小説や映画や芝居や・・そして、落語も・・・・出来上がったもの・・・・作品・・・・その日の高座がすべてだと思う。
どんな、苦労、艱難辛苦のはてに出来上がったものだとしても、出来上がったものが面白くなければ、意味はない。
その背景や作成過程や環境についての意義や「よーくがんばった」、「ご苦労されたんでしょう」は、別のものだと思っている。
それは、別のところで評価されればいいものだ。・・・・作品の評価とは別のところで。
それは、わかっているが・・・・落語は、生き物だ。その場、その場で見たものが違う。生きている人間が演じ、その時の客の反応ですっかり違ったものにもなってしまう。出来のいい噺をいい場所で聞いた時のその瞬間に感じた、いい気もちをまた経験したくて・・・寄席やホール落語に足を運ぶ。噺家さん、そのものをひっくるめて、高座は一つの作品になる。
たぶん、落語通と呼ばれる人たちや、業界の人たちには周知のことなんだろうけど・・・
「入船亭扇橋」さん。が寝たきり状態らしい。
東京かわら版(平成26年4月号)に載ってる「特集 小三治と話そう」・・・DVDブック「落語研究会 柳家小三治大全(下)」の発売を記念して1月7日に行われた柳家小三治さんの記者インタビューに出てくる。
―――――― 抜粋 ――――― 今、扇橋が寝たきりで胃瘻をしている話になって、小三治さんが見舞いに行った時に、「おーい、扇橋。俺の言う事がわかるか?返事ができないのは分かるが、・・・声は出せないだろうけど、もし俺の声が聞こえたら目を2回パチパチやって見せてくれ」と言った。そうしたら二回やったという。・・・・・・そんな病状らしい。・・・(それが1月以前だから・・・ちなみに「胃瘻(いろう)」とは、口から食物が取れないので、お腹に穴をあけてそこから管で栄養等を体にいれること、だそうだ。以前の仕事場、福祉係で得た知識)
お二人が一緒に旅を回ってたころ。
「あいつはどうにもしょうがないやつで、人が風呂場で洗っていると、後ろから来て私の頭へ袋を乗せたりするんですよ。・・・・・そしてガハハハなんて言って喜んでいたりするんですよ。・・・・・
で、そのことを思い出してね、ちょっと袋を握ってやろうかと思って、それで前をまくって、手を突っ込んで、袋を持ったんですよ。そのうちあいつね、ぽーっと赤くなったんですよ。面白いでしょこの話。すごくうれしかったですね。」
これ読んで・・・・・金玉好きの私としては(金玉好きでなくても)いい話だと思いました。
人間国宝になるという・・・・・・柳家小三治さんと・・・・扇橋さんは、すでに寝たきりだけど・・・・子どもみたいな仲の良さ・・・・こういうの読んじまうと噺家さんは、生きてることも含めて出来上がった作品なのかもしれません。
(※ 今回は、有名な落語通の方のブログで、「東京かわら版」に載ってるというのを読んで、自分も読み返して書いたものです。自分が見てきた、読んで発見したみたいに書くとずるいので、一応お断りを・・・・その方に申し訳ない。)
伝助さんもお好きだと書いてた 九代目入船亭扇橋 私も追っかけて聞いたことは、なかったですが、寄席では何度も聞いて・・・・・こういう人が出る寄席は、楽しいですよね。・・「茶の湯」とか何度も聞いたなぁ・・・・最初は、なんで、頭が揺れてるんだろうと思ったけど・・・。
もう寄席で見ることは、ないんだろうなぁ・・・・
カレーにスイカに包子・・・無敵の献立・・・1学期最後の給食でした。1食の食材費260円? |
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