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2015年6月4日木曜日

「銀座カンカン娘と志ん生」と「潮来花嫁さん」と「猫娘のふるさと」

「銀座カンカン娘」という映画をDVDで見る。
若き日の古今亭志ん生が落語をやってるシーンがあるというのを聞いていたのでみたかったのだ。・・・・・・・・1949年の映画。高峰秀子さん主演で笠置シズ子さんが共演。
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古今亭志ん生が「疝気の虫」でそばを食べるあたりとエンディングに向けて「替り目」をやってる。若かりし頃の志ん生は、ちょっと、気難しそうな顔をしている。俺には、晩年の愛嬌のあるおじいさん顔に比べるとちょっと取っつきにくい顔だ。五代目志ん生の生まれが明治23年、1890年の生まれだそうだから59歳ごろ。満洲から帰ってきたのが1947年とすると、その2年後ぐらい・・・

志ん生が茶の間でやる「替り目」のエンディングが映画のエンディングにかさなる。けど特に、ストーリーにからんだ落語ではないし、ストーリーそのものがたわいない話がポワーンと進行するそんな映画だった。・・・・高峰秀子の可愛らしさを楽しめばいいのだろう。そして、今となっては、貴重な動く志ん生を楽しめば、・・・・「疝気の虫」でそばを食べるシーンとかこんな感じなんだな・・・・映画の題名で挿入歌の2番の歌詞がカルピス飲ん~で、カンカン娘~ぇ・・・・・カルピスがモダンな飲み物だった時代の映画なんだわね・・・
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恒例の潮来あやめ祭り・・・最初の週の日曜日だったから、あやめ満開には、あともう少し・・・途中の道も震災後の改修工事完成まで、もうすこし・・・・・
あやめ

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そして、お付き合いしてる女性の長男さん・・・・・呼んでいただいた結婚式で新郎の母のボーイフレンドと言えず落語「付き馬」の”おじさん”・・・・おばさんじゃないんだから”おじさん”でいいのだ・・・として紹介をうけた・・・・あの、長男さんに子供ができた・・・・正しくは、長男の嫁が子供を産んだのだけど・・・・・・おつき合いしている人(おばあちゃんになるのか・・)を、孫のいる秋田までお連れした・・・
退院した嫁が実家に戻る前の、数日を横手市のアパートで過ごすので、長男夫婦が心細いから居て欲しいということで・・・・横手駅に迎えに来た長男に出産祝いを渡して、彼女を引き渡したら・・・
帰るまでの二日間、私は、単独ホテルで過ごすことになる。・・・・孫みたいな子?には、会わない。・・・・俺は、「おじさん」、ほんとのおじいちゃんは、たぶんどっかにいる。・・・俺は彼女の付き馬みたいなもんだから・・・・・でも、写真で見せてもらった赤ちゃんは表情豊かな、可愛い女の子だった。元気に育ってくれ・・・「おじさん」は、心から願う。
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次の日、秋田は今年の「東北六魂祭」の開場ということで、横手から秋田市へ向かう奥羽本線は混んでいた。俺は逆方向の湯沢に向かう・・・・・・湯沢駅は改修中で小さな駅舎と大きなクレーンがそびえていた。駅で聞いて羽後交通の路線バスに乗る・・・・・羽後町へ。
雪をかぶった鳥海山
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進行方向の車窓に見える・・・・・遠くに雪をかぶった山が見える・・・・5月の終わりに雪か・・・・遠くへ来たなぁ・・・・
平坦な・・・田んぼ沿いの道を3人ぐらいの乗客を乗せた路線バスはゴトゴト、ゴトゴト走る。
運賃が600円を過ぎたあたりでもうすぐ終点、その一つ前のバス停で降りる。もう誰も乗ってない。


















ここが、秋田県雄勝郡羽後町・・・本当は、もう少し先の集落まで行きたかったのだけど・・・バス路線が廃止になっている。・・・秋田県でも有数の豪雪地帯と聞く。鷹匠といわれる人もここが最後で途絶えたとか・・・・・夏になると有名な「西馬音内盆踊り」(にしもないぼんおどり)が行われるそうだ・・・深編み笠や彦三頭巾で顔を隠して踊る・・・・亡者踊りからの由来とも聞く・・・・顔を隠していれば、死人や先祖の霊が混じって踊っていてもわからない・・・・幽玄な・・・・と形容されるのか・・・そんな踊りだそうだ・・・・・・

大学落研で「楽家にゃんにゃん」という猫娘と一緒だった。・・・・・何度も言うが「にゃんにゃん」という言葉に卑猥な意味が付加されていない時代の「にゃんにゃん」さんのことね。


彼女は、井の頭線新代田駅前のスーパーでバイトしていた。何度かバイト先のお惣菜で晩飯をごちそうになった。近くのアパートに住んでいて半畳の台所がついた三畳一間だった・・・・そんな、女の子の部屋に転がり込んで晩飯よばれる俺も俺だけど・・・・何をはなしたかなんて覚えていないが、終電間際まで話をしていい加減、帰れと怒られたりしていた。
彼女の故郷は、秋田だと聞いた・・・・・雪深いところで、冬には父親が出稼ぎに出ることもあると・・・
そんなところから、両親は娘を東京の大学にだし・・・・・・娘はアルバイトをしながら、三畳一間のアパートで頑張っていた・・・・・彼女は、それがどんなものかわからなかったけど何者かにならなければ、ともがいていた気がする。・・・・・もがく・・あの頃の落研の部員はみんな似たようなもんだったかもしれない。・・・そんな彼女に相談されたことがあった。「母親だか父親だかが病気」らしく・・・すぐにでも秋田に帰りたい・・・・・でも、交通費が7千円何がし、足りないと・・・・・あの時俺はお金貸したんだっけ?・・・・いや、・・・・・・大福には迷惑かけられないもん。近くに住む親類に頼んでみるから・・・・・わかったそれでもどうにもならないときは、何とかするから、もう一度相談して・・・・そんな会話をした気がする。
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30年以上前でも・・・・みんな貧乏だった。、7千円ちょっとの手持ちも無かった。・・・・・・秋田は遠かった。・・・・・・その町を今回ひとりで尋ねた。静かな町だった。・・・・君はここで育ったんだ。・・・・あの時飛んで帰りたかったこの町は、こんなに遠かったんだ。・・・・・・
そばも名産らしい「冷やかけそば」がおいしかった。
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それから、しばらくして2年生になって彼女は落研を退部した。
親に無理をかけて大学に行かせてもらい・・・・・なにものかになるためには、「長生きの野菜は百歳(はくさい)」とか「お母ちゃんパンツ破けたよ・・・・また(股)かい?」・・・やってる場合じゃないよな、と思ったんだろうな・・・・辞めなければいけない、そう思ったんだろう。それが、彼女の選択だった。
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その後、しばらくは彼女のアパートを訪ねることも、晩御飯ごちそうになることも何度かあったけど・・・疎遠になっていった・・・・・・・大学卒業後、彼女が俺の知らない人と結婚した時には、式の二次会には呼んでもらった・・・・・俺の知らない幸せそうな花嫁さんが会社の方々にせかされて、俺の知らない花婿とキスをしていた。・・・・・幸せそうだった。


あれから、30年たって俺たちはなにものかになったんだろうか・・・・彼女は、あの頃のことなど忘れたかな・・・・・・・君のふるさとは、静かな穏やかな町に見えた・・・・・たぶんあの時の君の思いなど、何もわかっちゃいないんだけどね。

おまけ

狛江の牛丼君の住んでたアパートと思われるアパートが残ってました。






















狛江を歩いた時に見つけたけど、絶対この建物かどうかの自信はないです。
アパートの名前も変わってたし。












2015年4月26日日曜日

春と「百年目」と落語をやらない落語研究会?

これを書いているのは、既に4月も終盤。忙しさに紛れていろんな出来事を忘れていく。


少し、まとめて書く。


3月14日の土曜日、ホワイトデーに今年も水戸偕楽園の「夜・梅・祭」に行ってきた。3月の週末は水戸は観梅デー。偕楽園は、庶民の公園だから入園料はかからない、・・・・・・・・つっっても、この時期だけ普段無料の駐車場が、有料になったりする。・・・・・・・・ライトアップされた夜の観梅も、いいもんだけど


こういうの寄席文字でやってくんないかな。さてなんという字を書いたのでしょうか?



















4月になれば、桜
常総市の桜を見に行く,川っぺりをずーっと歩く。
イルカの打ち上げられた鹿島灘の端っこ・・・何があったんだろう



そして

立川 談春さんの独演会・・・・「百年目」を持って全国を回っているらしい。







なぜか、「百年目」という噺には、今まで興味がなかった、・・・・たぶん、大好きだった立川談志さんがやってない噺だったり、大店の主人と番頭、奉公とか「部下を育てるとか育てられる」とか言ったテーマに興味がなかったんだろうなぁ、
・・・・・・・五天竺の中の南天竺に栴檀(せんだん)と言う立派な木があり、その下にナンエン草という汚い草が沢山茂っていた。ある人がナンエン草を取ってしまうと、栴檀が枯れてしまった。後で調べると栴檀はナンエン草を肥やしにして、ナンエン草は栴檀の露で育っていた事が分かった。栴檀が育つとナンエン草も育った。栴檀の”だん”とナンエン草の”ナン”を取って”だんなん”、それが”旦那”になった。
だから、私と番頭さんも、一心同体、どちらかが枯れては、どちらも育たない・・・・・・

そういう、とってつけたような教訓めいたのが好きじゃなかったんだろうな・・・若い時分は・・
もともと、上方の噺だそうだから・・・・家に帰ってからCD探して、桂米朝さんの「百年目」と古今亭志ん朝さんの「百年目」を聞く。上方の商家の日常と春先の花見に浮かれる川っぺりの風景の描写がにぎやかでいい。米朝さんの方は下座の音曲がはいるから、いっそうにぎやかでいい。
、・・・・長年勤めて、もうすぐ暖簾分けというところで、芸者・幇間もち引き連れて、花見にくりだしたのを見つかって・・・・・もう駄目だ・・・・店を出される・・・・いやまてよ、今回が初めて見つかったこと、勘弁してもらえるかも・・・・・いやいや、そんなわけはない。もう駄目だ・・・・・・・一晩中眠れない番頭の苦悩が面白い。、




立川志の輔独演会
平成27年4月19日
水戸芸術館


開口一番・・・・・・
立川志の麿・・・・・「子ほめ」


立川志のぽん・・・「初天神」
         志の輔さんの水戸の独演会では、何度か見た二つ目さん。石岡市出身で筑波大学  の落研だったと、記憶している。以前に見たときは、前座さんで、メガネはかけていなかった。今回は、二つ目さんになりメガネをかけての高座。もう少し頑張ってほしいなあ。中途半端に覚えた噺を完成形にしてほしくねえなぁ。


立川志の輔・・・・・・・「スマチュウ」
         普段、おしゃべりな地元の富山のマネージャーが、コンビニを探して運転中ほとんどしゃべらなかったのは、トイレに行きたいわけではなかった。・・・・・・・・・・一面雪で真っ白のコンビニの駐車場の降り積もる雪の中に落としたものは・・・・・・そんなまくらから・・・・・・・
        
 「薬物中毒」が「ヤクチュウ」で薬物依存症なら「スマチュウ」とは?


――――――――― 仲入り ―――――――――


立川志の輔・・・・・・・「江戸の夢」
       大河ドラマみたいな・・・・文藝大作・・・・とでも言うのか・・・・大きく展開する創作落語・・・・三遊亭圓生さんのために作られた噺らしい。
登場人物は、きちんとしてるしドラマチックに感動的な場面もある。でもなぁ・・・・
スーパーマンみたいな謎の婿さんは、なぜ人殺しにならねばならなかったのか・・・・そのあとなぜ、村に流れ着いたのか・・・・・・そのあたりの方がドラマとしては面白いんじゃないのか・・・・壮大な物語にしないで、場面を切り取ってもいいんじゃないかと思う。
お茶の栽培は種でも出来るんだろうが、枝とか株分けとかでも育てられるのかな・・・・・お茶の葉として収穫できるまでには、何年もかかるだろうに・・・・・・
そうか、落語なんだもんな・・・・・噺のテーマなんか考えずに、一人娘に謎の婿をもらう村の庄屋さん夫婦のドタバタを楽しめばいいのかな・・・・1時間を超える長講の一席でした。



昔、所属していた大学の落研さんの新入部員勧誘のためのイベントがYouTubeにアップされていたのでみる。・・・・・・・漫才とかコントとかだった。落語は、やらねーのかな。・・・・・仲間内でうけるだけでいいのかよ・・・・・・心霊スポットリポートのコントなんかよりは、落語の「もう半分」とか「江島屋」なんかの方が怖いし「幽霊の辻」とか「野ざらし」なんかの落語の方が笑えるぜ。・・・・・・・・クイズ、ミリオネヤみたいなのを持ってきた漫才よりは「やかん」とか「浮世根問い」とかの根問いものの落語なんかの方が色んなもん詰め込めてやったら、面白いと思うんだけどな・・・・・・漫才とかコントとか落語に劣るなんて思っちゃいないが・・・別のもんだろう・・・・・野球部でサッカーやってるみたいで中途半端な気がする。さては、君たち落語が好きじゃない落研なのか?・・・・・・・落語はいいぞー、もっとたくさん落語聞きなよ、いろんな人の・・・・・、新入部の後輩さんもも寄席に連れてってあげるといい。聞いたこともないテレビなんかで見たこともない芸人さんがいっぱいいるぞ・・・・・大きなお世話だけど・・・・・・


付録
今年も、笠間稲荷の絵馬の展示



































やっぱり寄席文字で書いてみて・・弘道館の「弘」




2015年3月11日水曜日

くたびれたおっさん「みてくれ寄席(手×3)」に現る!と「卒業」と「春の日に遠くでひばりさんが手を振る」


千波公園の方の梅、満開にはもう少し
水戸の梅まつり、週末の観梅デーは、雨続きである。






水戸おかめ納豆のキャラクター「おかめちゃん」となりの子供はおびえている
3月7日の土曜日は、浅草で二松学舎大学落語研究会のみてくれ寄席を見に行った。

お昼過ぎの12時45分の開場、13時開演とあったが、浅草に着いたのが13時をまわっており、急ぎ足で(おっさんは歳なので走らない)仲見世通り付近にあるらしい会場を探す。・・・・・これが、見つからない。浅草1丁目38番という番地を探すが、通りを挟んで30番地を追っていくと20番地に飛んだりしてグルグルおんなじ所をまわったりすること数十分・・見つからねえなー・・・・しょうがない観音様お参りして帰ろうかなぁ・・・と思っていると。・・・路地の入口、自転車置き場みてえなところの門口にハッピ着てデイパックってえのか小さなリュックサック背負った小柄な可愛いい娘さんが、ひとりポツンと案内表示もって立ってるのを発見。
・・・・見たことあるぞ。前の部長さんだ。

「こっちですか?」

自転車置き場んところを、元部長さんに案内してもらいながら、お店の勝手口みたいなドアから中へ入り薄暗いコンクリートの階段を上った先にあった、12,3人も入れば、いっぱいの桟敷席。(よくこういう場所を見つけてくるなぁ)の座布団の上、壁際のスペースにどっかと腰を下ろして、噺を聞こう。


もう仲入り前の一席だ、

加酉家千好・・・・「写真の仇討」

初めて聞く噺・・・・上方ネタの噺かな・・・

えっ?もう下げだ・・・私が指を切りました・・・なんじゃこの下げは・・・

―――――――――― 仲入り ――――――――――――



烏家 小六・・・・「道具屋」

…ちゃんと人前で練習してるかどうかは、声が出てるかどうかでわかるよなあ

道具屋で売ってるものは、首の抜けるお雛様・・・表紙だけの本・・・サッカリンが入って甘いのこぎり・・・・小便の出来ない股引(別名タコ、今回はひょろびりではない。)・・・・二本足の燭台(後ろの煉瓦の塀を付けて購入のこと)・・・・・もしかしたら抜けるかも知れない木刀・・・・・・鉄砲

与太郎は、ぼーっとしていない。きゃっほランランしてる
。


欧向家峰染久・・・「だくだく」

1年生?元気だ。・・・・声も出てる。ちゃんと人前で練習してるんだなぁ。

いろいろあって、客席の熟年のおばさまから「頑張って!」という声援が飛ぶ。

演者も客席も裏方スタッフも一生懸命。パンフレット見ると長野県の出身・・・微妙に不思議なイントネーションで話す江戸っ子が威勢よくたたみ掛けて「だくだくだくっ
と・・・・」下げまで突っ走る。








一本家喜と利・・・・「大山詣り」

群衆劇というか、いろんな登場人物が、入れ替わり立ち代り登場してしゃべるから、きちんとキャラクター作っておかないと誰がしゃべってるんだかわからなくなる。難しい。場面もたくさんあるし。

昔は講っていうのか、お金積み立てて旅費作って毎年大山詣りしてたんだわね。町内会の旅行みたいなもんなんだろうけど、山岳信仰、山に霊的なものを感じての信仰心による旅だから、酒飲んだら暴れるようなやつを連れてくまとめ役の先達さんは、大変だ長屋のかみさん方、みんな瀬戸内寂聴さんみたいな頭んなって・・・・来年もまた大山詣りすんのかな。



大学の落研はたった4年間だ。5年、6年と居続けることもあるだろうけど、それも何年後かには卒業することになる。たぶん学生でいられる最後の4年間・・二十歳前後のこの4年間が、俺はとてもいとおしい。


今は、就活3年生は3月頃から始まるらしいが、インターンシップとかはもっと前にやったりすっから、現実には早い時期に就職活動は始まってんだろう。今年の学生落語日本一、策伝大賞とった大学2年生の福豆さんという女子大生も「12月までは落語やります・・・・・」とつぶやいてたから、その辺が限界なんだろうな・・・・

好きな落語のことを考えていられる時間は、限られる、しばらくは就職活動に専念しないといけない期間も出てくる・・・気が付けば、卒業が目前、「追ん出し寄席」とか「卒業高座」とかやって幸せな時間はお終い。地元に戻って就職したり、新しい場所で「社会人」(社会人って何だよ。・・・・・そーか、大学生は社会の人ではないのか・・・)になる。
この、油断できない世の中から金を稼いで、結婚したりして家族を作り、いろんなものを背負いながら「生活」ってやつを続けていくことになる。
落語のことなんて忘れるさ・・・・・春風亭昇太さんがどんな新作をやろうが・・・・志ん朝、談志が亡くなろうが・・・立川志の輔さんが今年のパルコで何をやろうが・・・・落研OBの立川談修さんが真打になろうが、・・・桂小文治さんが十八番創りの会でどんなネタおろしをしようが・・・・・・・日々の生活に追われて興味なんて無くなってくんだろうな・・・・・・・・
でも、時々思い出すんだ。あのドキドキして迎えた対外発表会の日を・・・・、「みな好き会」や「専大寄席」、「落語長屋」や「3年の会」、初めて会った人達の前でやったあの落語・・・俺の落語で他人が笑う。「そうっすよね、この落語のここ、いいっすよね。」・・・合宿の部員の前でやった、あの落語。・・・・頭、真っ白になって噺の途中で絶句した、あのシーンとした高座で流した、いやーな汗。・・・・・なんでか懐かしく思い出す。




「みてくれ寄席」がはねた後は、例によって入口で部員さんが見送ってくれる。ありがとうございました。・・・・・・こちらこそ楽しい時間をありがとう。残った落研の時間を楽しんでね。門口まで歩いてきて振り向いたら部員さんが、元気よく手を振ってくれていた。













2015年2月5日木曜日

平成27年・・・今年も誕生日はない・・・・入れて出して・・・春だから春風亭

今、お付き合いさせていただいてる女の人は、金融関係にお勤め、為替なんかを担当してるようで
暮れから正月の忙しさの中で、若い行員さんに指示をしてると、どうしても声が大きくなる。
「~だから~ぁ、この伝票をすぐに入れて、こっちを出して・・・・入れてだして。入れて出して。くれればいいのよ!急いでやって、入れて出して・・・入れて出して・・・・」みんなにクスクス笑われたとのこと、私は、この人の天然なところが大好きだ。

今年の最初の落語は、1月12日、水戸芸術館での「春風亭昇太独演会」

午後5時開演

例によって、開演前のステージに春風亭昇太師匠が普段着で登場。前説ということになる。
「正月は、寄席の掛け持ちで頭ボーっとしてたので、家で料理してたら、なぜか熱くなった五徳をつかんでしまった。ジュッという音がした・・・・・・・・・」と、客席に指を見せていた。

私もその話を聞きながら、自分の左手をじっと見る。・・・・・親指と人差し指の第2関節あたりに、絆創膏が貼ってある。・・・・・仕事場の冷蔵庫のステンレス製のすのこが一部はがれたので、ステンレス用の「はんだ」ではんだづけしようとして、ボーっとした頭ではんだこていじってたので、熱くなったこてを握ってしまっていたのだ、・・・・・・ジュッという音がした。

この年代は、正月からやることは、似たようなものなのね。

携帯を切ってね。マナーモードもやめてください。マナーモードにするくらいなら、鳴らしてください。との注意の後、この後出てくる「桂宮治さん」の時には、携帯かけ放題、おしゃべりし放題ですから・・・・・私、この後しゃべりたいことがいっぱいあるので・・・・・と、袖に引っ込む。

で、続いて、桂宮治・・・・「棒鱈」
落語芸術協会、売出し中の二つ目さん、NHKかなんかの演芸大賞とった人だよね。
爆笑系の人なんだろう明るくて元気だ。途中の唄、「モズのくちばし」とか「十二か月」とかほかの噺家さんに比べると誇張がオーバー・・・・笑わせたいんだろうな・・・・・もう少し、のんびり聞かせても、おかしな唄ではあると思うんだけど・・・・・・いつも、思うんだ・・・・・下げの「仲裁にはおよばねえ・・・こしょう(胡椒)が入った。」ってのがよくわからん。・・・・・・「鱈もどき」って言う胡椒を使う料理もわからねえ。一度食べてみたいもんだ。どこ行けば食べられるものやら・・・・・

元気よく、客を笑わせて・・・引っ込んだ後は
春風亭昇太・・・・・・・・「鷺取り」
まくらで、NHKの大河ドラマに出た話とか、1月から始まった方の大河ドラマにも4話目に出る・・・そんな話でだいぶ時間を消化。

昔、この噺を亡くなった桂枝雀さんで聞いた時には、衝撃的だったもんな・・・・・上方落語すげーっって思ったもん。桂枝雀さんのこの噺と「壺算」は、ほんとに笑った。
上方の天王寺さんの五重塔につかまるところは、浅草の五重塔にしてある。
枝雀さんの方だと、「天王寺さんに変が起こった。・・・・・何事ですか?・・・・・・・天王寺さんの池に大きな青いカメが出現して暴れてるでーっ!どないしよう?・・・・・・・青いカメには、とろろがいいぞ!・・・・なんじゃそりゃ?・・・・・・・・ですから・・♪あ~あーあ、青カメのぉ~怖いーぃとろろーぉ(あこがれのハワイ航路の節で)・・・・・なんですーぅ?・・・・・・・は。にわかじゃ、にわかじゃ。
なんて言うのを入れてあった。・・・・・・・昇太さんのは、そんなのは入れてない。だいぶ刈り込んでシンプルにしてある。
下げは、坊さんの宿坊の布団の四隅をもって待ってるところへ、飛び降りたんで坊さんの頭がゴツ・ゴツ・ゴツ・・・・・・・・・で一人助かって四人死んだ。・・・・・っていう普通の下げ

で、そのまま頭を下げて・・・・立ち上がると、いつもの生着替え・・・・BGMにのって着物を着換えると、袖に脱いだ着物と羽織を投げ飛ばして・・・・二席目に
・・・・・・・・「ストレスの海」
だいぶ、初期の新作だよね。ありえない夫婦の設定も力技で押し切って・・・・・
「・・・・・・・・・・ご主人が亡くなられた原因は?・・・・・・ストレスです。」・・・・・

ご自分も言ってたけど、正月早々・・・・五人目死亡。

--------------- 仲入り ----------

で、三席目は、・・・・・「壺算」
やっぱり、人情噺とかやらない爆笑志向の噺家さんは、こうゆうの選ぶんだはね。
こっちも、壺が割れた理由のくだりとか、「・・・・・縞柄がぼやけてる・・・・紋が違うとる・・」とか、「足元を見られんように・・・・・」あたりは省いてる。一席目のまくらで、大河ドラマの話をしすぎて、持ち時間が無くなったといってた。だいぶシンプル、ショートバージョン。
でも、壺を買いに行かされる弟分のキャラクターの造型が、すごいことになってる。あぶない人だ「こいつをそっちにむけるぞ。・・・いやなら、壺の代金をまけろ!・・・・・」

水戸芸術館ホールは、ステージに緞帳とか幕がないので、演者が頭を下げた後のエンディングが閉まらない。・・・・・エンディングトークみたいな形でちょっとしゃっべってから、袖に退場という形になる。客席も狭い割にオペラ劇場みたいに3回までズドーンと客席がある。やり辛くはないのかな・・・

落語芸術協会理事・・・・国民的テレビ番組・・・「笑点」レギュラー・・・・五十代になって、・・・・でも、この人は、ずっとこんなバカな噺をやり続けていくんだろうな・・・・

昔、立川談志さんが落語「源平盛衰記」のまくらで、「(誰だかに、)義経の苦悩も、清盛の悲しみも何にも出てない…と言われて、一時期(この噺をやるのを)止めちまってたんだけど・・・・それでもいいんじゃねーかと思ってまた最近やりだした・・・・・」と言ってたのを聞いたけど。

・・・・そーなんだ、春風亭昇太さんも、自分の噺がおかしければそれでいいんだろうな、客が笑ってくれることしか目指してないんだろうな・・・・落語の違う側面、昇太さんの人情噺も聞いてみたい気はするけど、そういう風に・・・・ならねえでほしい気もするんだよね・・・・・














おまけ①


伝助さんが追ん出し寄席についてブログに書いてらっしゃたので、参考画像再度アップ
 
おまけ②

ご存命の頃の三笑亭夢楽師匠をお迎えしての専大寄席
























2014年12月29日月曜日

第3回げいぶん寄席・・・・くずれない方の元落研・・・・若かった

もう、26日に仕事納めも済んで、あとは職場施設の清掃が29日に・・業者さんに頼んであるので、その立ち合いが済めば、ほんとに仕事は今年もおしまい。
そんな、12月27日の土曜日に水戸市常陽囈文センターで「第3回げいぶん寄席」を見てきた。

社会人落語の会・・・・あの池田の「社会人落語日本一決定戦」で日本一になった高校の先生とかその方の落研の先輩にあたる・・・これも決定戦で2位だか3位だかになった方がでてる。・・・・・俺のように落研くずれではなく・・・・ちゃんとした元落研さん
ほかにも、たぶん学校の先生と思われる方とか、もとラジオのアナウンサーだった方とか、ちゃんとした方々が出てる(「ちゃんとした方」ってなんだ?って話だけど・・・ちゃんとしてるんだ)

説明を追加
演題からしてちゃんとしてるでしょう?

















で、この方の羽織の紋がさあ・・・
この方が日本一で、


こちらが先輩で全国2位だか3位だかになってる・・・


このお二人が、二松学舎大学の落語研究会のご出身で、後輩と先輩の間柄・・・羽織の紋が同じでした・・・・立川流、談志さん一門は三階松っていうのかな、松の三段重ねだけど(立川談修さんもそうだった)・・・こちらは二段の松・・・・・二松学舎の意味合いなのかな・・・・・芸名、口座名もそうだけど二松学舎大学落語研究会の出身であることをてらうことなく、表明してるわけで・・・・ちゃんとしてるよね。

帰りにね・・・・・・
その日の演目の解説とか、下げをこんな風に変えたんですよ・・・・といった説明の書かれたレジュメ?が渡されるんだわね・・・・学校の先生っぽくていいやね・・・・・・帰りに・・っていうのが高座見る前には、余計な先入観入れないようにするんだろうけど、いいっすね。

帰りにデパート寄ったら入口に展示してあった正月の福袋の景品だってロボット。乗ってちゃんと動く

今回も付録・・・あの頃みんな若かった・・・・・体育祭もはっぴ着て出てた

たぶん、体育祭に出ると体育の単位もらえたんだ・・・・でも、みんな若い

2014年12月24日水曜日

たみや寄席・・・・代がわり・・・義理と人情

浅草公会堂で「第四回たみや寄席」を見た

夢三亭隣人(トトロ)が赤獣(ピグモン)になってた・・・上級生っぽい
 何の情報も持たず、ぶらーっとね。・・・・・ほぼ、身内の会だったのね。
専修大学の落研OBの松風亭たみやさんが声をかけて筑波大とか東大とかの落研のOBを集めて現役にも手伝わせて、お客としては・・・・・ほぼ、身内の発表会だったんだわね。
専修大学の現役落研部員の夢三亭赤獣(ピグモン)さんや松風亭にぼし君も出る、って言うんで(にぼし君でなかったけどね)3年生、4年生になって代がわりしてしまうと見ることもなくなるかなぁ・・・と思ったわけで。

俺たちの時代だと、部の活動は土日以外毎日で、発表会など近づけば、慰問や模擬発表会で休
松竹亭嵐(ストーム)君、仕事頑張れよ。と勝手に思う。
み返上だったし・・・・・・何も無くても誰かのアパートに集まってたから・・・・・日常生活のほとんどが落研だった。3年になると夏には3年部員の誰かの故郷で「3年の会」として寄席を開催したりしてたから幹部交代した後の3年生は、自由に落語三昧の日々を送ってた。

今は、そんな好き勝手な学生生活なんてやってないんだろう・・部活は、週3日ぐらいで・・・・対外発表会も「みな好き会」の年1回で、活動もほどほどに・・・・・実家からの仕送りも減ってると聞く、このご時世。バイトも両立させながら、単位落としたら就職活動に支障が出る・・・・3年になって、幹部も交代して、代がかわれば・・・・・就職活動も早めのスタート・・・・以前ほどの就職氷河期では、なくなってるんだろうけど、それにしたって厳しい現実。

でもすごいね、この「たみや寄席」出演者・・・・・・卒業して都内の会社に就職したが、きつい仕事や勤務時間で体調壊し・・・・医者に行ったら・・・「うつ」傾向があると診断された・・・現在2週間会社休んでます。もう会社辞めます。と言いながら呼ばれれば、嬉しそうに浅草に落語やりにくる、この落研くずれ・・・・世の中なめてるなぁ・・・・こんなとこ来てるひまがあるなら、会社に相談に行くとか、再就職先探すとか・・・・やることあんだろう。
他にも、筑波大学5年行って、結局自主退学・・・・・現在、群馬県でこんにゃくの選別のバイトやってます。という人も出てた・・・・・・・・・

かくゆう俺も、大学出て就職した会社半年で辞めてバイト暮らしのぷー太郎時代がありますんで・・・・・・何おか言わんやですが・・・・
こんな世の中から金を稼いで一人前の社会人として生きていくのは、結構大変だぜ、一度リタイヤしたりみんなが、歩いてるところじゃないところを歩こうとすると・・・・・もちろん他人がどうのこうの言う話ではないけれど・・・・誰が選んだわけではなく自分で選んだ人生だから・・・・・・・・ただ落語や落研のせいにはするなよなと思う・・・・・・落研くずれとしては、できるなら、こんな世の中ねじ伏せて、好き勝手な人生をひょうひょうと送って見せて欲しいと思うぜ。
客より出演者の方が多い大喜利・・・身内の会だった。場違いだった。

喪中の欠礼ハガキ書いてて思い出した
伝助さんが以前ブログに書いてた慰問先の老人ホームの件・・・・・・たしか、「白寿荘」

今から30年も前だ・・・もう、亡くなってるはずだけど・・

こんな葉書が出てきた・・・・・発表会前の練習も兼ねた老人ホームの慰問・・・八海さんが「黄金餅」
やって、もう少し高齢者向けの噺を・・・と、苦情が出たりした(聞いちゃいけない落語なんてない。人の生き死にも笑い飛ばすのが落語だと思う)慰問のお礼状だ。
なんか、捨てられなくてとってあった。
二十歳そこそこの俺は。こんな礼状をくれる義理堅い高齢者のじい様、ばあ様にその後何もしなかった、それっきりだ。・・・・・ごめんなさい。















 
そして、学生のやる落研でも上級生になると真打になったり、先輩の芸名を継いだりした、そんなときに書いたはがき・・・・名前を継いだ初代・先代の先輩には電話したし、知ってる代の上級生・OB先輩には、この文面のはがきを手書きしたなぁ・・・・カチカチに硬い文面をアレンジもせずに、いっぱい書いたっけ・・・・
でも、そうやって、先輩諸氏に義理をたてる、挨拶をするとういうことを伝統のなかで教わった。・・・・・・・・・・
にもかかわらず、今の俺は、義理も人情もあったもんじゃない。
申し訳ないと思うが・・・・・こんなもんだ。


これは、楽家茶々々からのだ・・・茶々々どうしてるかな


俺たちが4年の時の2年生だった連中が4年生になった頃・・・上級生の顔になってる


特別付録、今はなき専大学食、森永のカレー150円ぐらいでは、なかったかなぁ
後輩のバキは、これで昼飯を済ませて自分の弁当を部員に売ってたと記憶。



2014年12月22日月曜日

「かさま落語会しょの十九」と・・・・「夢は夜ひらく」と・・・・・落研くずれ

おなじみの高田文夫プロデュース「かさま落語会しょの十九」でありました。
11月8日(土)の笠間稲荷神社の裏っての嘉神殿の大広間・・・・・もう、12月も半ば過ぎなのに11月の報告であります。
今回は、日大芸術学部つながりなのか・・高田先生の後輩「春風亭一之輔」・・・・売出し中の真打を呼んでいただいた。・・・・・・都内の独演会とか、なかなか券もとれないからありがたい。
例年のごとく街は、菊まつりの最中・・・

今年は、こんなのが神社の隅っこに出てた・・・・たぶん・・狐















他には、林家二楽さん紙切り
























春風亭一之輔さんの方の二席は「初天神」と「粗忽の釘」
若くして出来上がった方なんだわね・・・・特に人情噺とかは、あんまりやらない方なんだわね・・・・

例によってみなさん座布団持参

ここには、毎回、前座さん役に「喜楽家楽喜」さんという素人さんが出てくる、日大芸術学部の落語研究会の高田文夫先生の先輩ということなんだそうだ・・・・
いつもは、開口一番で前座噺をちょこっとしゃべって、お次お目当ての真打に交代といった流れなんだけど、今回は、「~今月末に二度目のがん手術を控えておりまして・・・・・」というわけでのがんカミングアウトの漫談を話していた・・・・・・・元、広告代理店勤務という事で・・・・がんに負けないテーマソング、というのを唄っていた「♪ガンバルンバ・・・ガンバルンバ・・・♪」・・・・・・もう12月だもんな、手術終わってるよな・・・・・大丈夫だったかな・・・・・・来年も、この落語会で会えるかな・・・
東京で・・・・根津の方で、骨董品とか作家さんのギャラリーをやってる方のようで・・・HPページとか見させていただくと落研の思い出とかお仲間との付き合いを大事にされているのがよくわかる。

「落研くずれ」という言葉があるんだかどうだか知らないが・・・・・ねえよ、そんなもん。お前が勝手に使ってんだろう?・・・・・・・たぶん、そうだ。
辞書によれば・・・

くずれ〔くづれ〕【崩れ】

1 くずれること。また、くずれたもの。くずれた所。「髪の―を直す」「天候の―が心配だ」「塀の―」
2 会などが終わって人々が解散すること。また、その人々。「宴会の―に盛り場へくりだす」
3 戦いで、陣形が乱れること。「総―」
4 相場が急落すること。
5
㋐(多く身分・職業などを表す語に付いて)以前はそうであったが、今は落ちぶれている人。また、それになれなかった人。「作家―」「役者―」
㋑目指したことが途中でだめになること。「併殺―」

落語家になることを目指したことなんてない。それになれなかったことを悔やんだこともない。
だけど、落語に、落研に出会ったことで少し人生が変わり・・・・・今も落語や落研の思い出がついて回る。それで、とても幸せだ・・・・・・俺は、「落研くずれ」だ。

「夢は夜ひらく」という歌がある。園まりさんとか宇多田ひかるの母ちゃんだった藤圭子さんとか三上寛の唄で有名だ。出所は練馬の鑑別所で歌われてたものを持ってきて作詞したのが始めらしい。・・・・・・・今は、芸能界引退した根津甚八さんが唄ってたのが「甚八の夢は夜ひらく」・・・・・
「好きな啄木、朔太郎・・・・ボストンバッグの中にある・・・・」と、「学生くずれ」の夢は夜ひらくを唄っていたと記憶している。

あの頃の俺たちは寄席帰りや談志・志ん朝の独演会のはねた夜。・・・「みな好き会」や「専大寄席」(今年はやらねえのかな・・)の打ち上げ帰り・・・・・・四畳半一間のアパートの部屋で・・・・大福の夢は夜ひらく・・・・
親父が死んで・・・・おふくろも既にいない・・・独りぼっちになって多少感傷的な文章になった、そのうちまた、大好きな金玉の話でもするさ

喪中につき、私からの新年のご挨拶などはご遠慮いたしますが・・・・ブログ読んでくださってよければ年賀状、送ってください。