専修大学落語研究会の顧問だった七代目の橘家円蔵 師匠・・・さん・・円蔵(呼び捨て)?・・この際は師匠にしとこう・・円蔵師匠が亡くなって1980年ころか・・さてどなたに後任をお願いするか、となってその年のみな好き会は・・当時の月の家円鏡の現在の八代目円蔵師匠に補導出演して貰って、こういうのは今回限りと言われて・・・どういう経過か・・・三笑亭夢楽師匠を紹介されたのかな・・・このあたりの経緯は当時の代表に聞いとけばよかったなぁ。・・こういうとこでは代表の名前とか表記しちゃいけないのか・・・
その夢楽師匠もなくなられて、現在は小文治師匠が顧問をやっていただいているのかな・・・・だんだん昔のことを覚えてる人もいなくなり・・・・っていうほどの歳でもないな。
このブログ、なんかの間違いで、昔のことをよーく知ってる先輩とか見てたらその辺のところ教えてくんないもんかな。・・・・・・まぁ無理か。
この間の橘家玉蔵 独演会 に円蔵師匠が出ておられたので、ふとそんなことを思ってしまいました。 もう寝よう。
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