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2014年9月22日月曜日

太ったおっさん「かいわれ寄席」に現ると「クララが立った!」と大福の「芝浜」

何で縁もゆかりもない大学落研の発表会を見に行くのかは、以前に書いたブログを読んでもらうとして・・・・
二松学舎大学の落語研究会の発表会を観てきた。
平成26年9月21日(日) 午後1時30分開演
四谷荒木町 「橘家」・・・なんだろう・・・ここは、料亭みたいなつくりの桟敷の・・・貸スペースなのかな・・・・・ともかく、玄関開けたら2分でごはん・・じゃない高座がある・・・・入ればわかりやすいが・・・たどり着くまでが多少わかりにくい・・・でも、静かで趣のある会場でありました。
 

これは、終演後にお客を見送るの図、丁寧な対応で気持ち良く帰れました。お疲れ様
 







演目やなんかは、二松落研さんのHPで見てもらえばいいとして、









めくりと座布団返しの子が、とても丁寧に座布団を返した後にお客へ見せる満面の笑みが初々しい

 














 
1年生部員の初高座披露の寄席らしいけど・・・
上手な子はほんとにうまい。人前で芝居とかやった経験とかある子なのかな
















どっかのおじさんから高座名の説明を求められてた専大の落研さん
夢三亭と松風亭らしい・・・二松学舎に負けるな専大落研!

















話は飛びますが・・・・・最近、あっちのほうは、すっかりダメであります。歳のせいか糖尿か・・・
アルプスの少女ハイジの友達のクララは、ペーターに車いす壊されて立てるようになるけどね・・・
「クララが立った!クララが立った!・・・んなこと言っても・・・俺はすっかり勃たなくなった・・・・まったく「クララはたつのにねー!?・・・」なんか言われてしまう。・・・・しょうがない。・・「今はただ、小便をする道具なり」・・・・・クララはえらい!・・・・・・下ネタですいません。

またまた、話は飛びますが・・・・・伝助さんのブログ・・・風柳師匠の「芝浜」の話・・・・・面白かったです(まだ、完結前ですけど)しかし、よく覚えてますよね当時のこと・・・まくらも含めてこの噺への思い入れ・・・いいですね。

私も持ちネタで・・・・・やってます・・・・対外発表会ではないですけど・・・・合宿の部員の前でと、卒業した後に隣村の老人会の研修会かなんかで・・・・

私は、録音が残ってる合宿の高座のまくらでは「ほとんど談志、そこはかとなく漂う三木助の香り・・・ということで・・・芝浜やらしていただきます。・・・」と、入ってますので立川談志さんと先代の桂三木助さんのテープ聞いて覚えました。談志ひとり会かなんかで生の芝浜も見てたと思います。
談志さんの「芝浜」は、当時30年前でも、やるたびに変化してるので3本ぐらいテープ・・・・3種類ぐらいのの談志の「芝浜」を何度も聞きました。

「・・・・・・長年連れ添う女房に・・・嘘をつかれて・・・・腹ぁ・立つだろう・ね・・・・・なぐっても、ぶってもいい・・・・・だけど・・・おまえさん・・・あたし・・・ださないで・・・・お願いだから、ださないで・・・・だって、だって、あたし・・お前さん、好きなんだもん・・・・・」

「・・・・あっ。鳴ってる、鳴ってる・・・ボーン・・・・・百八つ」
「・・うん・・百八つ・・・・」
「・・・百八つ・・・・」
・・・・こんなのやりたかったんですよね。20代学生の分際で・・・今じゃ、「クララは立つのにねー」なんか言われてるおっさんがですよ・・・・まったくの話。

あと、参考にしたのが、あの安藤鶴夫の「我が落語鑑賞」って本、高座でやられてた噺の速記本みたいに落語が採録されてて、しぐさまで採録されてて、その「芝浜」の部分、たぶん桂三木助さんのの採録、その中に・・・・お内儀さんに起こされて芝の浜に来てみたが時間が早い・・・・・浜で顔でも洗って待とうとブシャ、ブシャっと洗ってみたが・・・ふところに手ぬぐいがない・・・・いけねえ、ってんで、頭に巻いてたねじり鉢巻きの手ぬぐいをはずして、広げて顔をふくシーンのパントマイム・・しぐさと、

談志さんもやってますけど、キセルで刻みタバコ吸うときの「・・・昔は、ライターとかマッチとかありませんから・・火打石でおこした火を「火口(ほくち)」てえものに移して、キセルに火をつけた」・・・・で、つけた一服目を吸って、二服目を吸うときは、一服目の火種をふっと吹いて左手に落として、熱くないように、左の掌で転がしてるうちに、キセルに煙草をつめて、転がしてた火種でその煙草に火をつけて、ついたらキセルを咥えたまま、両手をポンポンとはたいて燃え尽きた火種の灰を払い落とす・・・・・いちいち、何度も火打石で火をおこさない、そんな、外回りの魚屋さんがやってたであろう、しぐさをやってみたかったのであります。

その卒業後の老人会のじい様、ばあ様の前でやった時の「芝浜」では、この煙草のしぐさをやってるときは、反応がないので・・・「なんだかわからないでしょう?・・・・これは、昔はライターとかないから、火打石でおこした火をほくちってものに移して、それで煙草に火をつけた・・・というところをしぐさだけで表現してるところで・・・・だめですよ、前途ある若い演者が足りないところは・・・・みなさんの過去の経験に照らし合わせて想像力でおぎなう・・・頭使わないとぼけちゃいますよぉ・・・」とやって怒られたことがありました。

それと、俺、当時から酒の飲めない下戸だったから・・・大好きな酒をやめることの意味がよくわからず・・・・この噺を解釈するとき・・・・人間はそんなに強くない・・・この魚屋さんも、そんなに簡単に酒を断つことなんかできたのか?・・・・魚屋の寄合かなんかでひとり飲まないなんてえことができるもんか?・・・・ほんとは、魚屋さん、魚勝っあん、止むにやまれず飲んじまったこともあったんじゃねぇーか?その度に、泣くほど後悔して、やっと3年目の大晦日に飲まなくてもいられるようになった・・・その間の七転八倒の苦しみの方が、人間的じゃない?そんな風に噺直そうかな?
と、酒の強い夢三亭小たつ君に相談したら・・・・「そりゃぁ、だめでしょう」と否定されたのを覚えてます。

今、思えば、好きな酒を我慢した長い時間があるから、目の前の酒。飲んじまえば、これを手に入れることの代わりに手放さなければならなくなるかもしれない取り戻した夫婦の幸せな時間。・・・・・・「よそう・・・」っていう気持ちになるよな。直す必要はなかったと確かに思う。

2014年9月19日金曜日

燃え尽きた男?あの頃の部室と集合写真あれこれ

この男は、人生に疲れて燃え尽きたわけでも、昨日の酒が抜けなかったわけでもない・・・

お昼休みの「校内寄席」の準備のために演者の出囃子のカセットテープの頭出しをしているのである。30年以上前の部室の風景であります。たとえば、開口一番が私、大福なら当時の私の出囃子「野毛山」を録音されているカセットテープの曲目の中から探し出し、曲の頭が見つかったら、少し戻した状態でスタンバイ。

寄席が始まったら、太鼓の片シャギリの後、私の登場に合わせて曲を流す。私が座布団の上で頭を下げるのに合わせて、音をフェードアウト。カセットテープは1本だけだから、噺の間に次の演者の出囃子の頭出しをしておく・・・そんな風景。





集合写真。みんな楽しげだ。

部室の入り口付近はこんな感じだった。壁際にならんだボックスが個人ごとのロッカー代わり。
末広亭のビラ、とか部員の名札とか・・・









窓際がこんな感じ。
森永の食堂から勝手に持ってきたトレーとか食器とか・・・









「落語長屋」での新幹部紹介。・・・豊島区民ホールだったかな?

先日の金権選挙によりまして新しい幹部が決まりましたので、紹介します。新代表の松竹亭松弥。
この方の地元に行きますと郷境に白い着物に藁で帯を締めたおじいさんが杖をついて立っておりまして・・・・よそ者が来ますと「帰れ―!かえれ!」と追い返す。そんな埼玉出身であります。
他副代表は九州出身で親が隠れキリシタン。もう一人が先祖が横浜で中華饅頭屋の親父をしめ殺した因果で真ん丸顔に生まれついたという男。この3名が新幹部でございます。よろしくお願いします。・・・・・・そういったあいさつ。何の紹介にもなってなかった。


そして、私が幹部のイロハを教わった先輩。松竹亭酔梅師匠。やさしくて厳しくて、そこまでやる?っていう吹っ切れ具合が大好きでした。






途中で退部しちゃう娘も多かったっけ・・・・

今は、どこでどうしているのやら・・・




2014年8月31日日曜日

花粉症と3D映画、スポンサー付き「寿限無」とか

このブログの「読者」として登録されてた落研の先輩方が登録を解除してらっしゃる。・・・・・俺、なんかやったっけ?・・・・・まあ、俺は現役時代の昔から先輩しくじる生意気なやつだったからなぁ・・・嫌われたもんは、しょうがない。

映画は、映画館で月に4~5本観る。つっても、年間にすれば50本ぐらいにしかならないから、映画通とかマニアとかいうもんではないだろう。

先日、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」を見に行った。トム・クルーズ主演 ダグ・ライマン監督のSF映画、普通の2Dバージョンのもやってたが、3Dバージョンの立体映像(こういう表現はしないのかな)を選んだ。

映画館の券売機で券を購入すると途中で「3Dメガネを持ってるか?」と聞いてくる。持ってなければ、購入することになるので、入場券になん百円か上乗せになる。俺は、以前べつの映画を3Dでで見てるので、その時購入したメガネをいつもショルダーバックのジッパー付きポケットに入れている、バックの上から触ってみる・・・ある。ある。メガネの形をしたものが確かにある。・・・・であるので、「メガネは持っている」で券を購入。

上映時間の10分前から入場できるので、中に入り上映前のCMとか”ノーモア映画泥棒”なんぞを観てると「ここから3Dメガネをおかけ下さい」というお知らせ映像が流れる。「さあ、準備、準備・・・と、バックのジッパーを開けて中からメガネを取り出す。・・・・・まわりのお客さんもみんなメガネをかけだす。
・・・・・・・あれれ?・・・なんか違うぞ・・・・画面がぼやけて立体像にならない・・・・・なんだ?このメガネは?・・・・・
それは、春先にコンビニで見つけて使えるかなと買っといた(ほとんど、使うことはなかったけど)・・・花粉症対策めがねじゃねーか!・・・

バッグの中をごそごそ探したけど、他にメガネらしきものはなく・・・この時点になって、初めて3Dメガネはないことが判明。
手遅れであります。

あとは、人間の精神力が(要するに頑張れば)3D映像を裸眼で立体映像化できるかどうかの問題で・・・・・3D映画をメガネをかけないでボーッっとスクリーンをにらみつけてるおっさんを・・・「なんだ?こいつ?」と思われるのがいやで「花粉症対策メガネ」をかけて宇宙人と人類の戦いを描いたSFスペクタクル映画を画像が二重にぼけて見えるスクリーンを眺めて根性で3D化できないものかと目を細めたり、激しく瞬きしたりするおっさんの別の意味での2時間余りの戦いは報われることは無かった。

さて最近は、宇宙から来た金属生命体が自動車やトラックなんかに形を変える映画「トランスフォーマー/ロスト・エイジ」を観た。2時間45分もある長い映画・・・・こちらは、2Dバージョンで。

今や、中国とかの資本が入ったハリウッド映画はすごいことになってるらしいぞ。
この映画の製作費が200億円ぐらいらしいけど、公開前の時点でタイアップ・広告収入で160億円ぐらい稼いでて、タイアップの会社・企業40社のうち20社ぐらいが中国企業で・・・・映画の舞台も前作とかから引き継いで、前半アメリカのシカゴなんだけど後半は香港が舞台。
戦闘シーンの途中で、つぶされたトラックの積み荷がバドワイザーのトラックで、主人公が意味もなくそのつぶされたトラックのビールをうまそうに飲むシーンが出てくる・・・・戦闘中だぜ・・・・もちろんバドワイザーがスポンサーで名を連ねてるから・・・・・・・まるで、「てなもんや三度笠」・・・・「俺がこんなに強いのは、当たり前田のクラッカー」・・・だぜ。

また、香港での戦闘・敵との追っかけシーンでも逃げ込んだビルの屋上に、なぜか冷蔵庫が置いてあって開けると「紙パックの牛乳」が入ってる。これもごくごく飲む。緊迫した場面で、なんで牛乳飲むのさ・・・・・・・もちろん中国の牛乳会社がスポンサーだから・・・どっかで入れないと。

エレベーターで乗り合わせた、一般の中国人が何の説明もなく、追っ手の敵をぼこぼこにやっつける。この人が、どうゆう人なのか後にも先にも何の説明もない。・・・・・聞けば、オリンピック出たボクシング選手で中国では有名な人らしい・・・・・でも、ストーリー上、結局何の説明もないので、なんで強いのか、なんで登場したのか全然わからない。中国国内で受ければいいんかい?

で、考えた。落語だって、商品名とか有名料理屋とか出てくる落語はあるな・・・
薬とかだと落語「反魂香」の「反魂丹」とか、そのものずばりの「万金丹」・・・・食べ物で「王子の狐」の卵焼きとか「素人うなぎ」、神田のうなぎとか、落語「百川」の料亭「百川」って、現存すんのかな?落語「大仏餅」の八尾膳とかはあるんでしょ?・・・スポンサーとして落語に影響与えたもんでは、ないんでしょうけど・・・まあ、落語に登場したからって、消費者の購買意欲が上がって、大儲けってことはないだろうけど・・・・先代の「桂文楽」さんの落語「明烏」で甘納豆を食べるシーンやると
売店の甘納豆がよく売れたとかいう話は聞いたことがあるけどさ・・・・・宣伝・広告といった意味合いでなく現実にあった店とか商品とかが、当時の世相・風俗を表現するのにリアルで当たり前の設定だったり、道具だったりしたんだろうね。

・・宗教・・・仏教とかだと、お寺さんは、落語には、いっぱい出てくるもんな・・・・「お題目で助かった・・」なんて下げもあるし・・・・落語の始まりが、坊さんの説話とかと関係してることもあんだろうな。

今だったら、健康指向ブームだし、「今日は、お七やだよ・・・この子に名前を付ける日だよ・・・・・お寺さん行って名前つけてもらうと長生きして言いそうだよ・・・」って・・・・・子供の名前をお寺につけてもらいに行く落語「寿限無」だって・・・・・・今、長生きしそうな成分って言えば、・・・・コラーゲン、コラーゲン、コンドロイチン、ごま セサミン 春ウコンならクルクミン 坊さん ボンさんイソフラボン、ヒアルロン酸、ベータカロチン、世田谷育ちのグルコサミン、あっちのほうならマカ・ガラナ・・・・とかなんとか入れるから、一席やるごとに製薬会社から公告料金が入るとか、そんな落語は・・・・ねえぇだろうなぁ・・・・

その昔の三笑亭夢楽師匠の補導出演の時の専大寄席の写真


伝助さんの追ん出し寄席ん時の写真・・30年以上前だしピンボケだし・・・出してもいいすよね・・
問題あればいつでも削除しますけど・・・・

これも問題あったら連絡を・・・そん時は、削除しますんで・・・

2014年7月25日金曜日

「テキスト至上主義」と「人間国宝が袋をのせる。あるいは握る」と一学期末の給食

基本的にテキストがすべてだと思っている。
小説や映画や芝居や・・そして、落語も・・・・出来上がったもの・・・・作品・・・・その日の高座がすべてだと思う。

どんな、苦労、艱難辛苦のはてに出来上がったものだとしても、出来上がったものが面白くなければ、意味はない。
その背景や作成過程や環境についての意義や「よーくがんばった」、「ご苦労されたんでしょう」は、別のものだと思っている。
それは、別のところで評価されればいいものだ。・・・・作品の評価とは別のところで。

 それは、わかっているが・・・・落語は、生き物だ。その場、その場で見たものが違う。生きている人間が演じ、その時の客の反応ですっかり違ったものにもなってしまう。出来のいい噺をいい場所で聞いた時のその瞬間に感じた、いい気もちをまた経験したくて・・・寄席やホール落語に足を運ぶ。噺家さん、そのものをひっくるめて、高座は一つの作品になる。

たぶん、落語通と呼ばれる人たちや、業界の人たちには周知のことなんだろうけど・・・
「入船亭扇橋」さん。が寝たきり状態らしい。
東京かわら版(平成26年4月号)に載ってる「特集 小三治と話そう」・・・DVDブック「落語研究会 柳家小三治大全(下)」の発売を記念して1月7日に行われた柳家小三治さんの記者インタビューに出てくる。

―――――― 抜粋 ――――― 今、扇橋が寝たきりで胃瘻をしている話になって、小三治さんが見舞いに行った時に、「おーい、扇橋。俺の言う事がわかるか?返事ができないのは分かるが、・・・声は出せないだろうけど、もし俺の声が聞こえたら目を2回パチパチやって見せてくれ」と言った。そうしたら二回やったという。・・・・・・そんな病状らしい。・・・(それが1月以前だから・・・ちなみに「胃瘻(いろう)」とは、口から食物が取れないので、お腹に穴をあけてそこから管で栄養等を体にいれること、だそうだ。以前の仕事場、福祉係で得た知識)

お二人が一緒に旅を回ってたころ。
「あいつはどうにもしょうがないやつで、人が風呂場で洗っていると、後ろから来て私の頭へ袋を乗せたりするんですよ。・・・・・そしてガハハハなんて言って喜んでいたりするんですよ。・・・・・
で、そのことを思い出してね、ちょっと袋を握ってやろうかと思って、それで前をまくって、手を突っ込んで、袋を持ったんですよ。そのうちあいつね、ぽーっと赤くなったんですよ。面白いでしょこの話。すごくうれしかったですね。」

これ読んで・・・・・金玉好きの私としては(金玉好きでなくても)いい話だと思いました。
人間国宝になるという・・・・・・柳家小三治さんと・・・・扇橋さんは、すでに寝たきりだけど・・・・子どもみたいな仲の良さ・・・・こういうの読んじまうと噺家さんは、生きてることも含めて出来上がった作品なのかもしれません。
(※ 今回は、有名な落語通の方のブログで、「東京かわら版」に載ってるというのを読んで、自分も読み返して書いたものです。自分が見てきた、読んで発見したみたいに書くとずるいので、一応お断りを・・・・その方に申し訳ない。)

伝助さんもお好きだと書いてた 九代目入船亭扇橋 私も追っかけて聞いたことは、なかったですが、寄席では何度も聞いて・・・・・こういう人が出る寄席は、楽しいですよね。・・「茶の湯」とか何度も聞いたなぁ・・・・最初は、なんで、頭が揺れてるんだろうと思ったけど・・・。
もう寄席で見ることは、ないんだろうなぁ・・・・
 
カレーにスイカに包子・・・無敵の献立・・・1学期最後の給食でした。1食の食材費260円?

2014年7月21日月曜日

「第49回みな好き会」と「もうどこにもない場所」と「牛乳屋のおじさん」の牛

小中学校は一学期も、終わり。給食も終了。
若干の時間休をもらって水戸駅まで、車を走らせスーパーひたちに飛び乗る。乗り換えて新宿駅まで、仕事疲れとムシムシする暑さ、ヘロヘロと歩く。
東口に出て歌舞伎町方面。西武新宿駅を左手にみながら、呼び込みのお兄さんたちをかわして、ガードレール脇に所帯道具をひろげて、しゃがみこんで何かしゃべってるホームレスのおばちゃんを踏まないように狭い歩道をヘロヘロと歩く。
じわじわ出る汗をタオルでごしごし拭きながら、目指すは、永谷ホールFuー、

あった、あった・・・でも、看板もポスターも、はっぴ着た呼び込みも誰もいない。スーツにネクタイのあんちやん達が、入り口隅でボーッと立つて、ボソボソ話してる。まるで秘密組織の闇カジノの入り口みたいだ・・・もちろん、本物は見たことも行ったこともないけど・・・
こんなときは、落語「うどん屋」では、ないけどこちらも小声になる。・・・「こんばんわ・・・みな好き会?・・・入っていい?」

あわてて、学生さんが演題が印刷されたちらしを持ってきて、どーぞ、と案内されるカーテンの奥。既に開口一番が、しゃべってる。見渡すと、5、60人も入ればいっぱいの会場にパイプ椅子、少ない客の中、最前列にやっぱり着なれていないスーツ姿の新入部員らしいかたまりが十数人、後ろに他大学の落研らしいのが、数人。最近のお馴染みの光景。残念ながらOBと思われる方々の姿はない。対外的な広報や、ツイッターでつぶやいたりもしないしどこのネットの掲示板にも、今日の会のことのせてないみたいだから、今日ここで第49回専修大学落語研究会の「みな好き会」があるなんて誰も知らないよな・・・・・・やっぱり秘密組織の会合か・・・・。



とりあえす、椅子に座って学生さんの落語に集中、集中・・・ーーん?これは?・・・・プログラムには、「饅頭怖い」とあるが、俺が知ってる饅頭怖いじやない、・・・っうか、落語じゃない。百歩ゆずって、何でも有りが落語だとしても、ここには、落語に対するリスペクトも、「みな好き会」に、来てもらった客を、楽しませたい、という思いも見受けられない。ただ、ふざけてるように見えた。なのに、落研部員は、何人か笑ってた。これの何がおかしいの?・・・・・・・この時点で、帰ろうかと思った。

・・・まてよ、ここは、俺達が、先輩から受け継ぎ、後輩達につないだ、あの「みな好き会」じゃあないんだよ。現役さんが、今の自分達の為だけに、やってるもんだ。OBのノスタルジーなんて、関係ない場所なんだな。そんなこと、わかってて来たんじやないか。・・・来ては、いけないところだったんだと、改めて気付く・・・・少し悲しくなる。・・・・・・・そんな場所・・・もうどこにもないんだ。

次に上がった子が、「たけのこ」という噺をはじめる。途中で噺を忘れる。いいんだ忘れても、一生懸命のおしゃべりなら・・・それも、見てる部員さん達はは、ヘラヘラと笑ってみてる。仲間のアクシデントじゃねえか、ちゃんと向き合えよ。他人の見ず知らずに、落語聞いてもらってるんだぜ・・・ヘラヘラすんなよ。優しい先輩は、怒らないのか?昔の俺たちなら諸注意の後、2時間正座だ。
・・・・・・・「たけのこ」という噺を聞いたことがなかった、小咄みたいな噺だった。

で、補導出演、桂小文治師匠・・・優しいね。俺だったら、ふざけんな!って帰っちまうよ。・・・・「自分も昔学生時代、みな好き会にでて、真打(とり)をとったことがあります。今回49回目、来年は50
回・・・」学生さんに、諭すようにはなす。お楽しみの演題は、「牛ほめ」伝助さんが、言ってた「牛乳屋さんのおじさんの牛をほめる」牛ほめで、ありました。嬉しくなりました。
次に上がった子が、松風亭にぼし君、学生落語の大会、てんしき杯の、決勝に残った子なんだわね。「宿屋仇」は、長い噺だ。最後まで、持たすパワーは、人前での大きな声でのお稽古で、養うしかないよね。彼は、今年もてんしき杯参加すんのかな、てんしき杯ってのがよくわからんが・・頑張って。

13人入部の10人・・残りの3人は体調不良?
仲入りで帰らなかったのは、疲れてたから、・・・恒例の一年生紹介の口上もあった、
学部学科と高座名の自己紹介して、今は、「だじゃれを言います。」らしいけど、いきなり立ち上がって、独りコントはじめるやつもいる。さっきだじゃれいいます。っていわなかったっけ?何でも有りでいいけれど、口上の形式は守った方がカッコいいと思うんだけどおふざけ上等の学生乗りは、みな好き会をセコくするだけだぜ・・・

男の子と女の子のコンビのコント、「いろもの」とめくりが出てたけど、コンビ名くらい出してあげてもいいのに・・女の子の独り言に男の子の天使と悪魔がからむ、そんなネタ。
で、もうひとりの補導出演、立川談修師匠、名前に専修大学の「修」の字もらってるくらいだから専大落研は、大事にしてくれるようだ、有難い。とは、言え、どっかの落語家さんの奥さんが評したように、歳とってんだか若いんだか、よくわからないお顔は、相変わらず若い。
前座時代の破門から一人だけ復活して、あの立川談志さんに認められて真打になったご苦労より、素直な若者に見えるのは、得なのか損なのか・・・・・・歳とって芸人さんの趣、とか、迫力がでてくると、いい感じになる人なのかな、演題は、「一眼国」昔、林家彦六さんの正蔵さんの聴いたっけか、こんな噺もやられるんだわね。談修インザ、ダークなのね。 まくらで「私も第30回のみな好き会のとりをとった」と話してた。それから19年・・・・・もう、40代になられるのね

で、とりは、松風亭男日和(ダンディー)さん「ねずみ」昨年度の代表さんだそうで、性格良さそうで、落語も丁寧だ。口跡は、よくないけど、独特のふらがいい。時間の関係なのか、ストーリーを地のしゃべりでコンパクトにまとめてるけど、丁寧な説明だから、聞いてる方にも、よくわかる。
枕で、就活の面接で、「挫折について」話を求められた女子大生が、「交通事故にあって骨折した話」をしていた、どう考えても挫折と骨折を間違えてる。という話を笑わせようとしないで、世間話みたいにはなししてたのが、真面目そうでおもしろかった。4年になると、もう就活は、終わってる頃なんだなあ。

たぶんこんなブログ現役学生さんは観ることもないだろうから、好き勝手言わせてもらえば・・・・
いくら、OBとは言え、プロの落語家さんを呼んでの一般の方も見られる「対外発表会」の「みな好き会」でしょう。せめて、このぐらいの会場の収容人員なら、いっぱいにして、気持ちよく落語やってもらいなよ。呼ぶのが失礼にならないように。学生なら友達も多いでしょう?家族・他大学の落研。広報・無料でも招待券配りとか頑張った方がいいぜ。
4年生や幹部真打なら「みな好き会」の進行や演目や開催に責任を持った方がいいぜ、噺の出来上がってない人には、集中的に稽古してもらって、もし本番までに仕上がらないならやっていいっていう許可出すな(今は、やっていいっていう許可など真打は出さないのかな?)
「みな好き会」がつまんない身内受けのイベントにならないように、発表会前には予行練習を本番同様の進行でやって、すべての演目の完成度あげとく。できれば、老人ホームとかの慰問なんかで、身内でない一般人の前で聞いてもらえる噺に仕上げる。俺たちは先輩にそう教わった。

わかってます。現在の落研は現役の部員さんのもので・・OBのいう事なんか聞く必要はない。
現役の学生さんが自分で考え・感じてやりたいようにやる。正しい「みな好き会」なんてない。

もう、4年ぐらいみな好き会見に来てるけど、来年は50回。
 できるなら6月に「本家みな好き会」と銘打って俺達の知ってる大好きだったみな好き会のやり方で、現役のみな好き会にぶつけて、やりたいぐらいなんだけど・歳とっちまった。そんなパワーねえや。・・見に来るのも、もういいかぁ・・・来年は・・・


2014年7月17日木曜日

「桂小文治十八番創りの会」と「小夏とちび小夏」と「幽霊の辻」


夏は怪談だ。
桂小文治師匠の「十八番創りの会」で「幽霊の辻」を聞く。
小佐田定雄さんが亡くなった桂枝雀に書いた新作落語・・・学生時代に初めて聞いたときは、こんな面白い落語を書く作家さんがいるんだなぁ、と驚いた。これと「雨乞い源兵衛」なんかほんとにおもしろかった。
堀越村まで手紙を頼まれた男が、幽霊の辻(ゆうれんのつじと読むべきでしょうね)を通るにあたり、峠の茶店でばあさんに道を尋ねると、途中にある「水子池」や「首なし地蔵」や「父(てて)おい橋」、「首くくりの松」といったポイントのいわれを頼んでもいないのに聞かされて、すっかりおじけずいたところで、提灯を持たされて、茶店のばあさんもいなくなる。
・・・・・この茶店のばあさんがいいんだ、夕暮れの山道、峠の茶店の先で夕日に向かって、ふたり手を合わせる・・・「今日も一日ありがとさんでございました。明日もまたよろしゅうお願いいたします。・・・ほら、あんたも、ボーっとしとらんで、一緒に拝みなせえ。」・・・・・夕暮れが迫ってくる、・・・・・この噺は、怪談だけど、怖がらせるだけの噺ではないですよ・・・・・というのが、このくだりで見える。

婆さんから聞かされる噺は陰惨で救いがない話だけど、不思議に不快ではない。ただ怖さだけがある。この、いわれを聞いて、おっかなびっくり走り出せば、下げに向って怒涛のエンディング・・・・・

でも、元が上方の落語を東京に持ってくるにあたり、柳家権太楼さんあたりが、下げを変えたようで・・・・・「お化け屋敷だった」下げ・・・・・に直したようで・・・・俺は、枝雀さんがやってた下げの方が「余韻」とか「怪談」として好きだけどなぁ・・・・好みなんだろうけど。(具体的内容はあえて、書かないよ。ネタバレになる)

そんで、会場で俺が4年の時の1年だった「夢三亭小夏」ちゃんとその娘さん「ちび小夏ちゃん」会う(ちびって言ったって、お母さんにそっくりな女子大生さんだけど)


後姿なら問題ねーでしょう。客もよく入ってる。いい感じです
 彼女が、勤めてる有料老人ホームさんのイベントで、年に1~2回小文治師匠をお呼びして寄席を開催していることの関係で、この会にも何度か来てるとのこと。落語に関わってるのが嬉しいな、何の予告もなくバッタリ会えたのが小文治師匠の会と言うのが嬉しいな。

彼女の芸名?高座名は当時、私がつけさせてもらった。あの頃つかこうへいさんの芝居追っかけてみてたからなぁ・・・・もちろん出所は「蒲田行進曲」の小夏からとった。根岸李衣さんがやってた。「ヤス」は、平田満さんではなく柄本明さんが、「銀ちゃん」は、加藤健一さんだったか、風間杜生さんだったか・・・・後に映画化されたけど、芝居の方は、舞台装置や衣装やら極力排除したシンプルな舞台の「階段落ち」・・・・・・面白かった。・・・・・いとしいほど大好きなのに、傷つけあわないとそれを確認できない、表現できない不器用な男と男・男と女・男と女と男・・・・・

二十歳前後の田舎から出てきた工業高校から文学部入ったあんちゃんには、そんな舞台がまぶしかった。・・・・まあ、そんなあんちゃんには、都会で観る芸能は、なんでもまぶしかったんでしょうけどね。

さて、そうやって命名した「小夏」ちょっと反省してます。蒲田行進曲の「小夏」は、生きていくのが不器用な、ひねくれたでもしたたかな、可愛い女として出てきます。
比べて夢三亭の小夏ちゃんは、昔から素直でまっすぐでした。そっくりな娘さんと、落語見ながら楽しそうです。すっかり、ひねくれた落研くずれの先輩にも、くったくなく、あいさつくれて話しかけてくれます。・・・・・わかんねえけど幸せというやつは、こうゆう人のためにあるんだろうなと思った大福先輩でありました。
・・・・・もちろん、小夏ちゃんの今の何を知ってるわけでもないんですけどね。

昔、「熱海殺人事件」を落語に直してやってみたいんですよね、と言ってた。落研の後輩「バキ」が、居酒屋をやめちゃったと、小夏ちゃんに聞きました。大丈夫か。頑張って生き延びろよ。大きなお世話だけどさ・・・・・そう大福、お前が頑張れ・・・・・・はい。

第44回桂小文治十八番創りの会
平成26年7月14日(月)内幸町ホール 午後7時開演

開口一番
   古今亭今いち・・・・・・初天神
      今輔師匠のお弟子さんらしい・・・・・今輔さんって言っても、この前座さんは新作やらないのね、オーソドックスな古典なのね。

   神田きらり・・・・・・・・「山内一豊の妻」
      講談界の宮里藍と言ってた。沖縄顔なんだわね。パンパン、パパパン・・・・いい調子で  聞いちゃいました。内容はへそくりで旦那の欲しがってた馬買っただけなんだけど。気持ちいい。

   桂小文治・・・・・・・・「青菜」
      植木屋のおかみさんを化け物みたいにデフォルメしたりはしない。ほどよく。
―――――― 仲入 ―――――――――
   
コント青年団・・・・・コントレオナルドのような・・・コントユートピアのような・・・・・長いよ!真打の小文治さん楽しみなのに・・・・エンディングがぐちゃぐちゃで、そでに下がった

   桂小文治・・・・・・・・「幽霊の辻」

2014年6月24日火曜日

太ったおっさん、二松学舎落研さんの「あおい寄席」にあらわる。・・・落語は、客を楽しませるもの・・・・落語「堀之内」

大学落研の一つ先輩の八海さんも言ってた。
「わしも・・(当時の落研部員の一人称は「わし」が多かった)・・初めてこの噺を聞いたときは、絶対頭のおかしな人の噺なんだと思ったぜ・・・どう考えても変だもんな・・・・」

 草履と下駄と片ちんばにはいて、足が短くなっちまった注射行って医者うってもらわねえとと嘆く。
 朝起きて、顔を洗おうとして箪笥を開ける。
 ざるで水をくもうとする。
 洗った顔を猫でふこうとする。
 堀之内に向おうとして両国に行く・・そのうち訳が分からなくなり・・・私の行くとこどこでしょう?と   道を聞く。
 ずいぶんと長い帯を拾おうとして・・電車の線路だと気づく。
 寺の境内で弁当をつかおうとして、自分が弁当だと思っていたものが、かみさんの腰巻に箱枕を包んだもので、それを首っ玉に結わえて東京中を歩き回ったことに気づく。
 風呂屋で自分の子のつもりで、上がったばかりの女の子を裸にする。
 湯船の中でケツをかいても感じねえ、と嘆きながら他人のケツをかく 
 ・・・・・ぼけ続ける男・・・

八海さんも持ちネタにしていた落語「堀之内」・・・・そそっかしい男が自分のそそっかしいのを直してもらおうと堀之内のお租師様にお参りにいく噺だ・・・・杉並区堀之内にある妙法寺、・・・山号寺号ってのがあったな・・・・・日圓山妙法寺・・・・・・・お祖師様・・ってえから、日蓮さんを祀ったお寺さんだ、日蓮宗は法華だからお題目は「何無妙法蓮華経・・・」となえるわけだ。・・・・落語「鰍沢」とか「甲府ぃ」とか身延山に総本山はあるんだろうけど・・・
私も、そそっかしいことこの上ないので、・・・こんなブログ始めちまう、そそっかしさだ。・・・そんでこのあいだちょっと行ってきた。

新宿からバスに乗った・・・・(噺の上では、神田あたりから出かけて道に迷い・・・・反対方向の両国経由で一遍自宅まで帰ってから・・・・・・もう一度堀之内まで・・・徒歩で。)

新宿駅西口の9番乗り場から都バス[91]で新代田駅行きに乗る(終点まで乗ってれば、にゃんにやんさんも露漫さんも、そして大福さんも昔住んでた、おっつと、風公君が今でもすんでる?新代田まで行く系統だ)・・・4月から消費税増税に伴いかな・・・都バス運賃23区内200円から210円に値上がり・・・・・青梅街道・・・・環状7号で・・・鍋屋横丁を過ぎれば・・・30分ぐらいで・・・・堀之内(妙法寺前)に着く・・・・環七渡って商店街を過ぎれば、山門前に出る・・・・ここを、かみさんの腰巻に箱枕包んだのを首っ玉に結わえつけた格好で中に入れば・・・・

りっぱな山門だ
 

本堂から中は撮影禁止





お賽銭・・お賽銭・・と、財布ごと放り込むと大変だ・・・おつりもらえません。

 昼飯にしよう、脇の方の休憩所みたいなところで
腰巻にくるんだ箱枕・・・もないので、お寺さんの隣の饅頭屋さんで買った名物だという「揚げ饅頭」を食べる。揚げたてはおいしい。

この噺は、たしか八海さんにダビングしてもらった三遊亭 円遊さんのテープで覚えた。立川談志さんが「べらべら・・べらべらしゃべる」と表現していたが、ほんとにべらべらといい感じでしゃべる。
だけど、こういう噺を不自然でなく聞かせてテンポよく笑わせられるってのがどれだけ難しいかは、聞いてるだけではわからない。自分でやってみると難しさがよくわかる。・・・・・橘家圓蔵さん・・当時の月の家円鏡さんのも面白かったっけ・・・

で、九段の靖国神社近くにある二松学舎大学の落語研究会の九段祭POPっていう文化系サークル中心の学園祭なのかな・・・その中で行われていた「あおい寄席」ってのを観てきた。浅草でやった専大・国学院・二松学舎の落研合同発表会「三文の会」でみてから気になってたのだ、

当日は雨っぷりで、お客さん少ないかなと思ったけど、小さな教室にいっぱいのお客さんが来ていた。・・・・・・・・この大学の落研は、ホームページで活動報告をしてくれるので、寄席や発表会に向けて準備や練習を重ねていく様子がわかる。・・・・・・だから、自分の子供ぐらいの年代のあんちゃんやおねえちゃん達に、がんばれよと応援したくなる。・・・っつうか、気分は、自分もまだ落研で落語にとっついてる気分なのだ。

先日、水戸で二松亭ちゃん平さんという社会人落語日本一の学校の先生の落語を聞いて・・・・この人の過ごしてきた二松学舎大学の落語研究会ってどんなふうなのか、気になって見に行ったんだけど・・・・・・後輩に一人ずつ先輩がつく徒弟制度とか先輩から受け継いだものを後輩につないでいく伝統みたいなものとか・・・後輩の距離感とか落語が好きな様子も見てとれて・・・サークルのまとまりがいいのが目について・・・・・・いい落研だなぁ・・・と思う。

落研は、落研で職業人としての落語家ではないけど、目指すものは同じ「客を楽しませたい」・・・・どうやったら喜んでもらえるか・・・・・まして、職業人でないからこそ、自分の好きな落語・・・この噺いいっすよね!・・・てのを、どうやったら伝えられるか・・震えるほど緊張しながら、一生懸命のおしゃべり・・・・行ってよかったです。盛りだくさんの冊子もいただいたし、シールやしおりのサービスも、子供だまし・・と思いながら、喜んじまった。あいにく、午前中しか見られず午後の部の顧問の教授の落語・・・「熊の皮」だったようだけど、聞きたかった。

二松学舎大学だからたぶん、落研の部員さんも教員になったりする人も多いんだろうけど、しゃれのわかる、義理も人情も人のいい加減さもわかる、いい先生になると思うぜ。・・・・仮にそんなもんにならなくてもいいお父さんや、お母さんになるんだろうなと・・・勝手に思った。

丁寧に作ってある。大の大人がシール付けてもらって喜んじまった。40号というところに歴史を感じる。