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2013年6月3日月曜日

金玉のでかいおじいさんは・・・「落語 抜け雀」・・・かなちゃんが泣いている

フラワーパークのばら・・・金玉の話には関係ない
以前にこのブログに書いた・・・金玉のでかいおじいさんのその後・・・
鼠径ヘルニアで金玉でかかった、うそ泣きを得意技とする、気に入らないことがあると、「帰るんだー!」と関係者を困らせるだけ困らせ・・・・でも、みんなに「しよーがねーなぁー」と言われながら・・・どっか憎めない、おじいさんは・・・施設から病院に転院し鼠径ヘルニアの手術を受け・・・金玉が小さくなるとともに・・・急激に弱っていった・・・・弱ったからと言って・・・・油断はできない・・・・

体に着けられた延命措置の管や点滴を・・・・自分で引き抜き・・・・・吐いたおう吐物を両手でベット周辺にまき散らし・・・・・彼にとっては、延命措置の意味なんてわからない・・・そういうものが不快だからそうするんだ・・・たぶん・・・またまた、みんなに「しよーがねーなぁー」と言われながら・・・あたりまえに・・・・亡くなった。

たぶん、向こうに行っても・・・おじいさんのことだから・・「帰るんだぁー!」と言いながら、閻魔大王や鬼たちを困らせているんだろうな・・・あなたの80数年・・・いろんな人が心配して、世話をしてくれたんだぜ・・・・向こうであったらちゃんとあいさつしないとね・・・・もう、帰れないんだからさ。


大子町の常陸よさこいソーラン踊り・・静かな通りに・・踊りの波
4月20日に柳家喬太郎独演会 多賀市民会館に行った。(もう6月なんだけどね・・)
前座さん出さないで・・・開口一番に喬太郎さんが上がったんだけどさ・・・落語「花筏」・・・・・で、終わって降りるでしょ・・・・次に上がったのが・・去年も日立に来た入船亭辰じん さん改め 小辰 さん・・・前の喬太郎さんが座布団返してないし、めくりも喬太郎のまんまだから・・・小辰さんが自分でめくりは直したものの・・・座布団はそのまま座って・・・・「金明竹」に入る・・・・・いいのかなそれで・・・・噺は唐傘だの猫の断りあたりは端折って・・・・・加賀屋佐吉さんの使いの人が訪ねてくるところから・・・・きちんとやってる分だけ・・・・・座布団返ししてないんだよなぁー・・・・・気になる。・・・・下げて降りるときに、座布団返して・・・・・めくりめくって・・・・・

続いて喬太郎さん上がって2席目・・めくりと座布団返しの件、謝って・・・・新作「夜の慣用句」かな(ツボにはまったのかな・・一人のおばさんが笑う笑う・・・異様に笑う・・そこで笑うかな?ってとこでかん高く笑うもんだから、ほかの客が引く引く)・・・

ーーーーーーーーー 仲入り ----------

喬太郎さん3席目・・・・まくらで懐に手を入れたとたん・・・・・皆さんも驚くと思いますが・・私も驚いた・・・・タバコとライターが入ってました・・・・・(仲入りで喫煙所でタバコ吸ってそのまんま懐に入れて高座あがっちゃったのね)・・・・・・・噺の途中で何度も痰を切るような咳をするのが、いろんな登場人物で、出るから気になった・・・・・タバコ吸いすぎかな・・・・・舞台そでにタバコとライターをほおって・・・・噺に入る・・・「抜け雀」・・・・描いた画像から生きた雀が抜け出す・・名人噺・・・でも、個人的には親を駕籠かきにした。っていう下げはあんまり好きじゃない。

画像から抜け出すって言うと・・・・・・・今お付き合いしてる、方から借りた20年前のビデオ・・・新宿のビデオ屋さんにカビ取りとDVDへのダビングを頼んだのが終了して・・・送られてきた。
初めて見る「かなちゃん」は、3歳・・・・真っ白なワンピースに赤の水玉の入ったお洋服が可愛い・・・まとわりついてくる1歳下の弟は、噛みつき攻撃で撃退して泣かしている・・・ふっとい眉毛と難しい顔をしてるけど、カメラに気が付くと一生懸命、首をかしげながら笑おうとする・・・・画面の隅っこで、お兄ちゃんと弟をじーっと見つめながら、ちょっと難しい顔をしている。

20年前のビデオだから、現実には、かなちゃんは23歳か・・・きれいな御嬢さんになっている。

俺は、父親になることは、・・・・たぶん求められてはいない。
りっぱに成人した子供さん方には、・・・・お父さんが、そばにいない君たちには、味方がひとり少ないから、必要なら味方になる・・・とは、言ってあるが、その必要は多分・・・・ない。
お母さんとは、お付き合いさせてもらっていても・・・・・「そして、父になる」・・・ことはない。

でも・・・20年前のビデオの中で・・かなちゃんは、大きなひとみから、ぽろぽろと涙を出して泣いている。
理由はわからないけど・・・悲しいことがあったのか・・・3歳のかなちゃんが泣いている・・・・それを見ながら俺も泣いてた。

2013年5月15日水曜日

あの頃の下北沢、羽根木1丁目と、あした順子・ひろしはアダルト?落語「二人旅」

足利フラワーパークの大藤
「あした順子・ひろし」の漫才のDVDをアマゾンで注文しようとしたら・・アダルト部門に飛ばされて”あなたは、18歳以上ですか?”と聞いてきた。
・・・・・・・「あした順子・ひろし」さんは、アダルトなのか?・・・・・結局、品物の入荷が無いとかでアマゾンでは、買えず・・・・・・新宿のミュージックテイトーで買った。


ついでに行ってみたら・・・・下北沢の駅前が変わってた。
線路が地下にもぐるにあたって・・・駅周辺が大きく変わるんだなぁ・・昔、ピーコックの反対側に出て・・・何度か行った定食屋さん「千草」も店を閉めてた。・・・・・・風公君の母ちゃんがいたとか・・・ペコちゃんと飯を食べたとか・・母ちゃんさんから伝わってペコちゃんといたのが、風公君にばれた・・・とか・・いろんな思い出が・・・ある。
「ひとつせんめし、ありやなきや」・・・・落語「二人旅」か・・・「いちぜん飯あり、柳屋」・・・千草 は、なくなるんだな。

駅前をぐるーっとまわりながら・・・・昔はジャズ喫茶?「マサコ」んとこの陸橋を上って・・・昔はサルがいたんだよなぁ・・・・京王線のホーム見ながら・・・・新代田駅方面へ・・・住宅街を歩いた。

雨の日に、新代田駅の羽根木に住んでた、にゃんにゃんと・・・猥褻な意味を持たない時代の秋田の娘・・にゃんにゃんさんね。・・と歩いてたら、彼女の白いキャンバス地の真っ白いデッキシューズが・・・洗った時にすすぎが足りなくて・・・・・・石鹸が残ってたのかな・・・・・歩くたびに、脇の空気穴からプシュ、プシュ・・と、真っ白い泡が出てきた・・・・二人で、「カニだ!カニだ!」と笑った。

貧乏学生には、ただ住宅街を歩くだけでも楽しかった。

何年か毎に・・・たずねる街・・下北沢駅で降りて歩く住宅街・・・・故郷に帰る前に住んでた街・・・・どんどん変わるなぁ・・・・・

2013年4月29日月曜日

猫の間・と、長生きの野菜・・・落語「二階ぞめき」

伝助さんがテープを送ってくれた。ありがとうございます。
なつかしい伝助さんの「牛ほめ」聞かせていただきました。
「ねこのあいだ」は、なつかしい・・・

上野本牧亭の録音であります。当時まだ月の家円鏡だった現在の八代目 橘家円蔵さんが補導出演してるので俺らが1年んの時の「みな好き会」か?・・・・技術顧問だった七代目の橘家円蔵さんが5月かな亡くなって・・・・新しい顧問が三笑亭夢楽になる前だから・・・円鏡さんは、これが最初で最後の補導出演・・・・・・こんな枕から・・「猫と金魚」やってる。

昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きますと川上から大きな「サツマイモ」が流れてきました・・・・お婆さん、このイモを家に持って帰って、ふかして一人で全部食べてしまいました。お婆さんよっぽど食べたんでしょう・・・・大きなやつを一発ぶぃー・・・・・お爺さん、芝を刈らずに草(臭)かった・・・・

寄席で何度も聞いた・・・でも、おかしい・・。

昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きますと川上からドンブラコ・ドンブラコと大きな「桃」が流れてきました・・・・お婆さん、このイモを家に持って帰って、お爺さんが帰ってくるの待っておりました・・・・なかなか帰ってきません。・・・5年、・・10年・・・・15年たってやっとお爺さんが帰ってきたので、包丁で桃をスパッと割ってみると・・・・・・中の桃太郎の・・・・・チンポコに毛が生えておりました。

くだらねぇー・・・でも、笑った笑った。

1年生紹介で・・例の自己紹介、一分線香即席噺・・・・型どおり、きちっとやっております。
2年の最初に退部しちゃった「楽家にゃんにゃん」の声も聞けた・・・
「長生きの野菜って知ってる?・・・・・百歳(白菜)」・・・若い懐かしい声だ。

3年生だった風神さんの中入りの演者紹介の声もあった・・
落ち着いてんなぁ・・・・・余興の仕切りなんか、ほんとにうまいよなぁ・・ほんとにキャバレーの呼び込みみたいだ・

当時、人気絶頂・・・落語四天王のひとりに数える人もいた月の家円鏡さんが出てるせいなんだろうな・・この落語会全体が高揚してるもんな・・・・・ある意味、うちの落語研究会の転換期だったのかもしれない・・・・・伝助さん・いい記録残してくださってありがとうございます。

落語に「二階ぞめき」ってあるじゃん・・・吉原・・遊郭が好きで好きで・・とうとう二階に吉原を作っちゃう噺

俺も作りたいな・・・二階に落研の部室・・・・テーブル席の部室と・・・正座のできる畳敷きの和室の部室と・・・・そうだ、バイトあけに終電までしゃべりこんだ「にゃんにゃん」の3畳一間のアパートと・・・・なぜか大家さんちの家の中にあって、玄関入るとまず大家さんの居間が見える・・・部屋のドアを開けると、なぜかちゃぶ台ぐらいの高さのテーブルがあり、それを乗り越えて部屋に入る・・・しかもなぜかドリフターズみたいな大きな「かなだらい」(洗面器の親分みたいなの・・・ほら、産婆さんが子供とりあげるのに使いそうな・・)が、あった風公君のアパートも・・・・みんなで雑魚寝した先輩から代々ひきついで借りてた牛丼君の狛江のアパートも・・・伝助さんや牛丼君、扇松君、露漫さんなどなどの雑魚寝姿付で・・・・・、

いま、お付き合いさせていただいている方のご長男が結婚する。
いろんなことのあった、旦那さんと別れてりっぱに学校を卒業させ・・・就職し・・・あとは結婚なんて心配することもなく・・・子供さんは、かわいい娘さんと結婚する。

母親としては、いろんな思いもあるようだけど・・・・・俺はお母さんと結婚できないうちに・・息子さんに先を越された。・・・・追いつけるだろうか・・
母は、前の旦那さんの写真などは家を出るとき、みーんな処分してきたと話していた・・・でも、若い嫁さんは、夫になる人の子供のころの様子知りたいだろうし・・・俺も、知りたい。なんか無いのか聞いたらホームビデオの映像があるらしい・・・でも撮ってから20年、見ないでそのままだから、テープにカビが生えてる、第一見るためのビデオデッキがないとのこと・・・・もう今はDVDとかだもんな・・・とりあえず貸してと頼む。

借りたビデオテープ10数本・・・カビのひどいのは、手におえないので専門業者にカビ取りとダビングを頼む・・・・・結構高いので、半数だけ頼む・・・残ったテープを自分でDVDにダビングしてみる。
運動会や幼稚園の卒園式・・・子供さんはお母さんに似てかわいい・・・こうゆう映像は子供さんに残してあげるといいよなぁ・・・・・お母さんも若い・・・俺の知らない年代の・・・若いかわいい、一生懸命の子育て真っ最中の・・・・お母さんは観ていてまぶしい・・

ただ・・・見たこともないおっさんが出てくるんだ。・・・運動会の親子競技・・・・
夏休みの海岸・・砂浜・・・子供さんの手を引いた・・・・・このおっさんが・・・・初めて見るお父さん・・・だった人・・・・じゃない・・・現在もお父さんはお父さん。よくみるとお父さんの体型と子供さんの体型・・似てるんだよね・・・・・親子だもんな。・・・かなわねえなぁ・・・・どっかにいるんだこの人。・・今も

みんなが忘れたことは、なかったことと同じだから、覚えておいておくれ・・・と、落研のことは、昔のみんなに頼んだ。

だけどさ・・・・だけどよ・・・矛盾するけど・・・忘れてくれねーかな・・・・無かったことにしてくれねーかな。
俺が登場することのない時代の・・・・写っているこのビデオ映像。
わかってるんだ・・・俺がどう頑張ったて・・・この時代のこの映像の中には、俺はいない・・登場できない。・・・・お母さんと子供さんの大事な大事な思い出だからな・・・お父さんがいてお母さんがいて・・3人の子供さんはかわいい。
いっぱいの日差しの中で・・手をつないでいる。

たしかに見なきゃいいものだってある。記憶から消してほしいこともある。・・・けどよビデオなんて記録じゃねーか・・・あったことが一番大事なことなんかじゃねえ・・・・・思い出すと悲しくなることなんか、これからの人生で上書きしてやる・・・・しあわせなことばっかりで埋め尽くしてやる。・・・大丈夫、大丈夫・・・お母さんも子供さんも、みんな可愛い・・・みてるとこっちまでニコニコしちまう。これからもずーっとだ・・・これからは、私、大福大先生も参加させていただく・・もう、決めたんだ。




2013年4月7日日曜日

散る桜・・「再度のお願いにあがりました」・・と、落語「お化け長屋」

夕べからの、雨風で桜もだいぶ散ってしまった・・・花に嵐のたとえもあるぞ・・さよならだけが人生だ。って書いてたのは・・勧酒・・・井伏鱒二だったけ。

可愛い顔してるがこの熊は「おげれつ熊」
その、ご夫婦ともに身体に障害のある方で、痴呆のあるおばあさんと中学生の子供さんのいる世帯なのであります。
 その、中学校の校長先生から電話が入る・・・・・ご家族からの相談があって・・・・そのお宅は、県内の他市から4,5年前に転入されたのだけど・・・・わけありで売りに出ていた蕎麦屋を店の前の狸の置物込みで買って住宅として住んでた・・・・・そこに、最近、不思議な現象が起こるというのだ・・・・とても住んでいられないので、何とかしてあげてくれというのだ・・・「お化け長屋」なのである。・・「・・越してきて一日、二日は何ともないが・・・・雨のシトシト降る晩などがある・・・・夜も深々と更けわたり・・・」

 校長は言う。・・・「私も見たのだよ!誰もいないのにふすまが突然倒れ・・・テレビのボリュウムを上げたり、大きな声を出すと電気の電源ブレーカーが突然・・突然、落ちるのです。何とかしてあげてください!」
・・・・・何とかしてと言われてもねぇ・・・福祉の仕事で「お化けの担当」なんていないしねー
 
ちょっと、考えてよ校長・・・・

ふすまが、倒れるのって・・家が古くなってて立てつけが悪くなってるってことは?・・・・・東日本大震災で家が傷んだお宅も多いし・・・・ブレーカーが落ちるって単純に使用電力量が容量を超えたってことでは・・・・?・・・・

あとで、そうらしいと分かったことは・・・・複雑な家庭なので、中学生が不満があって、家族にわからないところで、家壊したり・・・電源のいたずら、で家族怖がらしてたらしい・・・校長が「よーく言って聞かせた・・」と言ってたとのこと。

笠間稲荷神社入り口の蕎麦屋の蕎麦・・・伝助さんみたいに美味しそうに撮れない
前にブログに書いたけどさ・・・震災のあと、ひっくり返った部屋の段ボール箱の中から見つけたカセットテープ・・・先輩の歌ん朝さんの追ん出し寄席のテープとか・・「小噺大会」のテープ「落語試験」のヒアリングテープ

聞いてると、昔は気づかなかった演者の工夫とか何がやりたかったのか・・・なんてぇのが少しわかったりする。・・・・だから聞いてて楽しいんだけど・・・・・・素人がやってることだから、聞くに耐えない部分も多いんだけどさ・・・・・もう少し稽古しろよ・・俺も・・・今頃言っても手遅れだけど・・・

そんなもんで・・昨年暮れにやった落研OB会の時の記念写真のデータを参加した方々に送って…同封した手紙に落研の昔のカセットテープとか持ってたら送っておくれと書いておいた。
・・・・・・もし、テープがたくさん集まったら依然にブログに書いた「俺の夢の寄席」をほんとに録音したものでCDとか作ってみたいと思ったのよ。

・・・・・1本も送られてこないね・・・怒ってんじゃないよ・・・たぶん、昔、録音した自分たちの落語なんて誰も聞き直したりしないんだよね・・・つっーか、残してないよね、そんな音源。とっくに処分してるよね・・・・・それが、必然。もう30年近くたってんだもんね。
こいう時に、自分はうまく年とれてないよなーと、感じる。昔は昔、今の生活が十分満足なら、学生時代を懐かしむことはあっても・・・それは、今になってもう一度なぞるもんじゃないのかもしれないね。
・・・だけど、・・・・だからかなぁ・・伝助さんんのブログ拝見すると・・・あの頃のことを、昨日のことのように覚えてる人がいるんだ。と嬉しくなるのさ・・・・何度も言うけど・・・誰も忘れてしまった出来事は、おこらなかったことと同じだから・・・・・・・覚えておこう・・・思い出してあげようと思う・・・「何も出来ないくせに王様みたいに過ごしてたあの頃のことは。・・・・・・ここで終わるとかっこいいんだけど・・・
再度のお願いです!このブログ読んでる、あの頃の仲間たち・・・あの頃の録音や写真やビデオが残っていたら送っておくれよ!・・・必ず返すから。・・・・送ってくれたらお礼に先代の橘家円蔵師匠・・元の・落研技術顧問の落語「お国なまり」の録音とか・・・松竹亭 松時 君の「春合宿かなんかでやった合宿の高座」の録音とか・・・・聞きたくはないだろうけど・・・すべりにすべってる「小噺大会」の録音とか・・・夢三亭大福の「ベスト落語集(芝浜 万病円 あり)」・・・・(まぁ・・これは聞きたくないか)
送ってあげるからさ・・・・できたら、押入れの中、探してみては、いただけないか。

 

2013年4月1日月曜日

「季ぃ~節の変わり目を~ぉ」とヘリコプター男と落語「花筏」

笠間稲荷で著名人絵馬展というのをやっていて・・ともさかりえとか

年が明けてから・・・生活保護の方が3人亡くなった。
何らかの理由で仕事ができず・・年金も積んでなかった方がほとんどだから・・季節の変わり目を乗り切れないで、亡くなる方が多くなるのかもしれない・・・不謹慎だけど・・・季節の変わり目をこんな形で知るなんて・・・・・いい気持のもんではない。

近所の方から「最近、家の外で見かけないけど・・・・何かあるといけないから見てきてもらえないか」という、電話で向かった田んぼの中の一軒家・・・・家の近くまで来ると駐在さんのパトカーと近所の方が立ち話中・・・・・亡くなってたということらしく、我々より一足早く駐在さんが見つけて・・・鑑識職員を呼んだとのこと・・・幸か不幸か一足遅く、第一発見者にならずに済んだ。我々は、現状保存優先とかで中には入れてもらえず・・・・・あとは、この方の火葬埋葬を誰が行うのかが問題。

高田文夫さんなんかにまじって
たいていは、兄弟・子供さんがいても、関わりたくない・・・自分には関係ない。ということが多くて、その説得・調整でいやな思いをすることが多い。誰も見つからないと・・見つかっても拒否されると生活保護費でなんとかしないといけなくなる・・・・今回は幸いにも県外に嫁いでいる娘さんが・・・亡くなった家には一度も来たことがないとのことだったけど・・・・ご遺体を引き取ってくれることになり一安心。子供さんと疎遠になってからのこの人の人生なんて誰も知らない。本人が亡くなって誰も知らないってことは・・・・・無かったこととおんなじだ。なんて人生だ。・・・ブログにあなたが亡くなったことだけ書いとくぜ・・・・確かにあなたはいたぜ・・みんなに嫌われてたけどね。

つい先日は、山間の日の当たらない山のふもとの生活保護の方から「男でも・・女でも・・誰でもいいから・・来てくれと電話が入る・・・・「あれ?この人は午前中右手・右足がしびれる字が書けないから病院にかかる書類書いてくれと・・自転車できた人じゃない?」・・・・・


志ん生が出てきておどろいたら・・・
あわてて車でかけつけたら、、家の前の土手の斜面に倒れてる?…寝てる?
声をかけたら・・・・ろれつがまわってない・・・風呂に入ってない匂い?酒、飲んでる?・・
救急車を呼ぶ・・・・・どんな状態かと聞くから・・・午前中に右側麻痺・痛みの主訴があった・・・今、ろれつがまわらず、左手は握ったら握り返すけど右手は、力がない・・・と伝えた。救命士の方は、その話と倒れてる(寝てた?)状況から救急ヘリを要請するという・・・・「いやいやそこまで・・・しなくてもぉ・・・・・ともかく救急車を・・・・・」とか言ってるうちに・・・・・・・静かなよく晴れた・・・山間の田園地帯に・・・・救急車のサイレンと・・・・救急ヘリコプターの「バラバラ・バラバラ・・・」という大きな音が山に反響しながら響き渡る・・・・近所のおじいさん、おばあさんが「なんだ!なんだ!」とぞろぞろやってきて・・・・・近くの運動公園でサッカーやってた子供たちは、ヘリコプターの着陸のためグラウンドから追っ払われ・・・・・・・えらい騒ぎだ。
倒れてた(寝てた?)おっさんは、青いビニールシート持った救命士の方々の間(余計に目立つと思うんだけど)をトレッチャーつううの?キャスターの付いたタンカでヘリコプターに乗せられ・・・・あとで報告書に添付するのか、その様子をパイロットがデジカメで写真にとり・・・記念写真みたいだ・・・・・青空の中を・・・飛んでった。

あら!っと思ったら・・これは当代の文楽さんでした。
俺たちは、事務所に状況を報告し・・・時間をみて救急ヘリの搬送先の病院に車で向かう・・・
病院の窓口で聞いた救急治療室に向かうと・・・・・

医者は・・・・「もう帰っていいですよ・・・・酒飲みすぎですね、脱水症状からくる・・・昔、気づかない程度の脳梗塞やったのかな・・・そのあたりがしびれただけですね・・・・生活態度、直さない限りだめですね・・・・特に治療もないし・・・うちもかかりつけにはなりません。このまま帰しますから」


脱糞したのか(病院でオムツはかされてた)・・・お風呂入らないせいか・・・・酒が抜けてないのか・・・・くさいおっさんを、車の後部座席に乗せて、まだ寒い夕方の県道を・・・窓、全開にして・・・さっき行ったおっさんちまでの田舎道を・・・・・走りながら・・・・でも、また同じことが起これば・・・このおっさんが、助けを呼べば・・・・・・俺はまた・・・同じことをせざるを得ないんだろうなとぼんやり考えた。・・・・・・・おっさんが大したことなかった、ってことを・・・・よかったと・・・思うしかないんだろうなと・・・後ろで、いびきかいてるおっさんが・・・・信号で止まったら・・・後ろのシートから滑り落ちて・・・「痛てて・・痛てて・・・」言ってるおっさんを・・・酒控えろよなといいながら、送った・・夕焼けでありました。
2月には、福島県棚倉町で「昇太・たい平・三三」の花形落語三人会観てきた。
水戸から車で2時間半かけて棚倉町まで・・・2時間ちょっとの落語会を観て・・・・・また2時間半かけて真っ暗な山越えの国道118号を水戸まで帰ってきた。・・・・疲れた。
たい平さんが「紙くず屋」・・・三三さんが「転宅」・・・昇太さんが「ときそば」・・・・柳家三三さんというひとの噺を生で聞きたくて行った福島県棚倉町・・・・確かに皆が言うようにうまいっすね。

で、3月は水戸芸術館で「春風亭昇太独演会」
昨年に続いて・・三遊亭遊雀さんの小噺みたいな「夫婦げんか」?・・・・昇太さん1本目が「宴会の花道」・・・会社の飲み会は好きなものを好きに食う・・・・・下げは「食ったら吐くな!」・・・なんちゅう下げだ。
中入り後のとりネタは、「花筏」・・・・大関 花筏にそっくりな提灯屋さんの悲劇・・・・なぜか好きなんだよなこの噺。

2013年2月7日木曜日

2月はあっという間に・・「落語試験」・・落語「愛宕山」やら「ねずみ穴」やら「死神」など

インフルエンザでもらった薬・・こんなにいるか?
気がつくと、1月が終わっていた。
たぶん2月もあっという間に過ぎる・・・2月はあと1日あってもいい・・

1月にインフルエンザにかかった。・・・タミフルを飲んだ・・・副作用で、そこいらを駆け出しちまうかと思ったらそういうこともなく・・・熱は下がったけど・・・り患して5日、かつ熱が下がって2日は出勤停止を言い渡されたので・・・・
例によって、落研時代のカセットテープの整理なんぞをしていると・・・・中田ダイマル・ラケットさんの漫才のテープのB面に「落語試験」と書かれたカセットテープを発見。

そうだった。
昔、うちの大学の落語研究会は活動の一環で、たまに部員対象に落語関係の知識を増やす?確認するために「落語試験」なるペーパーテストをやったことがあった。
今なら、落語検定とか・・検定ものの・・はしりになるのかな・・
別に何かの資格がもらえるわけではなかったけど・・・なんつっても学生のやることだし・・・「研究会」と名前もついてるわけで・・・まあ、そんな活動もありかなと・・・

笠間稲荷のきつね様・・足元には油揚げ
問1
現在の落語協会・落語芸術協会・上方落語協会の会長・副会長の名前を(   )に記入せよ。
とか

問2
落語には、客から三つのお題をもらって、それを入れ込んで一つの噺を即興でつくった、いわゆる三題噺と言ったものがあるが、三遊亭円朝作といわれる「芝浜」、「鰍沢」の噺のもとになった三題を、それぞれ(    )に記入せよ。

なんてな、ペーパーテストをやってたんだけど・・・たまにはヒアリング問題もやろうぜ・・ということになり・・・
牛丼君、風公君、大福・・俺だ・・・が、世田谷代田・・京王線の線路沿いにあった露漫さんの・・露漫さん女性ね・・・そんなの知ってる・・・・か。アパートに夕方から集まった。ダブルカセットレコーダー、普通のカセットテレコ・・大量の落語のカセットテープを持ち込んで・・・・4人が彼女んちのこたつに四方から足を突っ込んで・・・試験問題の作成にとりかかったわけで。

4人であーでもねぇ・・・こーでもねぇ・・・言いながら・・・字の上手な牛丼君が記述問題の記入と回答用紙の作成を担当し・・・・風公君と大福がヒアリング問題のダビング録音・アドリブの設問説明のナレーションを担当した・・・・
テープに録音されている問題はこんな感じ・・

それでは、テープをお聞かせします。よく聞いて答えを書いてください。  

「・・・・そう唄でも唄いながら行くんだ・・・すちゃらかちゃん・・たら、すちゃらかちゃん・・と、こんな感じだ・・・・・山で白いのはサー・・うさぁぎじゃあないかさ・・・何のうさぎだんべ、こらさのさぁー・・雪のかたまりサイサイサイ・・こら・・すちゃらかちゃん・・たら、すちゃらかちゃん・・・・・踊ってやがらぁ、あいつぁー・・・いっぱちーぃ・・・」

もう一つの場面をお聞かせします・・

「前々から考えてたことがあるんだ、・・・今日は、それをやろうと思って・・支度してきた・・・お前に見せてやる・・・ほら、見ろ、どうだ・・・・小判じゃありませんか!・・・ええっ・・本物ぉ?・・・あたりめぇだよ・・・何枚あるんですぅ?・・・30枚あるよ・・・・ええっ・・あは・は・はぁー・・・大将・・どうしようてんですぅ?・・・・・・これをな、かわらけ の代わりに、こっからすーっとほぉって・・あすこに通そうてんだ・・」

賢明なる受験者諸君には、もうお分かりかと思いますが・・・・あっ!さっき言い忘れましたが・・今のが1問目です・・・サー答えを書いてください。(たぶん、この演者と演題及び下げを書け・・か、なんか言う問題だったんだろうなぁ)

で・・・次から第2問が始まります・・・
「・・・・・つらかったろうな…・出来たら…兄貴ぃ・・・許しちゃあもらえねえか・・・たけよ・・・許せや・・

・・・兄さん・・あにさん・・て、頭ぁ・・あげてもらいてぇなぁ・・・おらあ・・そんな深ぇ心持ち・・あるたぁ・・ちっともわからねえで・・・・あんときゃあ・・腹ぁ煮えくり返って・・ちくしょう・・・なんて・・なんてひどい・・・鬼・・おにぃ・・お・・お・・お兄さんだと・・・おらぁ思って・・・」

さてーぇ次の場面です・・・(この辺まで風公君・・頑張って真面目にナレーションをやってる・・・そろそろ・・限界だ・・・ふざけたい。)

「ほーれ、おめぇ!・・・・1番蔵の戸前ぇんとっから・・煙が・・・火がへぇっとる!・・・・いえ・・・いいえって!・・ほれ・・誰か上がってみろや!・・・・若い者がそいつぅ上がって・・鳶口で瓦ぁ2,3枚おこしてみるってえと・・・・ガラガラガラっ!・・・・・あぶねえぞお!ほら・・降りれーっ!!・・・ほ・ほら、言わんこっちゃねぇ!・・・・・・・・2番蔵の戸前んとっから煙が出とる・・・こいつも・・若い者が上がって・瓦ぁおこしてみるってえと・・・・ガラガラガラっ!・・・・・あぁ・・あああぁ・・ひぃー・・ひとつ・・残ってりゃぁ・・・・という言葉が終わるか終わらねぇうちに・・・火の勢いで観音開きが・・・左右にぴゃっと・・開くってえと・・・・・ガラガラガラっガラガラガラっ!・・・・見ている前で三つの蔵がねじ切れるように焼け落ちた・・・」

(風公君もう限界・・ふざけたい)・・・どーだぁ・・・おらぁ・・・でへへ・・・あぁっ?・・次の問題、いくぞ!

「なにしてんだよぉ・・・・この人は・・・・どこほっつき歩いてきたんだよ!・・・えぇ?・・どこのたくって歩いてたんだい!・・・

よせ・・この野郎・・・俺ぁ・・のたくったり・・ほっつき歩いてたわけじゃねえや・・・
じゃぁ・・どうしてたんだい・・お金の工面はついたのかよ!・・
・・・・・それが・・・お前ぇ・・・・だめなん・・で
ダメなんだじゃないよ・・・わずかばかりのものが出来ないのかい・・・ほんとに、情けないねぇ・・それが・・どこに行っても・・・そう急に・・言われてもって・・貸してやるわけにゃいかねぇ・・てんだから・・
甲斐性がないからそういうことになるんだよぉ!・・・わずかばかりのもんが!・・・お前だって男だろうぉ!・・・・男だろぅつたって・・・男だか女だか・・・おめえだって・・心当たりがあんだろう・・

(風公君気を取り直して頑張る)・・もうわかったと思うけど・・もう少し聞かすな。

「あー・・すっかりいい心持ちになっちまったなぁ・・・こうね・・ぽーっとしたところを夜風に吹かれる・・・いい心持ちだなぁ・・・・・だけどなー・・うまいことを思いついたなぁ・・・・どうしてこれに、もっと早く気が付かなかったのかなぁ・・・・・これさえあれば・・・世の中の金はみんな俺のところに集めることができるのになぁ・・

こんな感じで・・・・テープの頭出しをしちゃあ、ダビングして・・・また頭出しをしてダビング・・・アドリブの問題説明のナレーションを録音して・・・・それを繰り返した。・・・・演者は普段落語を聞いている人なら当てられるだろうけど・・・どの噺を選ぶのかをあーでもねー・・・こーでもねー・・・議論して…その後にその噺が何の噺なのかわかるフレーズのポイントを探して・・・・頭出し・ダビング・・・
ナレーション・・・・・・・と、徹夜仕事になった。

夜は深々と・・・更けてゆき・・・・牛丼君は、黙々とニコニコしながら解答用紙に問題を記入し・・・風公君と大福はつまらない洒落や物まねが、ものすごくおもしろいことに感じる徹夜症候群でハイテンションなり・・・・なんでこんなことを始めてしまったのか、やけっぱちで録音を続け・・・・・・露漫さんは、大の字で寝ていた。

夜が明けて、へろへろの4人は・・・カセットテレコとコピーした問題・解答用紙を抱えて・・・・あの大学までの長い坂道を登って・・・・・部員が集まってる何号館かの教室に行き・・・解答用紙を配りテープを流した・・・・・・

インフルエンザからの病み上がりで聞く・・・あの頃の俺たちの声は・・徹夜明けのハイテンション・・・風公君も大福もはしゃいでいる・・・声も若い。
将来への不安も・・・まよいも・・・あきらめもない・・・・大好きな落語にどっぷりつかっていたバカ学生の声は・・・・まだ熱っぽいインフルエンザにやられた体に・・・・少しの元気と・・・少しの恥かしさを思い出させた。

さて問題です。・・・・・・俺はまだ、徹夜で誰かと落語を聞いて、語って・・・・そんなことできるかなぁ

2012年12月31日月曜日

似顔絵、年の瀬、と落語「幾代餅」

千波湖を散歩する。
白鳥のウンコを踏みそうになる。
根性の悪い黒鳥がカモを追っかけまわしてたりする。
ちょっと昔に不良中学生が金属バットフルスイングで白鳥の頭だか首だか芯でとらえる・・なんて事件が新聞に載ったりしてたけど・・今は、平和。ジョギングしてるおっさんだの手をつないだカップルの前をグエッ、グエッ言いながら我物顔に横切る。・・・人の方が避けるのを知っているから結構偉そうに歩道を横切る。

散歩で歩きながらイヤフォーンで聞いているのは、古今亭志ん朝の「幾代餅」。いまどき・・・・カセットウォークマンで・・・・もう製造してないよなこんなの・・・・中身のテープも30年近く前の学生時代に録音したもの・・・・・いまどきなら、なんとかポッドとかデジタル録音機器で聞くんだろうが・・・おっさんはベルトに引っ掛けたカセットウォークマン。ソニー頑張れ!
そうそう志ん朝の幾代餅・・・姿海老屋の錦絵の花魁・・おいらん・・幾代太夫に一目ぼれする、つき米屋の職人さんの噺だぜ・・・・錦絵ったらブロマイド・・・・古いね・・・今ならグラビア・・・それも絵だろ・・・・その絵に一目ぼれ。

似顔絵と言えば・・・・落研で卒業の寄せ書きのアルバムに風公君が描いてくれたっけ・・・
ほんとに、こんな親父になりたかったなぁ






ちっちゃな女の子に・・・・・・
君は、生まれてから、まだ1歳と6か月ぐらいしか立っていないからわからないだろうけど・・・
お父さんのDVってやつで、実家に帰ってきた君の20歳のお母さんは、乳癌であぶなくなってるお母さんのお母さん・・・君のおばあさんの介護と・・・子供の君を返せと言ってくる君の25歳のお父さんとにはさまって・・・自分の将来がわからなくなって・・・・薬を飲んだ。
まだ・・20歳だもんな・・・
君は、施設に・・乳児院に入ることになった。
「福祉」ってやつは・・・君を幸せにはしてくれないかもしれない。・・・乱暴で無職の25歳の君のお父さんに育てられることより、見ず知らずの他人に乳児院で育てて貰うことのほうが幸せかどうかなんて・・・誰にもわからない。・・・・あとは、君が持ってる生き延びる力と・・君が持って生まれた運。
大丈夫・・・君がお母さんと福祉の窓口に来たとき・・・ひとり遊びをしてお母さんに甘えない手のかからない・・・・・ニコニコしたかわいい児だったもんな・・・ずっとニコニコしてなよね・・みんなが君を好きになるように・・・君はまだ1歳ちょっとだもんな・・・・おっさんたちは君になにもしてあげられない。

すいません。年の瀬に・・・
伝助さん、今年は茨城で飯でも食べましょうというお誘いに答えられず・・・・来年はぜひ。
ブログ見ていただいた皆様・・よいお年をお迎えください。