎日手紙を書いた。365日毎日、毎日手紙をだして・・・
1年後、女の子は郵便配達員と結婚した。

5月21日、土曜日に潮来市に「あやめまつり」を観に行ってきた。
お祭り初日であやめが、あんまり咲いてない。
聞いてはいたけど、この辺は震災の液状化現象がひどかったようで、道路の路面も波打ってひどいけど、歩道部分は、これまたひどい。電柱がほとんど傾いてる。

暑かった。
客引きのおじさんが「櫓(ろ)船」に乗らないかと誘う。
聞けば30分4,800円だという・・・(高けえ)・・・・4,500円でいいよ・・・(まだ、高いよな)・・4,000円・・・・・よーし3,000円でいい!・・・・(いきなりそこまでさげるんかぃ!・・ほんとはいくら相場なんだろ)
ちょうど「嫁入り船」が、来たので「あれ見てから、また来ます」と・・・おじさんには申し訳ないが船には乗らなかった。

嫁入り船の花嫁さんも暑そうだった。
一緒に行った女の人は、「あれは暑いわね・・・帯の下の・・帯締めの下んところが、かゆくなるのよねぇ・・・」かゆくなる場所の情報まで教えてくれた・・・相変わらず面白い。

人出は、いまいちだったけど・・・毎年続いてるイベントは・・・たんたんと・・・はしゃぐことなく・・・続けって行っておくんなさい。

立川談四楼さんの「声に出して笑える日本語」という本にあった川柳を誰かに話したくてしかたない・・・でも、下ネタではばかられる。・・・このブログなら許してね。
「金玉の 根元涼しき 女房の屁」・・・・すごいなぁ。

2011年5月5日木曜日

子どもの日と海浜公園と「十徳」と「初天神」

ちょっと、曇り空。
まだ余震もあるこの時期、海っぺりは不安もあるが今年もネモフィラとチューリップを観に「ひたちなか海浜公園」に行って来た。・・・・私と季節の花・・・柄にもなく。

車で聞いていたのは・・これも地震の後の片付けで発見したカセットテープ
「昭和55年度 歌ん朝追ん出し寄席」落研で私が1年生の時の4年生の二代目歌ん朝さんの校内寄席の録音
最初に悟空さんの「十徳」・・・・懐かしいなあ。今じゃ・・・あの頃も、そうだけど十徳なんて着物があることがわからない・・・両国橋も一石橋も・・・俺たちが普段、当たり前に行き来する橋でもなかったし・・でも、俺が親父ゆずりの寸足らずのコートなんか着てたら「それは十徳コートか?」風公君にからかわれたっけ・・・・こういう噺はなかなか聞けなくなっていくのかな・・

ついで、楓さんの「初天神」・・・・親父と息子が1月の初天神の縁日に行く噺だけど・・・・飴を買う・・・団子を買う・・・凧を買う・・・・楓さんは飴を買ってもらうところで下げてる・・・今の縁日なら何買ってもらうのか・・・楓さんは、子どもの噺やりたかったんだろうな・・悪気なく甘える子ども・・・今、どうされているのかなぁ・・・・・・

で、追い出し口上・・・八海さんが司会・・・・歌ん朝さんは、助べえだという話から・・キャバレー行って、3,000円ぽっきりという店に入って・・・怖いお兄さんが出てきて3,000円払って腕をポッキリ折られた・・・まあ、そういうことだな・・・
で、3年の紫雀さんが、口上のしめで3本締め・・・懐かしい声だなぁ

テープのこの辺で、海浜公園についた・・・歌ん朝さんの「猫と金魚」・・噺はじめたときから、ハイテンションで笑ってる・・・・これも懐かしい声だ。・・・・カセットテープを切って・・・花を見に行く。

2011年4月25日月曜日

雨の新代田

地震で、部屋の中のいろんなものが吹っ飛んで、録りためてあったカセットテープが、ケースごとぶっ壊れて・・・拾い集めて整理してたら「昭和57年度 落研小噺大会」というタイトルのカセットテープが出てきた。

当時、落語研究会の活動の中で、一年に一度ぐらい部員同士で自作、あるいはどこからか見つけてきた小噺を発表しあって・・・・まあ噺の枕を強化しよう、使える小噺のストックを増やそうというような目的だったのかなぁ・・・そんなことをやってた。

私が、一年のときは何月何日にそうゆうのやるから事前に本とか寄席で小噺をみつけるなり、憶えるなりして用意しておくように・・・と先輩からお達しがあり・・・・まだ、落語になじんでいなかった一年生、男どもは、・・・「とにかくうけるものを・・・・」・・・うけるのは下ネタ・・・それしか思いつかず・・・・誰かが古本屋から見つけてきた「艶笑小噺集」かなんかの本を・・・俺、これにする・・・お前はこの噺いいんじゃない・・とかやりながら、とにかくニヤニヤしながら・・・これはうけるぞーと・・・当日の発表会に望んだ。
まぁ、一人目、二人目が・・・「昔、老子なんてえ人がいたそうで、何十年も母親のおなかの中にいてなかなか生まれてこない・・・やっと出てきたときには、白髪の老人だったなんて話がございまして、・・生まれてきたときに老子に聞いた人がいたそうですな・・・・母親のお腹の中っていうのはどんなところでしたか?・・・・うーむ。暑くもなく寒くもなく・・・そうちょうど秋のような穏やかさであったなぁ・・・へーちょうど秋ねぇ・・・でも暑くもなく寒くもないなら、春でもいいじゃないですか?・・・なんで秋と?・・・・・・・・いや、これは秋じゃな、なんせ時々下から松茸が生えてきた。」

なんてなのを、しゃべっている最初のうちは良かったけど・・・これが3人、4人とこんなのばっかりやってたら、先輩が怒り出した・・・そりゃそうだ・・・「いいかげんにしろ!俺たちはバレ話聞きにきたんじゃねぇ!!」
・・・しかし怒られても・・・憶えてきたのはこんな噺しかないんだから・・・アドリブでしゃべれるほど、小噺なんてしらないし・・・・怒鳴られてシーンとした会場の教室の中で・・・上がったのは誰だったかそーだ、たぶん松時(ショータイム)君だ・・・・・「エー、大家のお嬢様が病気になりまして・・・医者の見立てでは、体が弱っているので・・・滋養のあるものを食べて栄養をとらないと・・・・・父親のいうことには、「では、娘が松茸のようなものが食べたいと言っております・・・・松茸のようなものは、食べさせてもよろしいでしょうか?・・・・・何?松茸のようなもの?・・・それは、いかん!・・・何を食べさせてもよいが、「松茸のようなもの」はいかん!・・・・・・へっ?松茸は、体に悪いんですか?・・・・そーではない。「松茸」は、食べてもいいが・・・「松茸のようなもの」は、体に悪い。

絶対、うけると信じて憶えた噺だったのに・・・・・そんなことが、あったけ。

代官山で親類の結婚式があったので、土曜日23日に行って来た。
幸せな人を見ると、こちらも幸せな気分になる。
帰りに新代田に寄る。代官山から東急東横線、渋谷で降りて京王井の頭線・・・新代田で降りる。
雨の新代田駅前を少し歩いた。雨の新代田、羽根木の街は、怒ってた。
今頃、昔の仲間が懐かしいと言うのなら・・・なんで何十年も連絡したり近況報告とかしないで・・今頃なんだ・・ごめんな。・・・昔からこうだったよな。俺。

2011年4月10日日曜日

自転車おやじ街を走る

天気がいい。
伝助さんの「桜が咲いた。」のブログを見て、自転車で桜を見に近くの公園に出かけた。
パンクは自分で貼って直しただけに、少~し不安だったけど、ママチャリは、風の無い気持ちのいい日差しの中を走る・・走る・・・・・坂道は相変わらず、自転車から降りて、押して歩く・・歩く・・・・おっさんだから勘弁してくれ・・・

公園は、暖かな日差しの中で親子やカップルが多かった。
昼間の花見はこんなもんだな・・・

ちょうど昼ごろだったので、カップル、親子づれは公園の桜の木の下にレジャーシートを広げて彼女が・・・奥さんが・・・作ってきた弁当を・・・・買ってきた?旦那さん、彼が作ってきた?・・・どっちでもいいか・・あちこちで仲良く食べていた。

桜は満開ではなかったけれど、桜と白鳥と黒鳥とカモ・・・オムツした子供がヨタヨタと・・・
春だ。春だ。

公園からの帰り道・・・飯島精肉店の惣菜コーナーで・・・春キャベツたっぷりの「コールスローサラダ」と「昔のコロッケ」を買う。
「昔のコロッケ」と言っても、昔、作ったコロッケを今日まで取っといて売ってるわけではない・・・昔はこんなコロッケだったよなー・・・・・という素朴なコロッケということで・・・・・あたりまえか。
うまいんだこれが・・・

そんでもって・・アパートに戻って、コロッケとサラダでお昼。
5代目柳家小さん・・・人間国宝・・・「長屋の花見」を聞きながら・・・今日みたいな日は、聞くならこの噺でしょう。

「1升ビンが三本!卵焼きにかまぼこだよ・・・」

「花見だ!花見だ!・・・・夜逃げだ・・夜逃げだ」

夕方は「笑点」・・落語芸術協会会長、歌丸さんの「つる」
なんで、落語の世界の人達は、何か覚えるとどっかで披露しないと気がすまないのか・・・
元は、「くびなが鳥」と呼ばれていたオスのくびなが鳥が、浜辺の松の枝に「つ―――」と飛んできて
続いてメスのくびなが鳥が「る―――」と飛んでくる?そんで「つる」・・・なんでそんな話を素直に信じて、ほかに言ってしゃべろうとするんだか・・・しかもその「つ―――」と「る―――」が覚えられない・・・・・最後に「黙って飛んでくる」・・・なんてぇ下げだ。ばかばかしくって笑う。

この噺は、俺達の落語研究会時代だと、楽家だったよな?夢三亭?・・ペコちゃん。(大事な人なのに忘れてるな)・・がやってたなぁ・・・女の子だけど天然のフラがあっておもしろかったな・・・あれから20数年、いまやったらどんなんなってんだろ、やってくんないかな・・・ペコちゃん。


2011年4月5日火曜日

昨日と同じ今日はこない・・・・・きつい日もあるけどさ

今日、仕事で訪ねた81歳のおじいさんとおばあさんの二人暮らしのお宅は、地震で屋根の瓦が落ちて部屋の柱とハリは、ずれてほとんどの壁は、はがれて下地材がむき出しになっていた。
トイレの壁のタイルは大きなひび割れが出来ていた。玄関の引き戸はこわれたらしく厚手のベニヤ板が打ち付けてあった。・・・・・地震前は、大きな屋根と太い良く磨かれた柱が何本も使われた田舎としても立派だといわれるようなお宅だったろうに・・

訪ねたとき、81歳のおじいさんは、はしごをかけた納屋の屋根の上でこわれた屋根瓦を這うようにして補修していた。「よく来たねー、今降りっから・・・」屋根のはりに黄色と黒のトラロープを結んで、ひもの反対側を体に結んで命綱がわりの、そのひもを体からほどきながら・・なんか様子が変だ・・・右手と右足が言う事をきいてない。屋根から降りてきてわかった。脳梗塞の後遺症で右半身が不自由だ。はしごを押さえてあげようとした俺を・・・瓦落ちると危ないから、下にいねーでくれと、追っ払って・・・右足を左手で持ってはしご段に乗っけるというような一人二人羽織みたいなやり方でおりてきた。下におりて俺から側に置いてあった杖を受け取ると、足を引きずりながら・・・家の中の地震の被害状況を見せてくれた。

ひと通り見ながら説明してもらった後、おばあさんが入れてくれた、お茶を飲みながらベニヤ板で光の入らない薄暗い上がりがまちで話をした。
「この歳で・・・家がこんなになって・・もうやってけねえかなあ・・・子供らは一緒に住むかと言ってくるが・・・子供らは勤め人で、きれいにしてっけど・・・俺らは百姓で・・・きたなくしてるしなぁ・・・
屋根駄目だから・・・雨降ったらぬれっちまうから・・・布団にビニールかけてんだ・・・(おじいさん笑う)・・・・・・・テレビ見っと・・・東北で子供ひとり残されて・・・津波で家族流されて・・・・かわいそーだな・・・(おじいさん泣く)・・・・

脳梗塞の後の感情失禁の症状・・・そういうもんであろうと・・理屈ではわかるけど・・・81歳に泣かれると・・・言葉ない。脳梗塞で片麻痺でも・・・ひとりではしご登って・・・屋根直そうとする気丈さと80年以上生きて積み上げてきたものが・・・一瞬でぼろぼろになって途方にくれてる・・・気持ちと・・

お茶のお代わりを辞退して・・・みかんとおせんべいを防寒服のポケットに押し込められるように、おばあさんに持たされて帰ってきた。
「俺みたいなもんが余計なこと言うようですけど・・・・屋根は危ないから・・・子供さん訪ねてくれたときか、業者さん頼んだ方が・・・どこも混んでてなかなか来て貰えないでしょうが・・・時間かかっても・・・・少しずつ・・少しずつ・・・直していきましょうよ・・・」
もっともらしいこと言って帰ってきたけど、おじいさんまた屋根に登るんだろうな・・・・でも、しょんぼりしちまうより・・・危ないけど・・・負けないおじいさん。頑張ってください。俺は俺の仕事で。

伝助さんが、以前に滝平二郎さんの切り絵で話題にしてた「ベロ出しチョンマ」(斉藤隆介 作)実は私も大好きです。・・・大好きと言ってしまうのは、はばかられるほど哀切な話だけど・・
・・・・親の直訴の罪を受けて・・・はりつけになる12歳のチョンマ、長松と3歳のウメ・・・ウメが怖がらないように、笑って怖さを忘れてしまえるように長松は、精一杯の面白い顔を見せる・・・下がった眉毛とべろを出して・・・・

止まらない放射能や地震の余震・・・いつまで続くのか風評被害の農家や漁師さん・・・経済や産業は・・頼りにならないのか政治家や学者先生・・・・・みんな怖い・・・大人だって怖い・・・せめて一瞬でも、怖さに負けないように・・・みんなが怖がらないように・・・笑ってしまえるように・・・
他人には笑える・・・そんな顔を・・・ほっとさせるそんな顔を・・・たとえ、はりつけにされてしまうとしても

2011年3月29日火曜日

景清

私の周りでも、ガソリンは落ち着いて来たし、コンビニも電池やペットボトルの水の制限などを除けば、普段の営業に近づいてきてた。
私の仕事場もどうやら通常業務が出来るようになってきた。ありがたいことだ。・・・会社が被災して従業員全員解雇という話も解雇された人の奥さんから聞いた。そんな人に比べたら仕事があるだけけでも・・・・

地震の後は、不思議なことに車で寝たり、事務所に泊まりこんだ時もほとんど寝なくても、平気だったし食べるもの食べなくても、空腹感もなかった。・・・1週間ぐらいしたころに・・あっ やせたなぁ と気がついてベルトを3~4センチ切ったのにゆるゆるだった。ここんとこ眠くてしかたないけど・・テレビ見ても楽しいと感じないし・・・好きだったお笑い番組も見る気がしない・・・どうしたもんか・・

雨の中、自転車で2時間半通勤した時に思い出した噺に「景清」があった。・・・
桂文楽・・先代八代目のをテープで聞いたのと、亡くなった桂枝雀さんので・・何が気持ちに引っかかったのか・・考えたら「やけっぱちになる」ということだったようで・・・

あの噺は、目の不自由な定次郎さんが目が見えるようになりたいと信心して・・・・ちょっと良くなったところで、一緒に信心してた女の人にムラムラして・・元にもっどてしまったり・・ここで「やけっぱちになって」・・・・でも気を取り直してまた信心して目が見えるようになる・・・なんて噺でしょう?
桂文楽さんの十八番のひとつを、こんなあらすじ、解釈したら伝助さんに怒られるかな?・・・伝助さんすいません。

この「やけっぱちになる」くだりは、桂枝雀さんで聞いた「景清」の主人公の方がむちゃくちゃですごい・・・
私も、自転車こぎながら・・・余震や買えないガソリンや放射能の雨や・・・・ひとつの町や家族や自宅や思い出や帰るべき故郷を失ってしまった人たちに何もしてあげられていない無力感や・・・・この国は、これからどうなるんだろう、という不安で・・・「やけっぱちになって」いたのかもしれない・・・・噺のエンディングは、目の無い人に目が出来る、おめでたい・・・・それは噺だから、それでいい。・・・そんなふうに「景清」という噺を思い出したという話。

伝助さん。私のようなものを気遣っていただいて、ありがとうございます。
まだ、やってみたいこといっぱいあるので、やけっぱちになってなんかいられないですよね。
世の中がもう少し落ち着いたら「大山詣り」もやってみたいし、「愛宕山」でカワラケ投げ・・・(今はやってないらしいですけど)・・・・私たち世代の落研OB部員集めて夏合宿、発声練習付き、「大福の夢の寄席」も本人にやってもらおう・・・世の中がもう少し落ち着いたら・・・

地震の後遺症です。すいません。文章がまとまってません。たまにはこんなまとまらない気分の夜もあるさ。

2011年3月25日金曜日

自転車おやじ通勤に2時間半

というわけで、ガソリンが買えなかった・・・
3時間並んで10リットル入れてもらえたとか、朝5時から並んで2千円分だけ、しかも燃料計の1目盛りの方だけ限定給油なんていう話を聞いたりしたけど・・・昼間、フルタイムで働いてたら並べないっちゅうの・・夜は帰宅の7時過ぎには、すでにどっこのガソリンスタンドも閉まってるし・・・・・そんなもんで自転車おやじ登場。

普段、車で40分かけて通勤してる上り坂、下り坂、地震の亀裂多々あり、注意喚起の赤いとんがりコーンが何箇所も置かれている通勤コースを近所の自転車屋で格安で買った26インチ買い物かご付きのママチャリ自転車でさっそうと通勤・・・・・通勤時間2時間半。

考えると・・東海道新幹線なら名古屋ぐらいまで行ける時間だなぁ・・・それで往復で5時間
仕事を終えての帰り道、雨の中・・・放射能たっぷりふくんだ雨の中・・・カッパに帽子、マスクに厚手の手袋・・・反射テープ付きのたすきを巻きつけた。・・・カラーボールぶつけられて逃走を図ったコンビニ強盗みたいな格好をした自転車おやじが震災で外灯の切れた暗い・暗い田舎道を走る。走る。・・少し休む・・走る。
だいぶ休む・・・・走る。

上り坂がきつい・・変速ギアの付いてないママチャリは、きつい・・・・
このきつさは・・・・そうだ「愛宕山」山行きの幇間・・一八の山登り・・・「お前・・待ち待ち・・蚊帳の外・・・蚊に食われ・・七つの鐘の・・・」・・駄目だ。自転車こぐリズムがあわねえ・・・

この長い田舎道は・・・そうだ・・「黄金餅」・・・「下谷の山崎町を出まして・・・あれから上野の山下へかかってまいります・・・三枚橋を渡って・・上野の広小路・・御成り街道まっつぐに・・・五軒町へ出ます・・・」駄目だ・・道中づけなんて憶えてねえ・・・・とにかく家に着いたときにはみんなくたびれた・・・私もほんとにくたびれた。

通勤三日目・・・尻の痛みと筋肉痛がピークに達した頃・・・震災の地割れに前輪を突っ込んでパンク。・・・・燃料メーターとにらめっこしながらの、自家用車通勤に戻りました。

おっさんの一人暮らし・・・どっかでまいっちまったら・・・菜づけの樽に入れて焼いちまってくれ・・・
腹から溜め込んだ黄金が出てくるかもしれないぜ。・・・腹だけはミデァムレアで焼いてくれ。

もう少し、もう少し頑張ってみんなで元の暮らしに・・・一歩・一歩・・少し休んで・・・一歩・一歩・・だいぶ休んで・・・一歩・一歩。

2011年3月19日土曜日

頑張ろうぜ!みんなで頑張ろうぜ!

やっと、うちの町にも電気と水が戻ってきました。

車の中で寝たり、勤め先のロビーの長椅子に2晩寝泊りしたけど、何とか生活しています。
うちの町の役場水道課の職員は、ほとんど寝ずに頑張っていたし、消防団は文句ひとつ言わず消防車を走らせ、一人暮らしの高齢者に炊き出しを届ける手伝いをしていました。

給水所でボランティアの中学生に「口のきき方が悪い」と食って掛かるストレスのたまったきちんとした身なりのおっさんとか・・やなものも見たりしたけど・・・中学生はめげずに頑張っていたし・・・まわりのみんなは、中学生勇気づけてた・・・みんな怖いし不安なんだ・・・これからのことは、わからないし・・・・

だけど、要石で地震のナマズを封じ込めていた鹿島神宮の大鳥居が倒れても・・・六角堂が跡形もなく流されても・・・3時間、車で並んでもガソリンが買えなくても・・・・みんな元気に自転車を走らせ・・・普段声もかけないような見ず知らずの人にも声をかけて・・頑張っているぜ。

放射能も余震も知ったこっちゃない・・・どうにもならないものにおびえたってしょうがない・・・毎日を頑張って行きましょうや。

伝助さんも御無事で何よりです。お互い頑張って行きましょう。

2011年3月8日火曜日

茨城空港と「なまず女」

でもって、3月6日は茨城空港開港1周年記念「空の市」てぇのを見に行った。

開港時点で赤字覚悟・・・国内線一時撤退・・色んなことあったけど、1周年。
近隣の市町村や韓国の物産販売のテントが臨時駐車場の隣に出来ており・・それなりの人出でありました。
この空港のある小美玉市・・すごいよね、合併で出来た市ですけど、小川町・美野里町・玉里村が合併して小美玉市・・・わかりやすい!小細工に走らず、いさぎよい。特に玉里村はえらい!理由は・・・ない。

この、空港まで行く間の車の中で聞いていたのは、われらが・・・春風亭昇太さんのCD 春風亭昇太3-昇太の古典-・・・から「寝床」・「時そば」・「愛宕山」・・オリジナルの新作もいいけど、古典も面白いなぁ・・・・パワフルだよなぁ・・・もう、51歳だよな・・確か・・・
「寝床」・・・義太夫に関する薀蓄・・どんな義太夫を語るとかいう部分は、ずっぽり削除して、面白いということに特化したのは、偉い!誰のものとも違う昇太さんの寝床を・・・旦那の恐怖の義太夫をどこまでエスカレートして描くのか・・・やりすぎると噺、壊すだろうし・・難しい。おもしろいからいいかぁ・・・
「時そば」・・・上方の「時うどん」を直したって言ってる。確かにこっちの方があってる気がする・・・
「愛宕山」・・・声だけじゃぁなく、動き見たかったなぁ・・・

大昔、昇太さんが、東海大学で頭下位亭切奴だったころ・・・東海大学の落語研究部の発表会は面白かった。演出も演者のモチベーションも・・・やる気?も高かった。俺たちも負けたくなくて、4年のころの山野ホールの発表会で幕間やエンディングにクレージーキャッツのテープ流してみたり、演者紹介に凝ってみたり・・・刺激受けたんだよなぁ。・・・・でも、今なら、それもいいけどしゃべる落語の質で勝負すべきだったと・・またしても今頃、反省。

渋谷の三大学・・青山学院だったか国学院?いや・・東海大学だったのかなぁ・・発表会で、うちの落研の先輩がゲストで参加したときのお手伝いで私もご一緒して、当時は切奴さんだった人気絶頂の昇太さんに「俺、こいつ好き」って言ってもらったことがあった。・・・・自慢ではないっすよ。・・・他大学から来た下級生への社交辞令とわかってても嬉しかったんだから、しょうがない。・・・あれ以来、彼が大好き。(単純なもんだ)
今度、どこかに出かけるときは・・・・昇太さんの「悋気の独楽」と「不動坊」聞きながら。

で、茨城空港付近で見かけた行方市(なめかたし)のキャラクター「ニコちゃん」・・・これは・・どう・・でしょう?
セーラー服の本人の顔色も変だけど・・ポシェットに「なめぞう」?だったかな・・ナマズ入れてるんだぜ。・・・これに、行方市のイメージ重ねていいんだろうか?・・・いいんだな。

2011年3月6日日曜日

中田英寿、現代陶芸と出会う・・・大福はチンパンジーと夜・梅・祭

茨城県陶芸美術館にてあのサッカーの・・・自分探しの世界放浪の・・・何だかなぁ・・の中田英寿と5人の陶芸家によるコラボレーション展てのを観て来た。
中田英寿さんと奈良美智さんとか町田康さんとかと・・・他の人は知らない・・・知ってたのはこの2人だけ・・・・と現代陶芸家さんが・・・3人一組でコラボレーションとかで作品制作。

面白いっちゃ面白い・・・わからないと言えばわからない・・・。
買ってもって帰りたいとは、思わないが、(もっとも、売ってません)・・・・部屋に飾ってもこの部屋では・・・実用品ではないしな・・見てて不快な感じはしないので・・・技術的にもまったくの素人の私が・・・すごいなぁと思えるのだから・・・ちょっとこういうのやってみたいとも。・・・しかしなぜなんだ?中田英寿。日本の伝統文化を知ってもらうきっかけって何?

さて、私は5日の土曜日・・・・水戸の偕楽園は、観梅真っ最中。この夜は、「夜・梅・祭り」というイベントに・・・園内に置かれたキャンドルとライトアップされた幻想的な好文亭・・・夜店・・能楽堂での水戸太神楽・・津軽三味線・・・映画「桜田門外の変」の成功御礼スペシャルゲスト挨拶とか・・・あれっ?もう終わっちゃったの?まあ、こんなのもんかなの花火。・・この時期の花火もいいもんです。

えっ?ひとりでいったのか?・・・誰も聞いてない?
誕生日・・・今年はないんだけど・・・それらしい時期に貰ったプレゼントのチンパンジー・・・オランウータン?のぬいぐるみ二匹と行ってきました。・・・いい歳してなにやってんだか・・・


2011年2月22日火曜日

僕たちの・・・僕の失敗

平成7年、8年頃だから、もう14,5年前かな・・・私の町でも生涯学習の一環?とやらで一般町民を対象とした公民館講座やらない?という話があり。
お調子者の私は気安く引き受けた。・・・・・名づけて「落語研究会」・・・そのまんまです。

やりたかったのは、この町の落語ファンを増やしたいということ。

募集かけたら10数人が、参加申し込みをしてくれて隔週かなんかで、町の公民館の一室を借りて・・・・浅草の文扇堂で買ってきた高座扇とてぬぐい配ったりして。私は毎回カセットテープに教材となる落語をダビングして・・・倍速でダビングしても毎回10数本のカセットテープを作るのは大変で・・・
ともかく・・・《文七元結》と《粗忽長屋》で「落し噺と人情噺」とか桂米朝と柳家小さんで「上方落語と江戸落語?」、あるいは「古典落語と新作落語」と言ったテーマで2本ぐらいの噺の入ったテープを前の週に配って聴いてきてもらい、・・・・当日、あーでもねー・・・こうでもねーという話をしながら、はたまた、映画の「幕末太陽伝」を観てもらった後に三遊亭円生さんの「品川心中」とか「居残り佐平治」聞いてもらって「落語」ってものの概要をみんなで確かめようなんぞという・・・・・言うこたあぁ大そうだけど・・・そんなテーマで始めた講座だったんだけどさ

参加して来てくれた、おじさん、おばさん、おばあさん方がやりたかったのは・・・小噺のひとつも覚えて、宴会の席で・・よぉ!よぉ!とか言われたい。・・・・・
かくし芸用に柳亭痴楽さんの「恋の山手線」憶えて・・・
「上野を後に池袋、走る電車は内回り、私は近頃外回り・・・彼女は綺麗なウグイス芸者・・日暮里笑ったあのえくぼ・・・・」なんてのをやって・・よぉ!よぉ!とか言われたい。・・落語と言えば「笑点」です。他は知らないなぁ。あんまり落語は聴かないからねぇ・・漫才は好きだけどね。

というようなみなさんでありまして・・・・・それで、いいんですけどね。
私が、落語「死神」の下げは、演者によってこんなに色々あります。・・・・・昭和の名人と言われた古今亭志ん生の子供さんが、あの志ん朝で、お兄さんは金原亭馬生・・・聞き比べてみましょう。
なんてやってたら、参加者ひとり減り、二人減り・・・・減っちゃいました。何とか最後までやりましたけど。・・・・すべてはあの頃の「僕の失敗」です。

今なら、もっと・・落語?楽しければいいじゃん!・・・落語番組と言えば笑点!「横浜生まれの横浜育ち、口も荒いが毛も薄い。おなじみ無法ハゲの歌丸です。」・・・歌丸師匠ばんざーい!
「恋の山手線」俺も覚えて職場の花見でやろうかな・・・なんて言えるのに・・・・その辺からとっかかれば良かったんですよね。

自分の思いだけ押し付けちゃぁいけないよな。・・・・今頃反省。

2011年2月21日月曜日

生きていてもいいですか・・・・・方向音痴な私。

伝助さんの村上春樹で思い出したのは・・・

また、大昔のにゃんにゃん という名の女の子の話・・・何度も言うけど、その昔は「にゃんにゃん」には、今みたいな猥褻な意味は無かったんだ。

たしか・・4月が彼女の誕生月でプレゼントかなんかで、村上春樹の「風の歌を聞け」と言う本と中島みゆきの「蕎麦屋」という歌が好きだというんで、CDだったかカセットテープだったか、その歌の入った「生きていてもいいですか」というアルバムをあげたんだ。
村上春樹は、当時、アバンギャルドのナウなヤングの間では(・・・・死語・・・というか、こんなカタカナ使ったことねえや。)はやってたんだよね。・・・ビーチボーイズの歌なんかこの小説読むまでちゃんと聞いたこと無かったし・・・かっこよかったんだ。

で、そんなことを思い出して昨日、中島みゆきの「生きていてもいいですか」CDをひっぱりだして、聞いてみた・・・・夜中・・部屋の電気を消して・・・ヘッドフォンで・・・流れてきた1曲目
無伴奏の女の声で・・泣きそうな女の声で(中島みゆきだけど)・・・・・・・「う・ら・み・ま~~す~ぅ・・・恨みま~す・・・」

び・・びっくりしたぁ!!怖ぁ~い!おっかねえよー!・・・・こんなの一人暮らしのアパートで夜中に聞く音楽じゃねー!・・・・ずっと聞いてたら、何かにとり憑かれるわぁ!・・・畳の目が腐るぞ。
思わず電気つけて、3曲飛ばしたわ!・・・・・にゃんにゃん こんなCDあげて悪かった。当時の彼女のアパート3畳一間だったもんな・・・地縛霊呼び出しそうだ。

・・・そんなに悪く言うことはないか。4曲目「蕎麦屋」・・・これぐらいは、ガマンして・・・しなくても聞ける。聞いてたら遠藤けんじ「カレーライス」を思い出した。似てるなぁ

そうそう・・昨日のお昼前。大洗にいたのでちょいと足を伸ばしてお昼は鉾田市へと。
伝助さんお勧めの「たきのい食堂」へ・・・・向かったんですけど、地図もナビもなく・・前にチラッと見た地図で、高校の近くだったよな・・それだけを頼りに。たぶんものすごく近くへは、接近したと思うのですが・・・結局行き着きませんでした。原因は私のひどい方向音痴のせいです。
そのうち、ちゃんと地図調べて行ってきます。七味焼き食べてきます。

2011年2月9日水曜日

横浜・・・別れの街

伝助さん。御家族で横浜中華街・・いいですね。
いいお父さんしてますね。

横浜で思い出した。私の横浜は別れの街。
その昔、女の子がその辺に住んでたので横浜あたりで何度かデートした。
あの娘は、婦人警官。

警察官のお仕事には、外国の要人乗った車が来ると交差点で、その送迎車輌が、止まることがないように、交差点の信号機を操作して通過側の信号機を全部青にしていく仕事もあるんだそうだ。

その日、たしか英国のサッチャー首相が、来日した時も、そんな仕事があったそうで・・・
新人の彼女も、そうゆう役目をおおせつかり・・・緊張した彼女は信号機操作を誤り、信号を赤にして送迎車輌を交差点で止めてしまったらしい。

たぶん、なぐさめて欲しかった彼女は私にその話をして・・・・私は・・・
「すっげぇな!世界ひろしと言えども、鉄の女と呼ばれるサッチャーを止めた女は、そうはいないぜ!」・・・・・・・(私としては、そんなことは、たいしたこっちゃない。笑い飛ばしてしまおうぜ・・・・そんなつもりで言ったんだ。・・・言ったはず、だったんだ。)

・・・・・・・・・・でも、彼女は微笑みもしなかった。
別れる時に、ほんとに傷ついたと言われた。・・・つっぱってたけど、こんなふうに打たれ弱い女性だと言うことに、そんとき初めて気がついた。・・・・・遅すぎたけど。
あの娘の心根がわからなかった。

ごめん。ほんとにごめん。
もう、30年近く前のこと・・・
あの時は、とうとう謝れなかった。・・・今頃、になって謝るけど・・・

旦那さんの公開してるホームページで、優しそうな旦那さんとあの人を見た。
早くにお父さん、お母さんを亡くして、ひとりぼっちになるあの人に、私は何もしてあげられなかった。・・・・・・・幸せそうな写真をみて・・・良かったと思った。
たぶん、もう二度と会うことはないだろうけど・・・

二人は、別れたっきり それっきり。

「横浜」でそんなことを思い出した。

2011年2月8日火曜日

魔女の一撃と御殿場アウトレット半期に一度の大バーゲン

1月の半ばにぎっくり腰。

県民交通災害加入申し込み書の入ったダンボール箱をちょこっと持ち上げただけなのに・・・
腰が「ぴきっ!」っとなったら、さあ大変!・・・・西洋の方では、「魔女の一撃」と言うらしい・・・

この一撃が、痛ぇの痛くないのって・・(どっちなんだ?)・・寝返りがうてない・・・朝、布団から起き上がるのに、どの姿勢から立ち上がるのが、痛くないか悪戦苦闘・・・和式トイレはしゃがめない・・・椅子に座った姿勢から立ち上がると、往年のジャイアント馬場みたいな腰つきで・・でも仕事あるから・・・マリー・アントワネットみたいなコルセット買ってきてつけて・・・・でも私の場合、お腹にお肉あるから、アントワネットと言うよりも、はみ出したボンレスハムみたいになってて・・・

1週間後、元の職場のお姉さま方と、約束してた日帰りバス・ツァー「できたてビールに400万球光の回廊 御殿場時之栖イルミネーションにビール工場見学 半期に1度の大チャンス!御殿場アウトレットバーゲン」(しかし、長いツアー名称だ)・・・に行ってきました。
朝、6時30分に駅付近集合・・・・もちろん、マリーアントワネットのコルセットでガチンガチンに腰を固めて・・・アサヒビール神奈川工場・・・・御殿場アウトレット・・・とまわってきました。

お姉さま方の買い物姿を眺めながら・・・Coach コーチだぁ?監督どうすんだ?・・・なんでアウトレットと言いながら・・このバックが7万円?・・・おれの着てるもの上から下まで足しても・・このバックひとつに負ける・・・下手すると、この財布ひとつに負ける・・・
Wedgwood この皿・・確かにきれいだけど・・・高~ぇ・・ラーメンどんぶりとかないの?
Ralph Louren・・・・このポロのマーク?取ってくれないかな・・かなり安くなると思うんだけどなぁ・・・

「ふくすけ」とか「しまむら」とか・・そういうブランドないのか・・・安心すんだけどなぁ・・
私は、ここでは何一つ買い物しませんでした。・・・何しにきたんだ?

御殿場からみた富士山がきれいでした。

2011年1月24日月曜日

もう少し振り返る平成23年1月

正月の2日だったかな・・

 茨城放送っていう地元のラジオ局の放送を聞いてたら、栃木放送との共同制作?の番組で「新春きたかん寄席」(きたかんは、北関東の意味でしょう)という番組タイトルでアマチュアの方の落語を午後2時からの生放送で放送してた。車を運転しながら聞くとはなしに聞いてた・・・2時間の生番組。

・鍋 ゾ ウ リ  二代目 田舎家 村 朝・・・栃木の方らしい。

・つ      る       好文亭 梅 朝・・・茨城大学のOB?現在高校の先生らしい。

・弥  次  郎       夢見亭 一生楽・・・あっ?うちの落研の先輩だ。・・・
                            (何でか、専修大学落研で使ってた「夢三亭」っていう亭号・・呼び方は「夢見亭」と表記。なんかのこだわりかな?)・・・昔、学生の頃、栃木の落語会のお手伝いに行ったことがあったっけ・・あれから30年近くずーっと落語続けていらしたんだなぁ・・

・ 小噺メドレー ~ 味噌豆  鶯春亭 梅 八・・・・
                               こちらも、伝助さんもブログに書いてらっしゃった専修大学OBの三代目?の松竹亭金瓶梅さん・・・一度だけ他の先輩のアパートで、ご一緒してお酒を飲んだことがあったっけ・・大変だったことだけ、憶えてる。

 みなさん、場離れしてる方々だから、お上手だ。聞いててそつがない。

落研をひきずってる・・・言い方が違うか・・・落語にどっぷりつかっていたことが、その後の人生に何らかの形で影響する人もいる。影響されてる人たちは少し気になる。・・・頑張っていきましょう。先輩。そして、俺も。

今日の書き込みこれだけだと、少しさびしいので・・・10数年前の立川談志さんのホームページ・・今はなくなってるけど・・そこに、落語のクイズが載ってた。3題噺・・・ではなくて・・三題から落語の題を当てろ!ってなクイズ。
抜粋ですが。勝手に載せて怒られたらすぐ消します。

1・「弁当箱」「お詣り」「湯屋」
2.「二時」「婿」「美味(うま)そうな猫
3.「吉原」「大門」「田原町」
4.「耳」「ぼうふら」「小僧」
5・「鯉」「竹の子」「蚊」
6.「喧嘩」「妾」「道場」
7.「鰻」「独楽」「亀」
8.「恐怖」「お茶」「オケラ」
9.「トラ」「ライオン」「アルバイト」
10.「後楽園」「親孝行」「鳴り物」
11・「湯屋」「餅屋」「紙屋」
12・雨」「傘」「狩」
13・「雨」「傘」「勝負」
14.「柳」「夕立」「瓦」
15.「わらじ」「ヒゲ」「神社」
16・「かじ」「かじ」「くじ」

・・・わかるのもあるが、わからないのもある。

・「女」「川」「金玉」
・「女」海」「金玉」

それと、伝助さん、リンクしていただくことに何の支障もございませんが、リンクの仕方がわかりません。「読者」の私の写真クリックしていただいて中のリンクから入っていただくので、よろしいかと思います。

2011年1月16日日曜日

2011年を振り返る?

1月16日にして早くも振り返る平成23年
暮れからブログを休んでいたので備忘録も兼ねて・・

初詣行ったもんね。
水戸市の常磐神社(ときわじんじゃ)
水戸藩の2代藩主 徳川光圀公と9代藩主 徳川斉昭公が祀られております。
と言っても、創建が明治6年(1873年)だそうだから、新しいっちゃ新しい神社。

光圀 公と言えば水戸黄門さん・・・昔の有名人は亡くなると神様でまつられる・・・今は有名人はパチンコになる?・・・

水戸黄門さんの登場する落語と言えば「雁風呂」・・・俺、この噺、誰ので聞いたんだっけ・・・三遊亭円生・・?桂米朝?・・・速記本で読んだんだっけか?
冬に北から渡ってくる雁が、渡りの途中に海で休むために柴の小枝をくわえてやってきて、日本について海岸に枝を置いていく・・・春にまた北へ帰っていくときにその枝をくわえていくので・・・日本で亡くなって北へ帰れない雁の分だけ枝が海岸に落ちている・・・それを拾い集めて、お金のない旅人や疲れた遍路さんとかに風呂をわかして世話をしてあげる功徳・・そんな話を描いた画をみて・・いわれを聞いて黄門さんが感心する。そんな噺だったと記憶しております。・・・・ほんとは雁にそんな習性は無いとも聞いております。

後は、笠間稲荷神社も行って来ました。
ここは、日本三大稲荷のひとつ・・・って残りの二つは、どこなんでしょ?
・・・調べたら、京都の伏見稲荷と佐賀の祐徳稲荷・・・・うーん。知らなかった。
別名、胡桃下稲荷、紋三郎稲荷・・・これが落語の「紋三郎稲荷」・・・これも聞いたことあったろうか?・・・・二代目三遊亭円歌?のテープ・・・いや、これも速記本で読んだだけだな。
ストーリーも風邪ひいてコンコンしてたら、乗った駕籠屋が狐と間違えた・・・ぐらいしか覚えてない。・・しかも舞台は笠間ではなく、江戸にある笠間稲荷の分社の方のなのかな?・・

笠間と言えば、勝新太郎さんの「座頭市」の生まれ故郷ということになってる。
座頭市といえば「笠間の火祭り」なんて題名の映画もシリーズの中にあったなぁ・・・
火祭り・・なんて言うと、勇壮な火の祭りの向こうで、立ち回り、チャンバラが繰り広げられる・・・なんてえのが、映画の醍醐味なんでしょうが。・・・・・・現実にある笠間市の火祭りは、陶炎祭の「ひまつり」だから・・笠間焼きの陶器のお祭りだから・・・チャンバラなんかやったら、お茶碗やお皿、ガッチャン・ガッチャン割れちゃうので・・・静かに・・そーっとやるお祭りだもん。