三連休ったてさ、独り者には、いつもの休日と変わらないわけで・・・
溜まったパンツ・シャツ・靴下、なんか洗濯して・・・ペットボトルのラベルはがして、キャップはずして、洗って、つぶして・・集積所に持ち込んで・・・なんてなことしてても一日は過ぎてしまう。
「探偵はBARにいる」・・・「サンクタム」・・・・「コクリコ坂から」・・・映画をはしごしても、・・・大泉洋が地下洞窟で、出口探して、上を向いて歩こう歌っているような・・訳のわからん状態で一日は過ぎてしまう。
どっか行こうと思い立って、・・・以前、伝助さんが感想を書いていらした「断髪のモダンガール」の森まゆみさんの「円朝ざんまい」のを拾い読みして真景累ヶ淵の舞台のひとつ・・・常総市の羽生にむかう。・・・以前は水海道市・・円朝が言うところの水街道・・・合併して常総市・・遠いなぁ。
ついに走行距離23万キロを突破したカローラに乗って・・・
このカローラ、つい先日、信号待ちで止まってる時に、おばちゃんの運転するワゴン車に後ろからドコーンとぶつけられて・・・・後ろのバンパーがベコッとへこんだけど・・・・道路脇に止めておばちゃんから電話とか連絡先聞いてるときに、ワゴン車の後部座席の2歳ぐらいの子どもの悲しそうな・・心細そうな男の子の顔が目に入ったので・・・「いいや・・こんなの内側からたたきゃあ直っちまう・・・・なんてこたぁないよ・・・子どもさんが泣きそうだ・・・もう、行っちゃって、行っちゃって・・・」(なんで、こんな言葉が出たのか・・・こんなこと言っちまう性格だから、嫁さん来ないのだ・・・関係ないか)
で、帰って内側からたたいて・・それなりに直ったけどさ・・・うしろのトランクは、開けるとガツン、ガツンしないと、閉まんないし・・・車体の全長が縮んでるんだよね・・2,3センチ・・・まあいいけど・・・
行く前に、三遊亭円生「真景累ヶ淵~勘蔵の死」を聞いて・・・ほんとは「~お久殺し」とか「~お累の婚礼」あたりを聞いておくといいんだろうけど・・・残念ながら音源持ってないので。
相変わらず、ナビとか持ってないし、生来の方向音痴で地図をぐるぐる回しながら遠くに筑波山・・・何とか常総市羽生町・・・鬼怒川沿いを走る・・・へこんだカローラで、・・・バックに流れるのは、往年のアイドル石野真子の「ジュリーがライバル」(これは、伝助さんが先輩の歌ん朝さんの大喜利ネタで書いてて、聞きたくなったわけで・・詳しくは松風亭日常を参照)
・・静かな田園地帯・・・川沿いは、竹やぶなど生い茂った・・・ちょっと不気味・・・・円朝さん言うところの「ボサッカ」・・茨城県の方言だと「ボサッコあるいは、ボサッ株」・・・こんなところで、落ちていた草刈鎌が、つまずいた拍子に、ひざにブス・ブスッ・・・とか、刺さるのは恐いな・・・
そうだ、目的地は、浄土宗法蔵寺・・・・近くに弘経寺(ぐぎょうじ)という徳川家康の孫の千姫の墓があるお寺さんがある。ここはりっぱなつくりのお寺だけど、ここはパスして・・・・法蔵寺へ。
弘経寺(ぐぎょうじ)に比べると見劣りがする、累ヶ淵の物語の舞台というには・・・・・
入り口で、境内を掃除してた檀家のおばちゃんかな・・自転車で帰るところとすれ違う・・・「こんにちは」・・声をかけて境内に入る。ひなびてはいるけど、掃き清められた庭の端に落葉が燃やされた跡・・・お線香のにおいがする・・・台風がくる前の強い風で雲が飛ばされて・・日が当たって木漏れ日が気持ちがいい。人っ子一人いないお寺の隅にひっそりと、累さんの墓があった。
300数十年前のこの地の悲しい事件が、しのばれる古びた墓石に手を合わせた。
正保四年(1647年)にこの地であった悲しい事件が原作の元になった鶴屋南北の「法懸松成田利剣」(けさかけまつなりたのりけん)の舞踏「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)が事件の後、130年後・・・その30年後に円朝が「真景累ヶ淵」を作ったとのこと・・・・事件そのものは、悲しい話。忘れてしまおう。
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2011年9月19日月曜日
2011年9月13日火曜日
夏の終わりの海・・鹿島神宮の要石(かなめいし)と一般教養・・・落語の
すっかり遅くなりましたが、伝助さん奥さん退院、良かったですね。
私、学生時代の専攻は、現代日本文学・・・・・世のため他人のためになる学問では、ないよな。
しかも、ほぼ毎日キャンパスには行ってたのに・・・部室までは、皆勤賞だったのに・・・講義には・・・出なかったな。
担当教授が、講義としてとりあげるから読んどいてね。と・・・たぶん当時の現代日本文学(1970年代~1980年代かな?)を勉強したいならこれぐらいは、基本として・・一般教養として押さえとけば、というのでリストアップされたのが、以下の16冊
「ソフィアの秋」(五木寛之)・・・・「死海のほとり」(遠藤周作)・・・・「生のさ中に」(小川国夫)
「夢の時間」(金井美恵子)・・・・「幽霊」(北杜夫)・・・・「暗い旅」(倉橋由美子)
「骨の肉」(河野多恵子)・・・・・「恋愛小説」(三枝和子)・・・「死の棘」(島尾敏雄)
「彼方の水音」(高橋たか子)・・・「生きものの集まる家」(津島佑子)・・・「死霊」(埴谷雄高)
「死の島」(福永武彦)・・・「円陣を組む女たち」(古井由吉)・・・豊饒の海四部作(三島由紀夫)
「甘い蜜の部屋」(森茉莉)
あの頃・・・落語にどっぷりだった頃・・・落研学生が、一般教養として聞いておくべき噺とすると・・・
桂文楽・・・・・・・・・「明烏」?・・・「富久」?とか・・・これは伝助さんにアドバイスもらわねば・・
古今亭志ん生・・・「火焔太鼓」
三遊亭円生・・・・・「鰍沢」
林家正蔵・・・・・・・「真景累が淵」
柳家小さん・・・・・「長屋の花見」
春風亭柳好・・・・「野ざらし」
三遊亭金馬・・・・「居酒屋」
金原亭馬生・・・・「笠碁」
古今亭志ん朝・・「愛宕山」
立川談志・・・・・・「芝浜」
三遊亭円楽・・・・「浜野矩随」
橘家円蔵・・・・・「猫と金魚」
柳家小三治・・・「百川」
桂米朝・・・・・・・「たちぎれ線香」
桂枝雀・・・・・・・「代書屋」
こんなもんだったかなぁ・・・・当たり前すぎたかな。・・色々御意見ございましょうが、思いつくまま・・
鹿島神宮に行って来た・・・ナマズの頭を押さえてる要石のおかげで地震がおさまっているという・・・あの要石に再度、地震もう起こさないでと頼んできた。
全国的にも有数のパワースポットだってえから、あの人の分のおみくじを買った。「大吉」・・・健康、病気はだんだん良くなるそうだ。神様だからうそはつかないよな。・・・・健康長寿のお守りと一緒にあの人へのお土産にした。しばらくは、病院検査が続くらしい。
ちなみに、見ず知らずの親子連れです。夏の終わりの鹿島灘の風景に溶け込んでました。
私、学生時代の専攻は、現代日本文学・・・・・世のため他人のためになる学問では、ないよな。
しかも、ほぼ毎日キャンパスには行ってたのに・・・部室までは、皆勤賞だったのに・・・講義には・・・出なかったな。
担当教授が、講義としてとりあげるから読んどいてね。と・・・たぶん当時の現代日本文学(1970年代~1980年代かな?)を勉強したいならこれぐらいは、基本として・・一般教養として押さえとけば、というのでリストアップされたのが、以下の16冊
「ソフィアの秋」(五木寛之)・・・・「死海のほとり」(遠藤周作)・・・・「生のさ中に」(小川国夫)
「夢の時間」(金井美恵子)・・・・「幽霊」(北杜夫)・・・・「暗い旅」(倉橋由美子)
「骨の肉」(河野多恵子)・・・・・「恋愛小説」(三枝和子)・・・「死の棘」(島尾敏雄)
「彼方の水音」(高橋たか子)・・・「生きものの集まる家」(津島佑子)・・・「死霊」(埴谷雄高)
「死の島」(福永武彦)・・・「円陣を組む女たち」(古井由吉)・・・豊饒の海四部作(三島由紀夫)
「甘い蜜の部屋」(森茉莉)
あの頃・・・落語にどっぷりだった頃・・・落研学生が、一般教養として聞いておくべき噺とすると・・・
桂文楽・・・・・・・・・「明烏」?・・・「富久」?とか・・・これは伝助さんにアドバイスもらわねば・・
古今亭志ん生・・・「火焔太鼓」
三遊亭円生・・・・・「鰍沢」
林家正蔵・・・・・・・「真景累が淵」
柳家小さん・・・・・「長屋の花見」
春風亭柳好・・・・「野ざらし」
三遊亭金馬・・・・「居酒屋」
金原亭馬生・・・・「笠碁」
古今亭志ん朝・・「愛宕山」
立川談志・・・・・・「芝浜」
三遊亭円楽・・・・「浜野矩随」
橘家円蔵・・・・・「猫と金魚」
柳家小三治・・・「百川」
桂米朝・・・・・・・「たちぎれ線香」
桂枝雀・・・・・・・「代書屋」
こんなもんだったかなぁ・・・・当たり前すぎたかな。・・色々御意見ございましょうが、思いつくまま・・
鹿島神宮に行って来た・・・ナマズの頭を押さえてる要石のおかげで地震がおさまっているという・・・あの要石に再度、地震もう起こさないでと頼んできた。
全国的にも有数のパワースポットだってえから、あの人の分のおみくじを買った。「大吉」・・・健康、病気はだんだん良くなるそうだ。神様だからうそはつかないよな。・・・・健康長寿のお守りと一緒にあの人へのお土産にした。しばらくは、病院検査が続くらしい。
ちなみに、見ず知らずの親子連れです。夏の終わりの鹿島灘の風景に溶け込んでました。
2011年8月21日日曜日
のようなもの・・・末広亭と・・・デカい女
ぶらーっと、新宿まで・・・小田急線沿線に住んでた頃は、新宿駅西口の交番前が集合、待ち合わせ場所だった。
あんまり、明確に憶えていないんだけど・・・落研時代に新宿サブナードで寄席を・・・いや・・・OBの先輩方の昔噺の会のお手伝いだったか・・・新宿センタービルでの他大学の落研さん集めてやってた大学落研狂演会?・・・もうぼろぼろの記憶力。
とにかく、その集合場所が新宿駅西口、交番前だったと記憶している。
で、思い出したのでぶらーっと新宿駅西口まで、地下街を歩いて、紀伊国屋書店へ、2階のミュージックTEITOへ・・・・昔からここで落語、演芸もののCDやDVDは買い込んでいた。・・・伝助さんお勧めの小文治師匠のDVD第3集は、残念ながらなし。・・・また今度。・・・でも9月から店舗が移転するらしい。行きにくくなるかなぁ。
紀伊国屋書店で、たっぷり本を探して・・・また、地下街に戻って・・・新宿3丁目まで、これまたぶらーっと末広亭に・・・・紀伊国屋で時間とりすぎて、帰りの時間が近い・・・今回は表から眺めて通るだけ・・・ひやかしか・・・茨城は遠い。・・・入場料2,700円本日は、昼・夜入れかえ無し・・・か。
昔は、よく通ったのになあ・・もう20年ぶりぐらい・・・卒業してから・・・東京出張で新宿泊まりの夜に深夜寄席に行ったのが最後かな。
そーだ、ここはあの「デカい女」・・・「ストーカーと呼ばないで」のオオタスセリさんがバイトしてたとこなんだ。脳溢血から復帰した先代の林家三平さんがお客の爆笑がとれなくなって高座から降りられなくなったあたりの現場をみてると・・・エッセイに書いてた。
オオタスセリさんが、まだペコちゃんでもない、劇団円の研究生だったころ新宿センタービルの落研のイベントの司会のアシスタント・・・バイトだったのかな?・・・で、お世話になった。新宿でおでん御馳走になったことが・・確かあった。
言葉が悪かったらごめんなさいだけど・・・新劇くずれの・・・・勘違いかも知れないけどジタバタしてたあの頃を少し知ってる・・・・今、面白いもんな。歌。
帰って、夜、久しぶりにDVDで映画「の・ようなもの」1981年森田芳光監督作品を観る。
二つ目の落語家さんのお話。・・・・・落語は、ひどいけど・・
エンディングの宴会終えん後のひと気の無くなっていくビアホールの・・夜景が好きだ。
あの頃、なんにでもなれる気がしてたけど・・・何にもなれていないこともわかってた。
俺は、あれから・・・・の・ようなものではない・・何かになったのだろうか。
あんまり、明確に憶えていないんだけど・・・落研時代に新宿サブナードで寄席を・・・いや・・・OBの先輩方の昔噺の会のお手伝いだったか・・・新宿センタービルでの他大学の落研さん集めてやってた大学落研狂演会?・・・もうぼろぼろの記憶力。
とにかく、その集合場所が新宿駅西口、交番前だったと記憶している。
で、思い出したのでぶらーっと新宿駅西口まで、地下街を歩いて、紀伊国屋書店へ、2階のミュージックTEITOへ・・・・昔からここで落語、演芸もののCDやDVDは買い込んでいた。・・・伝助さんお勧めの小文治師匠のDVD第3集は、残念ながらなし。・・・また今度。・・・でも9月から店舗が移転するらしい。行きにくくなるかなぁ。
紀伊国屋書店で、たっぷり本を探して・・・また、地下街に戻って・・・新宿3丁目まで、これまたぶらーっと末広亭に・・・・紀伊国屋で時間とりすぎて、帰りの時間が近い・・・今回は表から眺めて通るだけ・・・ひやかしか・・・茨城は遠い。・・・入場料2,700円本日は、昼・夜入れかえ無し・・・か。
昔は、よく通ったのになあ・・もう20年ぶりぐらい・・・卒業してから・・・東京出張で新宿泊まりの夜に深夜寄席に行ったのが最後かな。
そーだ、ここはあの「デカい女」・・・「ストーカーと呼ばないで」のオオタスセリさんがバイトしてたとこなんだ。脳溢血から復帰した先代の林家三平さんがお客の爆笑がとれなくなって高座から降りられなくなったあたりの現場をみてると・・・エッセイに書いてた。
オオタスセリさんが、まだペコちゃんでもない、劇団円の研究生だったころ新宿センタービルの落研のイベントの司会のアシスタント・・・バイトだったのかな?・・・で、お世話になった。新宿でおでん御馳走になったことが・・確かあった。
言葉が悪かったらごめんなさいだけど・・・新劇くずれの・・・・勘違いかも知れないけどジタバタしてたあの頃を少し知ってる・・・・今、面白いもんな。歌。
帰って、夜、久しぶりにDVDで映画「の・ようなもの」1981年森田芳光監督作品を観る。
二つ目の落語家さんのお話。・・・・・落語は、ひどいけど・・
エンディングの宴会終えん後のひと気の無くなっていくビアホールの・・夜景が好きだ。
あの頃、なんにでもなれる気がしてたけど・・・何にもなれていないこともわかってた。
俺は、あれから・・・・の・ようなものではない・・何かになったのだろうか。
2011年8月10日水曜日
風車の弥七と楓さんと三平さんと・・・・きんたま・・すいません
今年も黄門祭りが水戸であった。
暑かった・・
それを目的に祭りを見に行ったわけではないけれど・・
風車の弥七の内藤剛志さんと楓の雛形あきこさん、八兵衛の林家三平さんがパレードに参加してた。見るとはなしに見たが・・・TBSテレビの放送が今シリーズで終わるのは、由美かおるさんの入浴シーンが無くなったからなのか・・・・頑張れ雛形・・・風呂だ。
うちの町が水戸市の隣町なので、昔、なぞかけをやれと言われた時に、
「うちの町とかけまして”きんたま”ととく・・・その、こころは・・・肛門(黄門)のとなりです。」
と、やって、ドン引きされたことがある。・・・・・頑張れ肛門!もとい黄門!
暑かった・・
それを目的に祭りを見に行ったわけではないけれど・・
風車の弥七の内藤剛志さんと楓の雛形あきこさん、八兵衛の林家三平さんがパレードに参加してた。見るとはなしに見たが・・・TBSテレビの放送が今シリーズで終わるのは、由美かおるさんの入浴シーンが無くなったからなのか・・・・頑張れ雛形・・・風呂だ。
うちの町が水戸市の隣町なので、昔、なぞかけをやれと言われた時に、
「うちの町とかけまして”きんたま”ととく・・・その、こころは・・・肛門(黄門)のとなりです。」
と、やって、ドン引きされたことがある。・・・・・頑張れ肛門!もとい黄門!
2011年8月9日火曜日
倉敷に行ってきた。
俺も彼女も、年齢的には人生の折り返し地点をまわった。
車で言えば中古車だから、色んなところにガタが来る・・・・それを、だまし・・微調整しながら・・・何とかやり過ごして来た。
彼女は、病気だと告げた。
漢字だけで12文字もある・・・ややこしい病名だ。
今は、こんなに元気なのに・・・先が見えない。
ドドッ・・ドッドド。 ドドッ・・ドッドド。ターミネーターのテーマを出囃子がわりに口ずさみながら、やってくる。やっと、思い出した名前・・・カウパー!カウパー!・・キャッキャとはしゃぐこの人が・・・
苦労させられた旦那さんと別れ・・・頑張って育てた子どもさんも、成人し・・・・これから自分の幸せを・・・やっと・・やっと自分の幸せだけを考えられるようになったのに・・・
体が元気なうちに・・・ずーっと元気かもしれんけど・・・もちろん、それを望んでいるけれど・・・
彼女を色んなところに連れて行くことにした。色んな景色を一緒に観て貰うことに・・・勝手に決めた。
新幹線の窓越しに富士山を探して、子どもみたいに喜ぶこの人を・・
「来年も、どっか連れてくるからな・・・」という俺に
「来年、私、生きてるかな・・・」ボソッと言う・・・
俺よりも先にいったりしたら・・・
顔にバカボンのほっぺたのグリグリ・・書いてやる。
ついでに、バカボンのパパの鼻毛も書いてやる。
眉毛には、渥美清のホクロかいて・・・真ん中つないでやるからな。
だから・・だから、いやだったら・・俺よりずーっと長生きしてくれよな。
俺が先だったら、レディー・ガガ・・みたいに、つぶったまぶたに目玉を書いてもいいからさ・・・
岡山県・・備前の国・・・備前と言えば・・・・長船・・則光
加賀屋佐吉さんが取り次いだ・・・・道具七品のうちのひとつ
落語「金明竹」・・・・今回の旅で落語がらみで思いついたのは、これだけかな・・・
俺が、まず元気にならないと・・
車で言えば中古車だから、色んなところにガタが来る・・・・それを、だまし・・微調整しながら・・・何とかやり過ごして来た。
彼女は、病気だと告げた。
漢字だけで12文字もある・・・ややこしい病名だ。
今は、こんなに元気なのに・・・先が見えない。
ドドッ・・ドッドド。 ドドッ・・ドッドド。ターミネーターのテーマを出囃子がわりに口ずさみながら、やってくる。やっと、思い出した名前・・・カウパー!カウパー!・・キャッキャとはしゃぐこの人が・・・
苦労させられた旦那さんと別れ・・・頑張って育てた子どもさんも、成人し・・・・これから自分の幸せを・・・やっと・・やっと自分の幸せだけを考えられるようになったのに・・・
体が元気なうちに・・・ずーっと元気かもしれんけど・・・もちろん、それを望んでいるけれど・・・
彼女を色んなところに連れて行くことにした。色んな景色を一緒に観て貰うことに・・・勝手に決めた。
新幹線の窓越しに富士山を探して、子どもみたいに喜ぶこの人を・・
「来年も、どっか連れてくるからな・・・」という俺に
「来年、私、生きてるかな・・・」ボソッと言う・・・
俺よりも先にいったりしたら・・・
顔にバカボンのほっぺたのグリグリ・・書いてやる。
ついでに、バカボンのパパの鼻毛も書いてやる。
眉毛には、渥美清のホクロかいて・・・真ん中つないでやるからな。
だから・・だから、いやだったら・・俺よりずーっと長生きしてくれよな。
俺が先だったら、レディー・ガガ・・みたいに、つぶったまぶたに目玉を書いてもいいからさ・・・
岡山県・・備前の国・・・備前と言えば・・・・長船・・則光
加賀屋佐吉さんが取り次いだ・・・・道具七品のうちのひとつ
落語「金明竹」・・・・今回の旅で落語がらみで思いついたのは、これだけかな・・・
俺が、まず元気にならないと・・
2011年7月11日月曜日
開演10分前・・・客3人・・大丈夫か?・・7月の「みな好き会」
7月8日・・夕刻の上野は暑かった。
専修大学落語研究会の「みな好き会」も第46回だそうだ・・・代表さんのあいさつ文が第46代代表の斉藤さんとなっているから、毎年欠けることなく開催されてきたってことか・・・
俺達の現役の頃が、たぶん・・・16回とか17回とかだから・・・だいぶ・・時間がたったもんだ。
上野広小路亭が40~50人も入れば満席になるところだから・・・アットホームな雰囲気で・・じっくり落語を・・・客の顔が見えるところで・・・・ったって開演寸前にこの人数・・・スリルとサスペンス緊張感・・・ほんとにやるんだよね?の不安ももろともせず・・・スーツ姿の部員さんも客席にまわって席もそれなりに埋まってきて・・開演。・・・・そうそうこんな感じ・・・俺達の現役の頃だってこんな緊張感・・・だったのかも知れない。
今は、看板も特に出てないし・・呼び込みもなし・・・俺達の頃は本牧亭で発表会の時は、上野署に事前に道路の使用許可とりにいって・・・発表会のチラシ配りながら呼び込みしたもんだったけど・・・今は、許可、厳しくなってるのかな・・・呼び込んで入れるほど客席多くないしな・・・
開演前の通路で・・・部員らしい女の子が携帯で話してた・・・
「・・・・・んーーん・・今日は上野で落語・・・サークルの発表会なの・・・それは・・8時頃には終わるんだけど・・・その後、バイト入ってんの・・・・朝まで・・・・ねぇー・・」
学生さんも大変だ。
仲入り には、恒例の新入部員紹介もやってた・・・なつかしい自己紹介・・俺達もここから始まったっけ。
文学部歴史学科1年(今はこんな学科あるんだなぁ・・)松本留五郎です。(仮にね)・・高座名は・・(俺らの頃は「芸名は」・・って言ってたけど、今は「高座名は」でやってた。)夢三亭大福です。(これも仮にね)・・・・・・・昔は、ここで一分線香即席噺入れてた・・・「雷は怖いねぇ・・なる(鳴る)ほど」とか「隣の空き地に囲いが出来たってねぇ・・・へぇ(塀)ー」とか「風呂屋に飛行機がおっこったぞ!・・・そりゃ戦闘(銭湯)機だ」・・・ってやつ。俺が1年の時に作ったのは「おぃ。このインスタントコーヒー中身が入ってないぞ!・・・・・ねぇすか?ふぇ?(ネスカフェ・・・違いのわかる男)」
よろしくお願いします。と頭を下げて・・次の新入部員に交代。
今の子のは、ここに小噺を入れるんで長いぞ・・・・「川崎市役所行って、市民課はどこですか?って聞いたら・・・課は、先です。(川崎です)」なんてえのはかわいいもんで・・・「外国人留学生に10回クイズやった」なんてのをしゃべってた「ピザって10回言って!ピッッザ、ピッッザ、ピッッザ・・・・・・ピッッザ」・・・(ひじを指差して)じゃあここは?・・・・・・「エルボー!」
大丈夫かぁー?・・・受ける受けないじゃねえよな。・・・嬉しそうな顔してしゃべってたもんな。楽しめ、楽しめ・・・楽しい時間は短いぞぉ・・・・落語もいいもんだぜ。頑張って楽しみなよね。
暑いのを気遣って・・・仲入りで、お茶のサービスがあった。部員の女の子にペットボトルから紙コップに冷たいお茶を入れて貰った。おっさんには、こんなサービスもありがたい。おいしかったです。ありがとう。
昔の、俺の大好きな落研の空気を少ーしだけ思い出させてもらいました。
重ねてありがとね。楽しかったです。
第46回 みな好き会
日時:平成23年7月8日(金) 午後6時開演
場所:お江戸上野広小路亭
饅頭恐い 松風亭 不死人
福は内 夢三亭 非常
強情灸 桂 小文治
だくだく 夢三亭 呟人
―――――― 仲入り ――――――
新入生紹介
六尺棒 立川 談修
いろもの 漫才
死神 夢三亭 河童
写真の後頭部は、初代の風柳 先輩でしょうか・・・御挨拶もせずすいません。
専修大学落語研究会の「みな好き会」も第46回だそうだ・・・代表さんのあいさつ文が第46代代表の斉藤さんとなっているから、毎年欠けることなく開催されてきたってことか・・・
俺達の現役の頃が、たぶん・・・16回とか17回とかだから・・・だいぶ・・時間がたったもんだ。
上野広小路亭が40~50人も入れば満席になるところだから・・・アットホームな雰囲気で・・じっくり落語を・・・客の顔が見えるところで・・・・ったって開演寸前にこの人数・・・スリルとサスペンス緊張感・・・ほんとにやるんだよね?の不安ももろともせず・・・スーツ姿の部員さんも客席にまわって席もそれなりに埋まってきて・・開演。・・・・そうそうこんな感じ・・・俺達の現役の頃だってこんな緊張感・・・だったのかも知れない。
今は、看板も特に出てないし・・呼び込みもなし・・・俺達の頃は本牧亭で発表会の時は、上野署に事前に道路の使用許可とりにいって・・・発表会のチラシ配りながら呼び込みしたもんだったけど・・・今は、許可、厳しくなってるのかな・・・呼び込んで入れるほど客席多くないしな・・・
開演前の通路で・・・部員らしい女の子が携帯で話してた・・・
「・・・・・んーーん・・今日は上野で落語・・・サークルの発表会なの・・・それは・・8時頃には終わるんだけど・・・その後、バイト入ってんの・・・・朝まで・・・・ねぇー・・」
学生さんも大変だ。
仲入り には、恒例の新入部員紹介もやってた・・・なつかしい自己紹介・・俺達もここから始まったっけ。
文学部歴史学科1年(今はこんな学科あるんだなぁ・・)松本留五郎です。(仮にね)・・高座名は・・(俺らの頃は「芸名は」・・って言ってたけど、今は「高座名は」でやってた。)夢三亭大福です。(これも仮にね)・・・・・・・昔は、ここで一分線香即席噺入れてた・・・「雷は怖いねぇ・・なる(鳴る)ほど」とか「隣の空き地に囲いが出来たってねぇ・・・へぇ(塀)ー」とか「風呂屋に飛行機がおっこったぞ!・・・そりゃ戦闘(銭湯)機だ」・・・ってやつ。俺が1年の時に作ったのは「おぃ。このインスタントコーヒー中身が入ってないぞ!・・・・・ねぇすか?ふぇ?(ネスカフェ・・・違いのわかる男)」
よろしくお願いします。と頭を下げて・・次の新入部員に交代。
今の子のは、ここに小噺を入れるんで長いぞ・・・・「川崎市役所行って、市民課はどこですか?って聞いたら・・・課は、先です。(川崎です)」なんてえのはかわいいもんで・・・「外国人留学生に10回クイズやった」なんてのをしゃべってた「ピザって10回言って!ピッッザ、ピッッザ、ピッッザ・・・・・・ピッッザ」・・・(ひじを指差して)じゃあここは?・・・・・・「エルボー!」
大丈夫かぁー?・・・受ける受けないじゃねえよな。・・・嬉しそうな顔してしゃべってたもんな。楽しめ、楽しめ・・・楽しい時間は短いぞぉ・・・・落語もいいもんだぜ。頑張って楽しみなよね。
暑いのを気遣って・・・仲入りで、お茶のサービスがあった。部員の女の子にペットボトルから紙コップに冷たいお茶を入れて貰った。おっさんには、こんなサービスもありがたい。おいしかったです。ありがとう。
昔の、俺の大好きな落研の空気を少ーしだけ思い出させてもらいました。
重ねてありがとね。楽しかったです。
第46回 みな好き会
日時:平成23年7月8日(金) 午後6時開演
場所:お江戸上野広小路亭
饅頭恐い 松風亭 不死人
福は内 夢三亭 非常
強情灸 桂 小文治
だくだく 夢三亭 呟人
―――――― 仲入り ――――――
新入生紹介
六尺棒 立川 談修
いろもの 漫才
死神 夢三亭 河童
写真の後頭部は、初代の風柳 先輩でしょうか・・・御挨拶もせずすいません。
2011年6月27日月曜日
スローバラードと宮戸川・・・ついでにグレイ
ビンボーな学生・・・ビンボーなプー太郎だった俺達のデートは、彼女のアパートの近くをブラブラ歩くことだったり・・・丸なんとか言う商社の社員寮の屋上に忍び込んで夕日をながめたりすることだった。
確か・・俺達の落研のころは、大学3年の代が主催して3年生の誰かの地元で「3年の会」と銘打って落語の発表会を開いた。俺が1年のときは、3年生が2人しかいなかったので、無かったけど・・・2年の時は、茨城で・・・自分らが3年になって群馬県・・・4年のときは埼玉・・
その3年の時の群馬からの帰り道・・・・同期の部員の女の子の実家が群馬だったので・・・3,4人で帰りに寄って休ませてもらった・・・焼き饅頭?御馳走になり・・・当時、その部員の子とつきあっていたあいつは・・・(あえて匿名)・・・彼女の御家族に恐縮して緊張していたのが笑えた・・・そして日当たりのいい部屋で・・・昼寝をさせてもらった。気持ち良く、気持ちよく・・眠れた。
夕方、俺はつきあっていたあの娘と、群馬から生田のアパートに戻った。
取り留めの無い話をして・・・彼女は・・・泊まっていくことになった・・・
さて、落語「宮戸川」・・・将棋で遅くなって親父に締め出しを食った、せがれの半七と・・・隣の船宿の娘のお花も締め出しを・・こちらは食べ、・・・・とにかく霊岸島のおじさんの所に泊めてもらおうと急ぐ半七にお花がくっついていって・・・(お花が、頼りのおばさんは、熊本で・・・訪ねていくには遠すぎらい!)・・・夜中に訪ねてきた半七の後ろにお花を見つけた霊岸島のおじさんは・・・飲み込みの早~いおじさんは・・・二人を二階の一間に上げて寝かせてしまう、布団は一組、はしごまではずして・・・・・・恥ずかしがって・・・背中合わせに寝ていた二人を・・・・引っ付けたのは雷だ。・・・ぴかっ!と光って・・・・カリカリカリ・・・とくれば・・・そりゃーどうしたって引っ付くだろう。
あの娘は、俺のトレーナーとジャージを寝間着代わりにして布団に入り・・・背中合わせに話をしながら・・・・夜は更けていったんだ・・・話が途切れて・・・寝たのかなと思った・・・彼女が寝返りをうった・・・俺もそっちを向いて・・・・「どうした?」・・・・「なんでも・・・ない」
・・・・・・それから、どうなったかなんて、30年も前のこと・・・思い出の中の本なんてボロボロで読めやしない・・・・
でも、あの娘の寝言を聞いた・・・気がした。確かに聞いたんだ。・・・枕元でRcサクセションの「スローバラード」が流れてた・・・・
伝助さん、私もRcサクセション大好きでした。・・・・風公君に言わせると、あれは、ローリングストーンズのミック・ジャガーの真似じゃねえか・・・とのことでありますが・・・確かにそうですが、ミック・ジャガー日本人じゃねえし・・・好きなもんは、好きでしょうがない。
子別れ・・のとこで書いた件。わかりづらい文章を御理解いただきありがとうございます。
励ましまでいただいて・・・恐縮です。自分でも誠実にやってれば幸せに出来ると思ってますが・・・一筋縄では行かないです。・・・・俺のことなんかほったらかしても、娘と仙台だの横浜アリーナだのの「グレイ」のコンサートツアーに行ったりしております。・・・私と同い年なんですけどね。・・・・・私には、グレイの曲もわかりません。カップヌードルの替え歌のやつしか知りません。・・・・どうなりますことやら・・・・
宮戸川・・・・噺の途中で下げが、来るので全編を通して聞かないと、私には演題の意味がわかりません。後半は、暗い噺になるようで・・・・柳家喬太郎さんが、やってたなんて話も聞きますが・・・面白いんでしょうか。
確か・・俺達の落研のころは、大学3年の代が主催して3年生の誰かの地元で「3年の会」と銘打って落語の発表会を開いた。俺が1年のときは、3年生が2人しかいなかったので、無かったけど・・・2年の時は、茨城で・・・自分らが3年になって群馬県・・・4年のときは埼玉・・
その3年の時の群馬からの帰り道・・・・同期の部員の女の子の実家が群馬だったので・・・3,4人で帰りに寄って休ませてもらった・・・焼き饅頭?御馳走になり・・・当時、その部員の子とつきあっていたあいつは・・・(あえて匿名)・・・彼女の御家族に恐縮して緊張していたのが笑えた・・・そして日当たりのいい部屋で・・・昼寝をさせてもらった。気持ち良く、気持ちよく・・眠れた。
夕方、俺はつきあっていたあの娘と、群馬から生田のアパートに戻った。
取り留めの無い話をして・・・彼女は・・・泊まっていくことになった・・・
さて、落語「宮戸川」・・・将棋で遅くなって親父に締め出しを食った、せがれの半七と・・・隣の船宿の娘のお花も締め出しを・・こちらは食べ、・・・・とにかく霊岸島のおじさんの所に泊めてもらおうと急ぐ半七にお花がくっついていって・・・(お花が、頼りのおばさんは、熊本で・・・訪ねていくには遠すぎらい!)・・・夜中に訪ねてきた半七の後ろにお花を見つけた霊岸島のおじさんは・・・飲み込みの早~いおじさんは・・・二人を二階の一間に上げて寝かせてしまう、布団は一組、はしごまではずして・・・・・・恥ずかしがって・・・背中合わせに寝ていた二人を・・・・引っ付けたのは雷だ。・・・ぴかっ!と光って・・・・カリカリカリ・・・とくれば・・・そりゃーどうしたって引っ付くだろう。
あの娘は、俺のトレーナーとジャージを寝間着代わりにして布団に入り・・・背中合わせに話をしながら・・・・夜は更けていったんだ・・・話が途切れて・・・寝たのかなと思った・・・彼女が寝返りをうった・・・俺もそっちを向いて・・・・「どうした?」・・・・「なんでも・・・ない」
・・・・・・それから、どうなったかなんて、30年も前のこと・・・思い出の中の本なんてボロボロで読めやしない・・・・
でも、あの娘の寝言を聞いた・・・気がした。確かに聞いたんだ。・・・枕元でRcサクセションの「スローバラード」が流れてた・・・・
伝助さん、私もRcサクセション大好きでした。・・・・風公君に言わせると、あれは、ローリングストーンズのミック・ジャガーの真似じゃねえか・・・とのことでありますが・・・確かにそうですが、ミック・ジャガー日本人じゃねえし・・・好きなもんは、好きでしょうがない。
子別れ・・のとこで書いた件。わかりづらい文章を御理解いただきありがとうございます。
励ましまでいただいて・・・恐縮です。自分でも誠実にやってれば幸せに出来ると思ってますが・・・一筋縄では行かないです。・・・・俺のことなんかほったらかしても、娘と仙台だの横浜アリーナだのの「グレイ」のコンサートツアーに行ったりしております。・・・私と同い年なんですけどね。・・・・・私には、グレイの曲もわかりません。カップヌードルの替え歌のやつしか知りません。・・・・どうなりますことやら・・・・
宮戸川・・・・噺の途中で下げが、来るので全編を通して聞かないと、私には演題の意味がわかりません。後半は、暗い噺になるようで・・・・柳家喬太郎さんが、やってたなんて話も聞きますが・・・面白いんでしょうか。
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