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2014年7月25日金曜日

「テキスト至上主義」と「人間国宝が袋をのせる。あるいは握る」と一学期末の給食

基本的にテキストがすべてだと思っている。
小説や映画や芝居や・・そして、落語も・・・・出来上がったもの・・・・作品・・・・その日の高座がすべてだと思う。

どんな、苦労、艱難辛苦のはてに出来上がったものだとしても、出来上がったものが面白くなければ、意味はない。
その背景や作成過程や環境についての意義や「よーくがんばった」、「ご苦労されたんでしょう」は、別のものだと思っている。
それは、別のところで評価されればいいものだ。・・・・作品の評価とは別のところで。

 それは、わかっているが・・・・落語は、生き物だ。その場、その場で見たものが違う。生きている人間が演じ、その時の客の反応ですっかり違ったものにもなってしまう。出来のいい噺をいい場所で聞いた時のその瞬間に感じた、いい気もちをまた経験したくて・・・寄席やホール落語に足を運ぶ。噺家さん、そのものをひっくるめて、高座は一つの作品になる。

たぶん、落語通と呼ばれる人たちや、業界の人たちには周知のことなんだろうけど・・・
「入船亭扇橋」さん。が寝たきり状態らしい。
東京かわら版(平成26年4月号)に載ってる「特集 小三治と話そう」・・・DVDブック「落語研究会 柳家小三治大全(下)」の発売を記念して1月7日に行われた柳家小三治さんの記者インタビューに出てくる。

―――――― 抜粋 ――――― 今、扇橋が寝たきりで胃瘻をしている話になって、小三治さんが見舞いに行った時に、「おーい、扇橋。俺の言う事がわかるか?返事ができないのは分かるが、・・・声は出せないだろうけど、もし俺の声が聞こえたら目を2回パチパチやって見せてくれ」と言った。そうしたら二回やったという。・・・・・・そんな病状らしい。・・・(それが1月以前だから・・・ちなみに「胃瘻(いろう)」とは、口から食物が取れないので、お腹に穴をあけてそこから管で栄養等を体にいれること、だそうだ。以前の仕事場、福祉係で得た知識)

お二人が一緒に旅を回ってたころ。
「あいつはどうにもしょうがないやつで、人が風呂場で洗っていると、後ろから来て私の頭へ袋を乗せたりするんですよ。・・・・・そしてガハハハなんて言って喜んでいたりするんですよ。・・・・・
で、そのことを思い出してね、ちょっと袋を握ってやろうかと思って、それで前をまくって、手を突っ込んで、袋を持ったんですよ。そのうちあいつね、ぽーっと赤くなったんですよ。面白いでしょこの話。すごくうれしかったですね。」

これ読んで・・・・・金玉好きの私としては(金玉好きでなくても)いい話だと思いました。
人間国宝になるという・・・・・・柳家小三治さんと・・・・扇橋さんは、すでに寝たきりだけど・・・・子どもみたいな仲の良さ・・・・こういうの読んじまうと噺家さんは、生きてることも含めて出来上がった作品なのかもしれません。
(※ 今回は、有名な落語通の方のブログで、「東京かわら版」に載ってるというのを読んで、自分も読み返して書いたものです。自分が見てきた、読んで発見したみたいに書くとずるいので、一応お断りを・・・・その方に申し訳ない。)

伝助さんもお好きだと書いてた 九代目入船亭扇橋 私も追っかけて聞いたことは、なかったですが、寄席では何度も聞いて・・・・・こういう人が出る寄席は、楽しいですよね。・・「茶の湯」とか何度も聞いたなぁ・・・・最初は、なんで、頭が揺れてるんだろうと思ったけど・・・。
もう寄席で見ることは、ないんだろうなぁ・・・・
 
カレーにスイカに包子・・・無敵の献立・・・1学期最後の給食でした。1食の食材費260円?

2014年7月21日月曜日

「第49回みな好き会」と「もうどこにもない場所」と「牛乳屋のおじさん」の牛

小中学校は一学期も、終わり。給食も終了。
若干の時間休をもらって水戸駅まで、車を走らせスーパーひたちに飛び乗る。乗り換えて新宿駅まで、仕事疲れとムシムシする暑さ、ヘロヘロと歩く。
東口に出て歌舞伎町方面。西武新宿駅を左手にみながら、呼び込みのお兄さんたちをかわして、ガードレール脇に所帯道具をひろげて、しゃがみこんで何かしゃべってるホームレスのおばちゃんを踏まないように狭い歩道をヘロヘロと歩く。
じわじわ出る汗をタオルでごしごし拭きながら、目指すは、永谷ホールFuー、

あった、あった・・・でも、看板もポスターも、はっぴ着た呼び込みも誰もいない。スーツにネクタイのあんちやん達が、入り口隅でボーッと立つて、ボソボソ話してる。まるで秘密組織の闇カジノの入り口みたいだ・・・もちろん、本物は見たことも行ったこともないけど・・・
こんなときは、落語「うどん屋」では、ないけどこちらも小声になる。・・・「こんばんわ・・・みな好き会?・・・入っていい?」

あわてて、学生さんが演題が印刷されたちらしを持ってきて、どーぞ、と案内されるカーテンの奥。既に開口一番が、しゃべってる。見渡すと、5、60人も入ればいっぱいの会場にパイプ椅子、少ない客の中、最前列にやっぱり着なれていないスーツ姿の新入部員らしいかたまりが十数人、後ろに他大学の落研らしいのが、数人。最近のお馴染みの光景。残念ながらOBと思われる方々の姿はない。対外的な広報や、ツイッターでつぶやいたりもしないしどこのネットの掲示板にも、今日の会のことのせてないみたいだから、今日ここで第49回専修大学落語研究会の「みな好き会」があるなんて誰も知らないよな・・・・・・やっぱり秘密組織の会合か・・・・。



とりあえす、椅子に座って学生さんの落語に集中、集中・・・ーーん?これは?・・・・プログラムには、「饅頭怖い」とあるが、俺が知ってる饅頭怖いじやない、・・・っうか、落語じゃない。百歩ゆずって、何でも有りが落語だとしても、ここには、落語に対するリスペクトも、「みな好き会」に、来てもらった客を、楽しませたい、という思いも見受けられない。ただ、ふざけてるように見えた。なのに、落研部員は、何人か笑ってた。これの何がおかしいの?・・・・・・・この時点で、帰ろうかと思った。

・・・まてよ、ここは、俺達が、先輩から受け継ぎ、後輩達につないだ、あの「みな好き会」じゃあないんだよ。現役さんが、今の自分達の為だけに、やってるもんだ。OBのノスタルジーなんて、関係ない場所なんだな。そんなこと、わかってて来たんじやないか。・・・来ては、いけないところだったんだと、改めて気付く・・・・少し悲しくなる。・・・・・・・そんな場所・・・もうどこにもないんだ。

次に上がった子が、「たけのこ」という噺をはじめる。途中で噺を忘れる。いいんだ忘れても、一生懸命のおしゃべりなら・・・それも、見てる部員さん達はは、ヘラヘラと笑ってみてる。仲間のアクシデントじゃねえか、ちゃんと向き合えよ。他人の見ず知らずに、落語聞いてもらってるんだぜ・・・ヘラヘラすんなよ。優しい先輩は、怒らないのか?昔の俺たちなら諸注意の後、2時間正座だ。
・・・・・・・「たけのこ」という噺を聞いたことがなかった、小咄みたいな噺だった。

で、補導出演、桂小文治師匠・・・優しいね。俺だったら、ふざけんな!って帰っちまうよ。・・・・「自分も昔学生時代、みな好き会にでて、真打(とり)をとったことがあります。今回49回目、来年は50
回・・・」学生さんに、諭すようにはなす。お楽しみの演題は、「牛ほめ」伝助さんが、言ってた「牛乳屋さんのおじさんの牛をほめる」牛ほめで、ありました。嬉しくなりました。
次に上がった子が、松風亭にぼし君、学生落語の大会、てんしき杯の、決勝に残った子なんだわね。「宿屋仇」は、長い噺だ。最後まで、持たすパワーは、人前での大きな声でのお稽古で、養うしかないよね。彼は、今年もてんしき杯参加すんのかな、てんしき杯ってのがよくわからんが・・頑張って。

13人入部の10人・・残りの3人は体調不良?
仲入りで帰らなかったのは、疲れてたから、・・・恒例の一年生紹介の口上もあった、
学部学科と高座名の自己紹介して、今は、「だじゃれを言います。」らしいけど、いきなり立ち上がって、独りコントはじめるやつもいる。さっきだじゃれいいます。っていわなかったっけ?何でも有りでいいけれど、口上の形式は守った方がカッコいいと思うんだけどおふざけ上等の学生乗りは、みな好き会をセコくするだけだぜ・・・

男の子と女の子のコンビのコント、「いろもの」とめくりが出てたけど、コンビ名くらい出してあげてもいいのに・・女の子の独り言に男の子の天使と悪魔がからむ、そんなネタ。
で、もうひとりの補導出演、立川談修師匠、名前に専修大学の「修」の字もらってるくらいだから専大落研は、大事にしてくれるようだ、有難い。とは、言え、どっかの落語家さんの奥さんが評したように、歳とってんだか若いんだか、よくわからないお顔は、相変わらず若い。
前座時代の破門から一人だけ復活して、あの立川談志さんに認められて真打になったご苦労より、素直な若者に見えるのは、得なのか損なのか・・・・・・歳とって芸人さんの趣、とか、迫力がでてくると、いい感じになる人なのかな、演題は、「一眼国」昔、林家彦六さんの正蔵さんの聴いたっけか、こんな噺もやられるんだわね。談修インザ、ダークなのね。 まくらで「私も第30回のみな好き会のとりをとった」と話してた。それから19年・・・・・もう、40代になられるのね

で、とりは、松風亭男日和(ダンディー)さん「ねずみ」昨年度の代表さんだそうで、性格良さそうで、落語も丁寧だ。口跡は、よくないけど、独特のふらがいい。時間の関係なのか、ストーリーを地のしゃべりでコンパクトにまとめてるけど、丁寧な説明だから、聞いてる方にも、よくわかる。
枕で、就活の面接で、「挫折について」話を求められた女子大生が、「交通事故にあって骨折した話」をしていた、どう考えても挫折と骨折を間違えてる。という話を笑わせようとしないで、世間話みたいにはなししてたのが、真面目そうでおもしろかった。4年になると、もう就活は、終わってる頃なんだなあ。

たぶんこんなブログ現役学生さんは観ることもないだろうから、好き勝手言わせてもらえば・・・・
いくら、OBとは言え、プロの落語家さんを呼んでの一般の方も見られる「対外発表会」の「みな好き会」でしょう。せめて、このぐらいの会場の収容人員なら、いっぱいにして、気持ちよく落語やってもらいなよ。呼ぶのが失礼にならないように。学生なら友達も多いでしょう?家族・他大学の落研。広報・無料でも招待券配りとか頑張った方がいいぜ。
4年生や幹部真打なら「みな好き会」の進行や演目や開催に責任を持った方がいいぜ、噺の出来上がってない人には、集中的に稽古してもらって、もし本番までに仕上がらないならやっていいっていう許可出すな(今は、やっていいっていう許可など真打は出さないのかな?)
「みな好き会」がつまんない身内受けのイベントにならないように、発表会前には予行練習を本番同様の進行でやって、すべての演目の完成度あげとく。できれば、老人ホームとかの慰問なんかで、身内でない一般人の前で聞いてもらえる噺に仕上げる。俺たちは先輩にそう教わった。

わかってます。現在の落研は現役の部員さんのもので・・OBのいう事なんか聞く必要はない。
現役の学生さんが自分で考え・感じてやりたいようにやる。正しい「みな好き会」なんてない。

もう、4年ぐらいみな好き会見に来てるけど、来年は50回。
 できるなら6月に「本家みな好き会」と銘打って俺達の知ってる大好きだったみな好き会のやり方で、現役のみな好き会にぶつけて、やりたいぐらいなんだけど・歳とっちまった。そんなパワーねえや。・・見に来るのも、もういいかぁ・・・来年は・・・


2014年7月17日木曜日

「桂小文治十八番創りの会」と「小夏とちび小夏」と「幽霊の辻」


夏は怪談だ。
桂小文治師匠の「十八番創りの会」で「幽霊の辻」を聞く。
小佐田定雄さんが亡くなった桂枝雀に書いた新作落語・・・学生時代に初めて聞いたときは、こんな面白い落語を書く作家さんがいるんだなぁ、と驚いた。これと「雨乞い源兵衛」なんかほんとにおもしろかった。
堀越村まで手紙を頼まれた男が、幽霊の辻(ゆうれんのつじと読むべきでしょうね)を通るにあたり、峠の茶店でばあさんに道を尋ねると、途中にある「水子池」や「首なし地蔵」や「父(てて)おい橋」、「首くくりの松」といったポイントのいわれを頼んでもいないのに聞かされて、すっかりおじけずいたところで、提灯を持たされて、茶店のばあさんもいなくなる。
・・・・・この茶店のばあさんがいいんだ、夕暮れの山道、峠の茶店の先で夕日に向かって、ふたり手を合わせる・・・「今日も一日ありがとさんでございました。明日もまたよろしゅうお願いいたします。・・・ほら、あんたも、ボーっとしとらんで、一緒に拝みなせえ。」・・・・・夕暮れが迫ってくる、・・・・・この噺は、怪談だけど、怖がらせるだけの噺ではないですよ・・・・・というのが、このくだりで見える。

婆さんから聞かされる噺は陰惨で救いがない話だけど、不思議に不快ではない。ただ怖さだけがある。この、いわれを聞いて、おっかなびっくり走り出せば、下げに向って怒涛のエンディング・・・・・

でも、元が上方の落語を東京に持ってくるにあたり、柳家権太楼さんあたりが、下げを変えたようで・・・・・「お化け屋敷だった」下げ・・・・・に直したようで・・・・俺は、枝雀さんがやってた下げの方が「余韻」とか「怪談」として好きだけどなぁ・・・・好みなんだろうけど。(具体的内容はあえて、書かないよ。ネタバレになる)

そんで、会場で俺が4年の時の1年だった「夢三亭小夏」ちゃんとその娘さん「ちび小夏ちゃん」会う(ちびって言ったって、お母さんにそっくりな女子大生さんだけど)


後姿なら問題ねーでしょう。客もよく入ってる。いい感じです
 彼女が、勤めてる有料老人ホームさんのイベントで、年に1~2回小文治師匠をお呼びして寄席を開催していることの関係で、この会にも何度か来てるとのこと。落語に関わってるのが嬉しいな、何の予告もなくバッタリ会えたのが小文治師匠の会と言うのが嬉しいな。

彼女の芸名?高座名は当時、私がつけさせてもらった。あの頃つかこうへいさんの芝居追っかけてみてたからなぁ・・・・もちろん出所は「蒲田行進曲」の小夏からとった。根岸李衣さんがやってた。「ヤス」は、平田満さんではなく柄本明さんが、「銀ちゃん」は、加藤健一さんだったか、風間杜生さんだったか・・・・後に映画化されたけど、芝居の方は、舞台装置や衣装やら極力排除したシンプルな舞台の「階段落ち」・・・・・・面白かった。・・・・・いとしいほど大好きなのに、傷つけあわないとそれを確認できない、表現できない不器用な男と男・男と女・男と女と男・・・・・

二十歳前後の田舎から出てきた工業高校から文学部入ったあんちゃんには、そんな舞台がまぶしかった。・・・・まあ、そんなあんちゃんには、都会で観る芸能は、なんでもまぶしかったんでしょうけどね。

さて、そうやって命名した「小夏」ちょっと反省してます。蒲田行進曲の「小夏」は、生きていくのが不器用な、ひねくれたでもしたたかな、可愛い女として出てきます。
比べて夢三亭の小夏ちゃんは、昔から素直でまっすぐでした。そっくりな娘さんと、落語見ながら楽しそうです。すっかり、ひねくれた落研くずれの先輩にも、くったくなく、あいさつくれて話しかけてくれます。・・・・・わかんねえけど幸せというやつは、こうゆう人のためにあるんだろうなと思った大福先輩でありました。
・・・・・もちろん、小夏ちゃんの今の何を知ってるわけでもないんですけどね。

昔、「熱海殺人事件」を落語に直してやってみたいんですよね、と言ってた。落研の後輩「バキ」が、居酒屋をやめちゃったと、小夏ちゃんに聞きました。大丈夫か。頑張って生き延びろよ。大きなお世話だけどさ・・・・・そう大福、お前が頑張れ・・・・・・はい。

第44回桂小文治十八番創りの会
平成26年7月14日(月)内幸町ホール 午後7時開演

開口一番
   古今亭今いち・・・・・・初天神
      今輔師匠のお弟子さんらしい・・・・・今輔さんって言っても、この前座さんは新作やらないのね、オーソドックスな古典なのね。

   神田きらり・・・・・・・・「山内一豊の妻」
      講談界の宮里藍と言ってた。沖縄顔なんだわね。パンパン、パパパン・・・・いい調子で  聞いちゃいました。内容はへそくりで旦那の欲しがってた馬買っただけなんだけど。気持ちいい。

   桂小文治・・・・・・・・「青菜」
      植木屋のおかみさんを化け物みたいにデフォルメしたりはしない。ほどよく。
―――――― 仲入 ―――――――――
   
コント青年団・・・・・コントレオナルドのような・・・コントユートピアのような・・・・・長いよ!真打の小文治さん楽しみなのに・・・・エンディングがぐちゃぐちゃで、そでに下がった

   桂小文治・・・・・・・・「幽霊の辻」

2014年6月24日火曜日

太ったおっさん、二松学舎落研さんの「あおい寄席」にあらわる。・・・落語は、客を楽しませるもの・・・・落語「堀之内」

大学落研の一つ先輩の八海さんも言ってた。
「わしも・・(当時の落研部員の一人称は「わし」が多かった)・・初めてこの噺を聞いたときは、絶対頭のおかしな人の噺なんだと思ったぜ・・・どう考えても変だもんな・・・・」

 草履と下駄と片ちんばにはいて、足が短くなっちまった注射行って医者うってもらわねえとと嘆く。
 朝起きて、顔を洗おうとして箪笥を開ける。
 ざるで水をくもうとする。
 洗った顔を猫でふこうとする。
 堀之内に向おうとして両国に行く・・そのうち訳が分からなくなり・・・私の行くとこどこでしょう?と   道を聞く。
 ずいぶんと長い帯を拾おうとして・・電車の線路だと気づく。
 寺の境内で弁当をつかおうとして、自分が弁当だと思っていたものが、かみさんの腰巻に箱枕を包んだもので、それを首っ玉に結わえて東京中を歩き回ったことに気づく。
 風呂屋で自分の子のつもりで、上がったばかりの女の子を裸にする。
 湯船の中でケツをかいても感じねえ、と嘆きながら他人のケツをかく 
 ・・・・・ぼけ続ける男・・・

八海さんも持ちネタにしていた落語「堀之内」・・・・そそっかしい男が自分のそそっかしいのを直してもらおうと堀之内のお租師様にお参りにいく噺だ・・・・杉並区堀之内にある妙法寺、・・・山号寺号ってのがあったな・・・・・日圓山妙法寺・・・・・・・お祖師様・・ってえから、日蓮さんを祀ったお寺さんだ、日蓮宗は法華だからお題目は「何無妙法蓮華経・・・」となえるわけだ。・・・・落語「鰍沢」とか「甲府ぃ」とか身延山に総本山はあるんだろうけど・・・
私も、そそっかしいことこの上ないので、・・・こんなブログ始めちまう、そそっかしさだ。・・・そんでこのあいだちょっと行ってきた。

新宿からバスに乗った・・・・(噺の上では、神田あたりから出かけて道に迷い・・・・反対方向の両国経由で一遍自宅まで帰ってから・・・・・・もう一度堀之内まで・・・徒歩で。)

新宿駅西口の9番乗り場から都バス[91]で新代田駅行きに乗る(終点まで乗ってれば、にゃんにやんさんも露漫さんも、そして大福さんも昔住んでた、おっつと、風公君が今でもすんでる?新代田まで行く系統だ)・・・4月から消費税増税に伴いかな・・・都バス運賃23区内200円から210円に値上がり・・・・・青梅街道・・・・環状7号で・・・鍋屋横丁を過ぎれば・・・30分ぐらいで・・・・堀之内(妙法寺前)に着く・・・・環七渡って商店街を過ぎれば、山門前に出る・・・・ここを、かみさんの腰巻に箱枕包んだのを首っ玉に結わえつけた格好で中に入れば・・・・

りっぱな山門だ
 

本堂から中は撮影禁止





お賽銭・・お賽銭・・と、財布ごと放り込むと大変だ・・・おつりもらえません。

 昼飯にしよう、脇の方の休憩所みたいなところで
腰巻にくるんだ箱枕・・・もないので、お寺さんの隣の饅頭屋さんで買った名物だという「揚げ饅頭」を食べる。揚げたてはおいしい。

この噺は、たしか八海さんにダビングしてもらった三遊亭 円遊さんのテープで覚えた。立川談志さんが「べらべら・・べらべらしゃべる」と表現していたが、ほんとにべらべらといい感じでしゃべる。
だけど、こういう噺を不自然でなく聞かせてテンポよく笑わせられるってのがどれだけ難しいかは、聞いてるだけではわからない。自分でやってみると難しさがよくわかる。・・・・・橘家圓蔵さん・・当時の月の家円鏡さんのも面白かったっけ・・・

で、九段の靖国神社近くにある二松学舎大学の落語研究会の九段祭POPっていう文化系サークル中心の学園祭なのかな・・・その中で行われていた「あおい寄席」ってのを観てきた。浅草でやった専大・国学院・二松学舎の落研合同発表会「三文の会」でみてから気になってたのだ、

当日は雨っぷりで、お客さん少ないかなと思ったけど、小さな教室にいっぱいのお客さんが来ていた。・・・・・・・・この大学の落研は、ホームページで活動報告をしてくれるので、寄席や発表会に向けて準備や練習を重ねていく様子がわかる。・・・・・・だから、自分の子供ぐらいの年代のあんちゃんやおねえちゃん達に、がんばれよと応援したくなる。・・・っつうか、気分は、自分もまだ落研で落語にとっついてる気分なのだ。

先日、水戸で二松亭ちゃん平さんという社会人落語日本一の学校の先生の落語を聞いて・・・・この人の過ごしてきた二松学舎大学の落語研究会ってどんなふうなのか、気になって見に行ったんだけど・・・・・・後輩に一人ずつ先輩がつく徒弟制度とか先輩から受け継いだものを後輩につないでいく伝統みたいなものとか・・・後輩の距離感とか落語が好きな様子も見てとれて・・・サークルのまとまりがいいのが目について・・・・・・いい落研だなぁ・・・と思う。

落研は、落研で職業人としての落語家ではないけど、目指すものは同じ「客を楽しませたい」・・・・どうやったら喜んでもらえるか・・・・・まして、職業人でないからこそ、自分の好きな落語・・・この噺いいっすよね!・・・てのを、どうやったら伝えられるか・・震えるほど緊張しながら、一生懸命のおしゃべり・・・・行ってよかったです。盛りだくさんの冊子もいただいたし、シールやしおりのサービスも、子供だまし・・と思いながら、喜んじまった。あいにく、午前中しか見られず午後の部の顧問の教授の落語・・・「熊の皮」だったようだけど、聞きたかった。

二松学舎大学だからたぶん、落研の部員さんも教員になったりする人も多いんだろうけど、しゃれのわかる、義理も人情も人のいい加減さもわかる、いい先生になると思うぜ。・・・・仮にそんなもんにならなくてもいいお父さんや、お母さんになるんだろうなと・・・勝手に思った。

丁寧に作ってある。大の大人がシール付けてもらって喜んじまった。40号というところに歴史を感じる。

2014年6月18日水曜日

「抜け参りからぐれだして」・・「落語・・素晴らしきこの世界・・」と「あの頃の僕は・・バカすぎて」


空腹の方へのサービスです。子供に人気。チキンカレーとメロン・・先割れスプーンだ
 ほら、落語の「居残り佐平次」で最後の方で、開き直って自分の正体を話すときに
「ガキの頃から手癖が悪く、抜け参りからぐれだして・・・・碁打ちと言って寺々や・・・・」
って、白波五人男の”忠信利平”のセリフを気取って、すごむとこあるじゃないですか?・・・・
っていつも思うけど誰に対する疑問符?、誰に聞いてんだか

あの「抜け参り」 お蔭参りと言われる伊勢神宮参拝に行く集団にくっついて、勤め先・奉公先にも親にも言わず家出みたいな形の伊勢参りのことなんだそうで・・・・

私も、去年行ってきました。一人ものは、誰に相談することもないから、言ってみれば私もいわゆる「抜け参り」
昔なら江戸から片道15日かかったそうだけど・・・・今は、新幹線と近鉄、乗り継いであっという間に着く。
伊勢神宮も外宮と内宮と二か所あって、どっちか一方だけのお参りは、片参りって言って縁起が良くねえ、なんてことを言われたもんで、神社側の策略にまんまとはめられて一泊二日で両方をお参りした。



昔の実家の家にも、仏壇があって、その他に大神宮様のお宮も鎮座ましましてあったっけ。
幇間の久蔵さんじゃないから宝くじを入れといたことはなかったけど・・・だから、当たらないのか・・・でも、火事にはならない。
仏様と大神宮様って両方置いといていいのかな?と、昔不思議だったけど、仏様でも神様でもなんでも有難がって・・・・それは、それでいいや。

その、神様の親分、元締めみたいな伊勢神宮。昨年は遷宮の年にあたってたから、混んでた、混んでた。とりあえず、お札だけはいただいてきて・・・・・昔の抜け参りも、これを持って帰ればおとがめなしってことだったそうだから・・・・・行ったもん勝ち。・・・もちろん、それっきりになっちまった人も多かったんだろうけど・・・

大阪の方からの伊勢参りは、玉造から奈良街道、暗峠(くらがりとおげ)越えの伊勢参詣の旅として、上方落語「東の旅」になっている・・・・・「伊勢参宮神乃賑」(いせさんぐうかみのにぎわい)ってやつだ。

あの張り扇と小拍子ってやつでツ・パパパパ・パパンてゆう不思議なリズムをたたき出しながら”ようようとあがりましたわたくしが、初席、一番叟でございまして・と始まる「発端」。たぶん、俺が関西の生まれで関西の大学の落研に入ってたら、一番最初にこの口上部分覚えさせられたんだろうと推測、ただ、リズム感の悪い俺は、この張り扇と小拍子の叩き分けができるかどうか・・・続いて・・・
「奈良名所」・・・「野辺」(好きなフレーズなんです”その道中の陽~気なこと”。でも自分で言おうとすると語尾の関西弁のイントネーション・抑揚が難しいんだよね)
・・・「煮売屋」(地酒と言えば、村さめ、庭さめ、じきさめ、と醒めるの早~ぇ・・・そして”浅~いか深~いか?浅~いぞ、浅いぞ”!の「七度狐」・・・「軽業」~帰り道になる三十石船での船旅「三十石夢乃通路」と続くロードストーリー。伊勢神社参詣が大阪からでも片道5日かかった時代の噺なんだわね。

たぶんこの逆で、江戸落語?の方にも江戸から伊勢までの西へ向かう旅の噺も二人旅・三人旅とかあるんだろうけど行き先が箱根越えまでなのか、伊勢をめざしてるのか、その先、京都・大阪までの旅なのかよくわからん。
でも、たっぷり、どっぷり物語の世界に遊んでられる素晴らしきこの世界・・・落語はいいよね。

落研時代のメモを見る・・・・こんなの好きだったんだわね。・・・あの頃の僕は・・・

寿司屋「いらっしゃい!!」
客   「何でもいいからにぎってくれ」
寿司屋「ヘイ!」
客   「何をするんだ!」

子   「ママ。もう中学生になったからビキニ買ってよう」
母   「だめよ。・・・・・・ぼうや」

「おじさ~ん。パンツ頂戴・・・・丸首のね。」

木村先輩と飲んだとか、伝助さんと河原でしゃべった。って書いてある。ゆかたが欲しかったんだわね。初めてお手伝いしたOBの落語団体についての感想も、”先輩”って言葉によわいからなぁ・・・俺。

30年以上前の落研入部して2,3か月した頃のメモ・・先輩やOBから
教わったことは、なんでもメモしていた頃・・・漢字が少ない・誤字が多い
バカだった・・・


2014年6月4日水曜日

「あの唄は、もう唄わない」と「でかい」と落語「大仏餅」

去年もひとりで誰にも知れずに
一番うしろで見てました
あの唄もう一度聞きたくて・・
私のために作ってくれたと今も信じてるあの唄を・・・
・・・・・・・
あの唄はもう 唄わないのですか
私にとっては 思い出なのに

つきあってる女の方が口ずさんでおりました・・・「あの唄はもう唄わないのですか」
伊勢正三 作詞作曲の1975年ごろの曲、オリコン最高24位だそうであります。

シンガーソングライターの彼氏と別れたおねえちゃんが「あの・・思い出の曲は唄ってくれないの?
と、問いかける・・・甘いちゃあ、甘い歌であります。

その、お付き合いしてる女の方も街中で流れてる歌に・・・「あっ!イーグルスの「デスペラード、ならずもの」だ。・・・別れた旦那が好きだったっけ・・・・・椎名林檎もね・・・好きだったんだわ・・・・・などと思い出すことがあるようで・・・・音楽、歌は思い出と一緒に思い出したりすっからなぁ・・・・俺がいない時代の思い出には、勝てるわけがない。

俺たち落語を趣味として・・・日々、小噺なんぞを作ってるやからとしては、
「あの小噺は、もうやらないんですか?・・・・私のために作ってくれたと今も信じてる・・・あの小噺を・・・」ってえことになるわけで・・・・

「・・・・・・も~ぅ、交通事故が大変なんすから、ほんとに気を付けてくださいよ・・・・こないだも、そこの四つ角んところで・・・ボーンッとはねられた人がいたんだですけど・・・どこの誰だかわかんないんで・・・お尻、パッとめくってみたら、毛が6本生えてたから・・・・あーっ六本木(毛)の人か?・・・って住んでるとこは判ったんですけどね・・・・↓ こっちから →こっち、笑いが少ない・・・←こっち休め!」

この歌がはやったのが、1975年・・・この4年前、1971年の第5次落語研究会での事なんでしょう。落語「大仏餅」は、8代目桂文楽さんの最後の高座で「勉強しなおしてまいります・・・」の話で有名だけど・・・・こと桂文楽さんのことについては、いい加減なこと書くと伝助さんに怒られる・・・・

でも、そんな大事件が起こってた頃、俺は落語なんて聞いたこともなかった。それに、この「大仏餅」って噺そんなに面白い噺ではないでしょう?下げに向かって出来上がってる噺で、・・・・桂文楽さんに起こった事件がなかったら、そんなに有名にはならなかったでしょう?・・・・・・・・今回もう一度、「大仏餅」聞いてみた。・・・・・乞食(おこもさん)の、子供が、縄張り荒らしとして乱暴された盲目の父親の怪我の血止めの煙草の粉をもらいにくるところの・・・・「お願いでございまーす」のこの声のトーンは、ストーリーとは関係なく聞くものの琴線に触れるね。聞いただけで泣きそうになるのは・・・俺だけかな。
噺そのものは、大仏とは何の関係もないけど・・・・・牛久大仏を見てきた。前にお付き合いしてる人を誘ったら、絶対行かない。と断られた、でかすぎて恐いのだそうだ。なんとなくわかる気がする・・・・・
なので、一人でぶらぶらと・・・・・・・しかし、でかい。全長約120m・・・奈良の大仏が掌にのるサイズとのこと・・

「でかい」と言えば・・・一時、大学の落研技術顧問をお願いした今は亡き、三笑亭夢楽師匠は「夢楽の風流夜話」という著書があるくらい、その道のつわものという話を先輩から聞いた・・・・、「なに」がでかいといううわさもあり、落研の合宿にご参加いただいたおりには、その真偽を確かめるべく後輩の松竹亭松弥君に風呂の三助を命じて・・・・・師匠の背中を流して差し上げなさい。ついでに真偽を確かめてくるように!・・・・と命じたことは、覚えている。・・・・・しかし結果の記憶がない。・・・聞いてはいけない報告を聞いてしまったんだろうか?・・・はて、思い出せない。

さて、牛久大仏。ここは、元々、お墓・霊園だった敷地内に大仏を建立?したらしい。大仏の中にも入れて、エレベーターで胸のあたりまで登れてスリットから下をのぞくこともできる。さすがに目から鼻へ抜けることは出来ないらしい。エレベーターの3階あたりには,胎内仏の阿弥陀様がずらーっとおさめられてたし、納骨もできるんだそうだ・・・・・浄土真宗東本願寺派・・・・つっても、意味が分からんのでありがたみも判らん・・・。参道の手前のステージで、坊さんの講話があり、そのあとに「いばライガーショー」という戦隊ヒーローもののキャラクターショーをやっていた。ありがたい。もったいない。

でも、いろんな方々の思いや、埋葬されている方のご家族もいらっしゃる。
・・・・・・・・静かに手を合わせてきた。・・・・南無阿弥陀仏。

2014年5月27日火曜日

冷たい牛乳と「みっちゃん道々」と「そうだ村の村長」

残念ながら第2回目の三文の会には行けなかった。夢三亭六角君の「ガマの油」と関亭いん子さんの「青菜」観たかったなぁ・・浅草ことぶ季亭もOBの発表会見に行ってクールなひまつぶししたきれいなとこだし・・1回目見に行って”頑張って続けて”アンケート書いた手前・・・残念

「桂文治は、噺家で」っていうのが、どっからでた言葉なのかとおもって調べたら(まぁ、ネットでだけどさ・・・)

「江戸しりとり歌」  っつてのに出てくんのね。

 牡丹に唐獅子 竹に虎 虎をふんまえ 和藤内
内藤様は さがり藤 富士見西行 うしろ向き
むき身蛤 ばかはしら 柱は二階と 縁の下
下谷上野の 山かずら 桂文治は 噺家で
でんでん太鼓に 笙の笛 閻魔はお盆と お正月 
勝頼様は 武田菱 菱餅 三月 雛祭
祭 万燈 山車 屋台 鯛に鰹に 蛸 鮪
ロンドンは異国の 大港 登山駿河の お富士山
 三べんまわって 煙草にしょ 正直正太夫 伊勢のこと
琴に三味線 笛太鼓 太閤様は 関白じゃ
白蛇のでるのは 柳島 縞の財布に 五十両
五郎十郎 曽我兄弟 鏡台針箱 煙草盆
坊やはいいこだ ねんねしな 品川女郎衆は 十匁
十匁の鉄砲 二つ玉 玉屋は花火の 大元祖
宗匠のでるのは 芭蕉庵 あんかけ豆腐に 夜たかそば
相場のお金が どんちゃんちゃん ちゃんやおっかあ 四文おくれ
――― 略 ―――
みんな、こういうのを口ずさんで内容は、一般教養みたいな常識として知ってることだったんだろうね・・・・下谷上野の山かずら・・・と来るから、桂(かつら)で桂文治は噺家で、ってつながるのね・・・なるほど・・・いろんな有名なもんが唄い込められてるのね江戸の生まれ育ちだと、こういうの小さいころから口ずさんで腹に入ってるんだろうな、江戸っ子にゃあなれそうもない。

俺たちが口ずさんだのは、みっちゃん、道々・・・うんこたれて・・・紙がないので(以下、自主規制)・・だし・・・ソーダ―村のソーダ村長、ソーダ飲んで死んだそうだ・・葬式饅頭でっかいそうだ。だもんな・・

いろはに金平糖 金平糖は甘い
甘いはお砂糖 お砂糖は白い
白いはうさぎ うさぎははねる
はねるはかえる かえるは青い
青いはお化け お化けは消える
消えるは電気 電気は光る
光るはおやじの はげあたま

の、「はげあたま」ぐらいだもん

学生時代、落研の後輩だった夢三亭ぺこちゃんと仲良くさせていただいてた頃、文学部だった彼女が履修していた科目で高野文子の漫画「絶対安全カミソリ」が教材として取り上げられ、これを研究レポートする課題が出され、・・・・「どんなふうに取り組んだらいいかな」・・・レポートの制作について私のところにペコちゃんから相談が有り、始めてこの漫画を読んだ。

高野文子さんにも影響を与えたという
上田トシコさんのフイチンさん。
俺は、評論家ではないので評論は出来ないけど、面白かった。絵を眺めてるだけでもあきなかった。それぞれに独立した別個の短編がずらーっと並んで見応えがあった。こんな女性漫画家の本なんて、彼女から課題の下請けが出なければ、読むことなんてなかったろうな。
レポートも山東京伝の草双紙が基になってる「早道節用守」とか大学の図書館で調べてコピーし漫画の絵と比較したりして楽しいもんだった。


・・・・そうだ。彼女とは他にも一緒に何かを作り上げる作業を楽しんだっけ・・・・

落語も、演題は忘れたけど・・・途中の場面に歌を入れたい。何かないでしょうか?というリクエストにお応えして・・・・

こんなのあるぜ、桂枝雀さんが噺にいれてる・・・・真っ黒け節・・・
♪おじょうさん~ブランコぉ乗ぉりぃは、よいけれどぉ~上がったり下がったりする度にぃ~ちらりと見えますぅ・・・・真っ黒けのけ~♪・・・・・「こんなのどう?」

・・・「それは、却下!!します。とても歌えません!」・・・
んじゃ「♪ つ・め・た・い牛乳ぅ・・ごっくん・ごっくん飲ぉむぅ・・ぎゅうう~にゅうう!!♪」・・・・「何なんですか、その歌は?」・・・・「昔、竹中直人が歌ってたんだよ。何か耳に残ってたんだよ・・・ダメかな?」・・・「(真面目に)うーーん、それは・・・入れてみます」・・・・・(これは入れるんかい?)

その後、入れごとの歌が入ったその噺がどっかで発表されたかどうかは、・・・忘れてしまった。こんな、わけのわからん先輩と女子部員の後輩が仲良くいられたのが当時の落研で・・・彼女も今は、人妻・・・こんな歌うたってくれねえよな。

さて、ふざけたブログですが・・・・少し、ちゃんとして・・・・当時、落研の顧問?をしていただいた専修大学の畑有三名誉教授、文学部の教授だったけど・・名義だけだったかもしれないけど・・・落研の顧問としてお名前だけで、個人的には受講したことも、身近にお話する機会も持たなかったけど・・・・先月、亡くなられたようです。・・・・ご冥福をお祈りします。お疲れ様でした。