俺も彼女も、年齢的には人生の折り返し地点をまわった。
車で言えば中古車だから、色んなところにガタが来る・・・・それを、だまし・・微調整しながら・・・何とかやり過ごして来た。
彼女は、病気だと告げた。
漢字だけで12文字もある・・・ややこしい病名だ。
今は、こんなに元気なのに・・・先が見えない。
ドドッ・・ドッドド。 ドドッ・・ドッドド。ターミネーターのテーマを出囃子がわりに口ずさみながら、やってくる。やっと、思い出した名前・・・カウパー!カウパー!・・キャッキャとはしゃぐこの人が・・・
苦労させられた旦那さんと別れ・・・頑張って育てた子どもさんも、成人し・・・・これから自分の幸せを・・・やっと・・やっと自分の幸せだけを考えられるようになったのに・・・
体が元気なうちに・・・ずーっと元気かもしれんけど・・・もちろん、それを望んでいるけれど・・・
彼女を色んなところに連れて行くことにした。色んな景色を一緒に観て貰うことに・・・勝手に決めた。
新幹線の窓越しに富士山を探して、子どもみたいに喜ぶこの人を・・
「来年も、どっか連れてくるからな・・・」という俺に
「来年、私、生きてるかな・・・」ボソッと言う・・・
俺よりも先にいったりしたら・・・
顔にバカボンのほっぺたのグリグリ・・書いてやる。
ついでに、バカボンのパパの鼻毛も書いてやる。
眉毛には、渥美清のホクロかいて・・・真ん中つないでやるからな。
だから・・だから、いやだったら・・俺よりずーっと長生きしてくれよな。
俺が先だったら、レディー・ガガ・・みたいに、つぶったまぶたに目玉を書いてもいいからさ・・・
岡山県・・備前の国・・・備前と言えば・・・・長船・・則光
加賀屋佐吉さんが取り次いだ・・・・道具七品のうちのひとつ
落語「金明竹」・・・・今回の旅で落語がらみで思いついたのは、これだけかな・・・
俺が、まず元気にならないと・・
ページビューの合計
2011年8月9日火曜日
2011年7月11日月曜日
開演10分前・・・客3人・・大丈夫か?・・7月の「みな好き会」
7月8日・・夕刻の上野は暑かった。
専修大学落語研究会の「みな好き会」も第46回だそうだ・・・代表さんのあいさつ文が第46代代表の斉藤さんとなっているから、毎年欠けることなく開催されてきたってことか・・・
俺達の現役の頃が、たぶん・・・16回とか17回とかだから・・・だいぶ・・時間がたったもんだ。
上野広小路亭が40~50人も入れば満席になるところだから・・・アットホームな雰囲気で・・じっくり落語を・・・客の顔が見えるところで・・・・ったって開演寸前にこの人数・・・スリルとサスペンス緊張感・・・ほんとにやるんだよね?の不安ももろともせず・・・スーツ姿の部員さんも客席にまわって席もそれなりに埋まってきて・・開演。・・・・そうそうこんな感じ・・・俺達の現役の頃だってこんな緊張感・・・だったのかも知れない。
今は、看板も特に出てないし・・呼び込みもなし・・・俺達の頃は本牧亭で発表会の時は、上野署に事前に道路の使用許可とりにいって・・・発表会のチラシ配りながら呼び込みしたもんだったけど・・・今は、許可、厳しくなってるのかな・・・呼び込んで入れるほど客席多くないしな・・・
開演前の通路で・・・部員らしい女の子が携帯で話してた・・・
「・・・・・んーーん・・今日は上野で落語・・・サークルの発表会なの・・・それは・・8時頃には終わるんだけど・・・その後、バイト入ってんの・・・・朝まで・・・・ねぇー・・」
学生さんも大変だ。
仲入り には、恒例の新入部員紹介もやってた・・・なつかしい自己紹介・・俺達もここから始まったっけ。
文学部歴史学科1年(今はこんな学科あるんだなぁ・・)松本留五郎です。(仮にね)・・高座名は・・(俺らの頃は「芸名は」・・って言ってたけど、今は「高座名は」でやってた。)夢三亭大福です。(これも仮にね)・・・・・・・昔は、ここで一分線香即席噺入れてた・・・「雷は怖いねぇ・・なる(鳴る)ほど」とか「隣の空き地に囲いが出来たってねぇ・・・へぇ(塀)ー」とか「風呂屋に飛行機がおっこったぞ!・・・そりゃ戦闘(銭湯)機だ」・・・ってやつ。俺が1年の時に作ったのは「おぃ。このインスタントコーヒー中身が入ってないぞ!・・・・・ねぇすか?ふぇ?(ネスカフェ・・・違いのわかる男)」
よろしくお願いします。と頭を下げて・・次の新入部員に交代。
今の子のは、ここに小噺を入れるんで長いぞ・・・・「川崎市役所行って、市民課はどこですか?って聞いたら・・・課は、先です。(川崎です)」なんてえのはかわいいもんで・・・「外国人留学生に10回クイズやった」なんてのをしゃべってた「ピザって10回言って!ピッッザ、ピッッザ、ピッッザ・・・・・・ピッッザ」・・・(ひじを指差して)じゃあここは?・・・・・・「エルボー!」
大丈夫かぁー?・・・受ける受けないじゃねえよな。・・・嬉しそうな顔してしゃべってたもんな。楽しめ、楽しめ・・・楽しい時間は短いぞぉ・・・・落語もいいもんだぜ。頑張って楽しみなよね。
暑いのを気遣って・・・仲入りで、お茶のサービスがあった。部員の女の子にペットボトルから紙コップに冷たいお茶を入れて貰った。おっさんには、こんなサービスもありがたい。おいしかったです。ありがとう。
昔の、俺の大好きな落研の空気を少ーしだけ思い出させてもらいました。
重ねてありがとね。楽しかったです。
第46回 みな好き会
日時:平成23年7月8日(金) 午後6時開演
場所:お江戸上野広小路亭
饅頭恐い 松風亭 不死人
福は内 夢三亭 非常
強情灸 桂 小文治
だくだく 夢三亭 呟人
―――――― 仲入り ――――――
新入生紹介
六尺棒 立川 談修
いろもの 漫才
死神 夢三亭 河童
写真の後頭部は、初代の風柳 先輩でしょうか・・・御挨拶もせずすいません。
専修大学落語研究会の「みな好き会」も第46回だそうだ・・・代表さんのあいさつ文が第46代代表の斉藤さんとなっているから、毎年欠けることなく開催されてきたってことか・・・
俺達の現役の頃が、たぶん・・・16回とか17回とかだから・・・だいぶ・・時間がたったもんだ。
上野広小路亭が40~50人も入れば満席になるところだから・・・アットホームな雰囲気で・・じっくり落語を・・・客の顔が見えるところで・・・・ったって開演寸前にこの人数・・・スリルとサスペンス緊張感・・・ほんとにやるんだよね?の不安ももろともせず・・・スーツ姿の部員さんも客席にまわって席もそれなりに埋まってきて・・開演。・・・・そうそうこんな感じ・・・俺達の現役の頃だってこんな緊張感・・・だったのかも知れない。
今は、看板も特に出てないし・・呼び込みもなし・・・俺達の頃は本牧亭で発表会の時は、上野署に事前に道路の使用許可とりにいって・・・発表会のチラシ配りながら呼び込みしたもんだったけど・・・今は、許可、厳しくなってるのかな・・・呼び込んで入れるほど客席多くないしな・・・
開演前の通路で・・・部員らしい女の子が携帯で話してた・・・
「・・・・・んーーん・・今日は上野で落語・・・サークルの発表会なの・・・それは・・8時頃には終わるんだけど・・・その後、バイト入ってんの・・・・朝まで・・・・ねぇー・・」
学生さんも大変だ。
仲入り には、恒例の新入部員紹介もやってた・・・なつかしい自己紹介・・俺達もここから始まったっけ。
文学部歴史学科1年(今はこんな学科あるんだなぁ・・)松本留五郎です。(仮にね)・・高座名は・・(俺らの頃は「芸名は」・・って言ってたけど、今は「高座名は」でやってた。)夢三亭大福です。(これも仮にね)・・・・・・・昔は、ここで一分線香即席噺入れてた・・・「雷は怖いねぇ・・なる(鳴る)ほど」とか「隣の空き地に囲いが出来たってねぇ・・・へぇ(塀)ー」とか「風呂屋に飛行機がおっこったぞ!・・・そりゃ戦闘(銭湯)機だ」・・・ってやつ。俺が1年の時に作ったのは「おぃ。このインスタントコーヒー中身が入ってないぞ!・・・・・ねぇすか?ふぇ?(ネスカフェ・・・違いのわかる男)」
よろしくお願いします。と頭を下げて・・次の新入部員に交代。
今の子のは、ここに小噺を入れるんで長いぞ・・・・「川崎市役所行って、市民課はどこですか?って聞いたら・・・課は、先です。(川崎です)」なんてえのはかわいいもんで・・・「外国人留学生に10回クイズやった」なんてのをしゃべってた「ピザって10回言って!ピッッザ、ピッッザ、ピッッザ・・・・・・ピッッザ」・・・(ひじを指差して)じゃあここは?・・・・・・「エルボー!」
大丈夫かぁー?・・・受ける受けないじゃねえよな。・・・嬉しそうな顔してしゃべってたもんな。楽しめ、楽しめ・・・楽しい時間は短いぞぉ・・・・落語もいいもんだぜ。頑張って楽しみなよね。
暑いのを気遣って・・・仲入りで、お茶のサービスがあった。部員の女の子にペットボトルから紙コップに冷たいお茶を入れて貰った。おっさんには、こんなサービスもありがたい。おいしかったです。ありがとう。
昔の、俺の大好きな落研の空気を少ーしだけ思い出させてもらいました。
重ねてありがとね。楽しかったです。
第46回 みな好き会
日時:平成23年7月8日(金) 午後6時開演
場所:お江戸上野広小路亭
饅頭恐い 松風亭 不死人
福は内 夢三亭 非常
強情灸 桂 小文治
だくだく 夢三亭 呟人
―――――― 仲入り ――――――
新入生紹介
六尺棒 立川 談修
いろもの 漫才
死神 夢三亭 河童
写真の後頭部は、初代の風柳 先輩でしょうか・・・御挨拶もせずすいません。
2011年6月27日月曜日
スローバラードと宮戸川・・・ついでにグレイ
ビンボーな学生・・・ビンボーなプー太郎だった俺達のデートは、彼女のアパートの近くをブラブラ歩くことだったり・・・丸なんとか言う商社の社員寮の屋上に忍び込んで夕日をながめたりすることだった。
確か・・俺達の落研のころは、大学3年の代が主催して3年生の誰かの地元で「3年の会」と銘打って落語の発表会を開いた。俺が1年のときは、3年生が2人しかいなかったので、無かったけど・・・2年の時は、茨城で・・・自分らが3年になって群馬県・・・4年のときは埼玉・・
その3年の時の群馬からの帰り道・・・・同期の部員の女の子の実家が群馬だったので・・・3,4人で帰りに寄って休ませてもらった・・・焼き饅頭?御馳走になり・・・当時、その部員の子とつきあっていたあいつは・・・(あえて匿名)・・・彼女の御家族に恐縮して緊張していたのが笑えた・・・そして日当たりのいい部屋で・・・昼寝をさせてもらった。気持ち良く、気持ちよく・・眠れた。
夕方、俺はつきあっていたあの娘と、群馬から生田のアパートに戻った。
取り留めの無い話をして・・・彼女は・・・泊まっていくことになった・・・
さて、落語「宮戸川」・・・将棋で遅くなって親父に締め出しを食った、せがれの半七と・・・隣の船宿の娘のお花も締め出しを・・こちらは食べ、・・・・とにかく霊岸島のおじさんの所に泊めてもらおうと急ぐ半七にお花がくっついていって・・・(お花が、頼りのおばさんは、熊本で・・・訪ねていくには遠すぎらい!)・・・夜中に訪ねてきた半七の後ろにお花を見つけた霊岸島のおじさんは・・・飲み込みの早~いおじさんは・・・二人を二階の一間に上げて寝かせてしまう、布団は一組、はしごまではずして・・・・・・恥ずかしがって・・・背中合わせに寝ていた二人を・・・・引っ付けたのは雷だ。・・・ぴかっ!と光って・・・・カリカリカリ・・・とくれば・・・そりゃーどうしたって引っ付くだろう。
あの娘は、俺のトレーナーとジャージを寝間着代わりにして布団に入り・・・背中合わせに話をしながら・・・・夜は更けていったんだ・・・話が途切れて・・・寝たのかなと思った・・・彼女が寝返りをうった・・・俺もそっちを向いて・・・・「どうした?」・・・・「なんでも・・・ない」
・・・・・・それから、どうなったかなんて、30年も前のこと・・・思い出の中の本なんてボロボロで読めやしない・・・・
でも、あの娘の寝言を聞いた・・・気がした。確かに聞いたんだ。・・・枕元でRcサクセションの「スローバラード」が流れてた・・・・
伝助さん、私もRcサクセション大好きでした。・・・・風公君に言わせると、あれは、ローリングストーンズのミック・ジャガーの真似じゃねえか・・・とのことでありますが・・・確かにそうですが、ミック・ジャガー日本人じゃねえし・・・好きなもんは、好きでしょうがない。
子別れ・・のとこで書いた件。わかりづらい文章を御理解いただきありがとうございます。
励ましまでいただいて・・・恐縮です。自分でも誠実にやってれば幸せに出来ると思ってますが・・・一筋縄では行かないです。・・・・俺のことなんかほったらかしても、娘と仙台だの横浜アリーナだのの「グレイ」のコンサートツアーに行ったりしております。・・・私と同い年なんですけどね。・・・・・私には、グレイの曲もわかりません。カップヌードルの替え歌のやつしか知りません。・・・・どうなりますことやら・・・・
宮戸川・・・・噺の途中で下げが、来るので全編を通して聞かないと、私には演題の意味がわかりません。後半は、暗い噺になるようで・・・・柳家喬太郎さんが、やってたなんて話も聞きますが・・・面白いんでしょうか。
確か・・俺達の落研のころは、大学3年の代が主催して3年生の誰かの地元で「3年の会」と銘打って落語の発表会を開いた。俺が1年のときは、3年生が2人しかいなかったので、無かったけど・・・2年の時は、茨城で・・・自分らが3年になって群馬県・・・4年のときは埼玉・・
その3年の時の群馬からの帰り道・・・・同期の部員の女の子の実家が群馬だったので・・・3,4人で帰りに寄って休ませてもらった・・・焼き饅頭?御馳走になり・・・当時、その部員の子とつきあっていたあいつは・・・(あえて匿名)・・・彼女の御家族に恐縮して緊張していたのが笑えた・・・そして日当たりのいい部屋で・・・昼寝をさせてもらった。気持ち良く、気持ちよく・・眠れた。
夕方、俺はつきあっていたあの娘と、群馬から生田のアパートに戻った。
取り留めの無い話をして・・・彼女は・・・泊まっていくことになった・・・
さて、落語「宮戸川」・・・将棋で遅くなって親父に締め出しを食った、せがれの半七と・・・隣の船宿の娘のお花も締め出しを・・こちらは食べ、・・・・とにかく霊岸島のおじさんの所に泊めてもらおうと急ぐ半七にお花がくっついていって・・・(お花が、頼りのおばさんは、熊本で・・・訪ねていくには遠すぎらい!)・・・夜中に訪ねてきた半七の後ろにお花を見つけた霊岸島のおじさんは・・・飲み込みの早~いおじさんは・・・二人を二階の一間に上げて寝かせてしまう、布団は一組、はしごまではずして・・・・・・恥ずかしがって・・・背中合わせに寝ていた二人を・・・・引っ付けたのは雷だ。・・・ぴかっ!と光って・・・・カリカリカリ・・・とくれば・・・そりゃーどうしたって引っ付くだろう。
あの娘は、俺のトレーナーとジャージを寝間着代わりにして布団に入り・・・背中合わせに話をしながら・・・・夜は更けていったんだ・・・話が途切れて・・・寝たのかなと思った・・・彼女が寝返りをうった・・・俺もそっちを向いて・・・・「どうした?」・・・・「なんでも・・・ない」
・・・・・・それから、どうなったかなんて、30年も前のこと・・・思い出の中の本なんてボロボロで読めやしない・・・・
でも、あの娘の寝言を聞いた・・・気がした。確かに聞いたんだ。・・・枕元でRcサクセションの「スローバラード」が流れてた・・・・
伝助さん、私もRcサクセション大好きでした。・・・・風公君に言わせると、あれは、ローリングストーンズのミック・ジャガーの真似じゃねえか・・・とのことでありますが・・・確かにそうですが、ミック・ジャガー日本人じゃねえし・・・好きなもんは、好きでしょうがない。
子別れ・・のとこで書いた件。わかりづらい文章を御理解いただきありがとうございます。
励ましまでいただいて・・・恐縮です。自分でも誠実にやってれば幸せに出来ると思ってますが・・・一筋縄では行かないです。・・・・俺のことなんかほったらかしても、娘と仙台だの横浜アリーナだのの「グレイ」のコンサートツアーに行ったりしております。・・・私と同い年なんですけどね。・・・・・私には、グレイの曲もわかりません。カップヌードルの替え歌のやつしか知りません。・・・・どうなりますことやら・・・・
宮戸川・・・・噺の途中で下げが、来るので全編を通して聞かないと、私には演題の意味がわかりません。後半は、暗い噺になるようで・・・・柳家喬太郎さんが、やってたなんて話も聞きますが・・・面白いんでしょうか。
2011年6月19日日曜日
海が信じられない・・・
「子別れ」って噺があるでしょう?
中でも、いわゆる・・・「子別れ」(下)・・・子は鎹(かすがい)っての
「子別れ」(上)・・・・こわ飯の女郎買い
大工の熊さんが、とむらいの帰りに、こわ飯持って、吉原、遊郭に行って・・背中にしょったこわ飯の煮物の汁が、しみ込んだ ふんどし 絞ろうとしたり・・・
「子別れ」(中)・・・・これは、別名はないのかな・・
吉原に居続けて、4日も留守にした家に帰って、喧嘩して・・かみさんと子どもおん出して・・・・お女郎さん連れ込んではみたものの・・やはり野におけレンゲソウ・・・うまくいくはずもなく・・
そして「子別れ」(下)
まだ、思い続けている母親と心入れかえた熊さんを・・・子どもの亀ちゃんが「かすがい」になって、二人を元のさやにおさめて・・・くっ付ける。・・・感動的な噺で・・・・みんなハッピーエンドが好きなんだよな。俺もそうだったけど・・・
子どもは、実の母と実の父の愛情の中で・・・・幸せになるもんなのかな・・・
子どもを連れて別れた母が・・・・・まったく別の男と一緒になり・・・・子どももなついて、母も幸せになり・・・幸せな「新しい家族は」・・・ずーっと幸せに過ごしましたとさ・・・・ってえのは、駄目なのかな・・・
俺は、子別れ・・この噺を、現、落語協会会長 柳家小三治さんが本多劇場で上・中・下、通しでやったとき見にいった。・・・ずいぶん昔の噺だけど・・・この噺の・・・よく出来たこの噺に・・・満足して帰った記憶がある。・・・発売された録音には、たぶん俺の笑い声も入ってるはずだ。・・・どれだか、わかんないけど・・
俺は、人生の大事なことを落語でいっぱい教わった。
でも、この噺のようには・・・・現実は、別れた親子は元のさやには、戻らないこともある。だけど・・だけど・・実の親子でもないけれど・・・母は新しい男に、残りの人生をかけるけれど・・・必ず幸せになるのだ・・・そんな、子別れが、現実には、あってもいいのだと思う。こんな夫婦も親子もハッピーエンドになるんだ・・いや、してみせる。・・・個人的な現実・・・・個人的な決意・・・
地震の前には、ブラブラと出かけて・・・ボーっと見てるだけで静かな時間が過ぎて・・・・まあ、明日から頑張れるかもしれんよなぁ・・・そんな気にさせてくれたこともある・・・いつもじゃないけどね・・・海を見に行ってきた。
だけど・・・どうも・・海が信じられない。うちの町でとれたお茶は飲めないらしい・・・野菜や・・・米だってどうなるのか・・海すら・・・信じられない。・・・・信じられなくても明日は来るんだけどね。
伝助さんの落研の話、すげえ楽しみに読ませていただいてます。伝説の日本刀男事件・・・思い出しました。
中でも、いわゆる・・・「子別れ」(下)・・・子は鎹(かすがい)っての
「子別れ」(上)・・・・こわ飯の女郎買い
大工の熊さんが、とむらいの帰りに、こわ飯持って、吉原、遊郭に行って・・背中にしょったこわ飯の煮物の汁が、しみ込んだ ふんどし 絞ろうとしたり・・・
「子別れ」(中)・・・・これは、別名はないのかな・・
吉原に居続けて、4日も留守にした家に帰って、喧嘩して・・かみさんと子どもおん出して・・・・お女郎さん連れ込んではみたものの・・やはり野におけレンゲソウ・・・うまくいくはずもなく・・
そして「子別れ」(下)
まだ、思い続けている母親と心入れかえた熊さんを・・・子どもの亀ちゃんが「かすがい」になって、二人を元のさやにおさめて・・・くっ付ける。・・・感動的な噺で・・・・みんなハッピーエンドが好きなんだよな。俺もそうだったけど・・・
子どもは、実の母と実の父の愛情の中で・・・・幸せになるもんなのかな・・・
子どもを連れて別れた母が・・・・・まったく別の男と一緒になり・・・・子どももなついて、母も幸せになり・・・幸せな「新しい家族は」・・・ずーっと幸せに過ごしましたとさ・・・・ってえのは、駄目なのかな・・・
俺は、子別れ・・この噺を、現、落語協会会長 柳家小三治さんが本多劇場で上・中・下、通しでやったとき見にいった。・・・ずいぶん昔の噺だけど・・・この噺の・・・よく出来たこの噺に・・・満足して帰った記憶がある。・・・発売された録音には、たぶん俺の笑い声も入ってるはずだ。・・・どれだか、わかんないけど・・
俺は、人生の大事なことを落語でいっぱい教わった。
でも、この噺のようには・・・・現実は、別れた親子は元のさやには、戻らないこともある。だけど・・だけど・・実の親子でもないけれど・・・母は新しい男に、残りの人生をかけるけれど・・・必ず幸せになるのだ・・・そんな、子別れが、現実には、あってもいいのだと思う。こんな夫婦も親子もハッピーエンドになるんだ・・いや、してみせる。・・・個人的な現実・・・・個人的な決意・・・
地震の前には、ブラブラと出かけて・・・ボーっと見てるだけで静かな時間が過ぎて・・・・まあ、明日から頑張れるかもしれんよなぁ・・・そんな気にさせてくれたこともある・・・いつもじゃないけどね・・・海を見に行ってきた。
だけど・・・どうも・・海が信じられない。うちの町でとれたお茶は飲めないらしい・・・野菜や・・・米だってどうなるのか・・海すら・・・信じられない。・・・・信じられなくても明日は来るんだけどね。
伝助さんの落研の話、すげえ楽しみに読ませていただいてます。伝説の日本刀男事件・・・思い出しました。
2011年6月5日日曜日
落語、聴きながらぶーらぶら
家の中で、大好きな落語を聴いていても・・気が滅入る日もあるわけで・・・
「落語家生活三〇周年 雀々十八番 下巻」DVDの中から「がまの油」・「仔猫」を観る。
亡くなった桂枝雀さんの遺伝子。ちゃんとお弟子さんの中に。
面白かったよなぁ・・・枝雀さんの落語。俺が生で観たのは、東京で橘家円蔵さんの独演会のゲストに出演された一度きりだったと思うけど・・・映像で観ても、録音で聞いても面白かった。・・・
あの人の、遺伝子は・・・志村けんさんやダウンタウンや柳家権太郎さん・・・いろんな人の中で見つけることがある。
俺だって・・・関西の生まれだったら・・「すびばせんね」は、もちろん・・「よろしくおたぬきもうします」とか・・・「お陽ぃさんが、かぁー!」・・・友達の家から帰るときには「さいなら、ごめーん!」・・・て、絶対やってたと思う。・・・「生年月日を言ってください。」と聞かれれば・・・絶対、大きな声で「せいねん・がっぴ!」と答えるな。・・・・・なんかの間違いで酔っ払ったら「お・・嬢さん~ブランコ乗りは・・よーいけれどぉ~・・あがったり、下がったり・・・するたぁびにぃ~・・チラリと見えます・・・真っ黒けのけ・・さっぱりわやや・・・・・」歌ってるな。
で・・・とても、家にひとりでいる気分ではないので・・・落語のCD聴きながら・・・国道51号線を西へ・・・桂枝雀さんの「幽霊の辻」・・・「雨乞い源兵衛」・・・春風亭昇太さんの「悋気の独楽」・・・「不動坊」・・・立川談笑さんの「シシカバブ問答」(イスラム教徒の蒟蒻問答)・・・・「金明竹」・・・(青森弁で道具七品・・・)聞きながら・・・海をみて帰ってきた。
仕事柄・・「死産届け」なんてなものを処理しないといけないこともある・・妊娠して13週と3日・・・戸籍にも載らない・・・・名前すらつけてもらっていない・・・男の子・・・・
関係ないっちゃあ関係ないが・・・なんか気が滅入った。なにをたそがれてんだかなぁ・・・寝よう。
「落語家生活三〇周年 雀々十八番 下巻」DVDの中から「がまの油」・「仔猫」を観る。
亡くなった桂枝雀さんの遺伝子。ちゃんとお弟子さんの中に。
面白かったよなぁ・・・枝雀さんの落語。俺が生で観たのは、東京で橘家円蔵さんの独演会のゲストに出演された一度きりだったと思うけど・・・映像で観ても、録音で聞いても面白かった。・・・
あの人の、遺伝子は・・・志村けんさんやダウンタウンや柳家権太郎さん・・・いろんな人の中で見つけることがある。
俺だって・・・関西の生まれだったら・・「すびばせんね」は、もちろん・・「よろしくおたぬきもうします」とか・・・「お陽ぃさんが、かぁー!」・・・友達の家から帰るときには「さいなら、ごめーん!」・・・て、絶対やってたと思う。・・・「生年月日を言ってください。」と聞かれれば・・・絶対、大きな声で「せいねん・がっぴ!」と答えるな。・・・・・なんかの間違いで酔っ払ったら「お・・嬢さん~ブランコ乗りは・・よーいけれどぉ~・・あがったり、下がったり・・・するたぁびにぃ~・・チラリと見えます・・・真っ黒けのけ・・さっぱりわやや・・・・・」歌ってるな。
で・・・とても、家にひとりでいる気分ではないので・・・落語のCD聴きながら・・・国道51号線を西へ・・・桂枝雀さんの「幽霊の辻」・・・「雨乞い源兵衛」・・・春風亭昇太さんの「悋気の独楽」・・・「不動坊」・・・立川談笑さんの「シシカバブ問答」(イスラム教徒の蒟蒻問答)・・・・「金明竹」・・・(青森弁で道具七品・・・)聞きながら・・・海をみて帰ってきた。
仕事柄・・「死産届け」なんてなものを処理しないといけないこともある・・妊娠して13週と3日・・・戸籍にも載らない・・・・名前すらつけてもらっていない・・・男の子・・・・
関係ないっちゃあ関係ないが・・・なんか気が滅入った。なにをたそがれてんだかなぁ・・・寝よう。
2011年5月23日月曜日
潮来花嫁さんは・・潮来花嫁さんは・・・汗まみれ。
好きな小噺。
男の子が女の子を好きになって、毎日、毎日手紙を書いた。365日毎日、毎日手紙をだして・・・
1年後、女の子は郵便配達員と結婚した。
5月21日、土曜日に潮来市に「あやめまつり」を観に行ってきた。
お祭り初日であやめが、あんまり咲いてない。
聞いてはいたけど、この辺は震災の液状化現象がひどかったようで、道路の路面も波打ってひどいけど、歩道部分は、これまたひどい。電柱がほとんど傾いてる。
暑かった。
客引きのおじさんが「櫓(ろ)船」に乗らないかと誘う。
聞けば30分4,800円だという・・・(高けえ)・・・・4,500円でいいよ・・・(まだ、高いよな)・・4,000円・・・・・よーし3,000円でいい!・・・・(いきなりそこまでさげるんかぃ!・・ほんとはいくら相場なんだろ)
ちょうど「嫁入り船」が、来たので「あれ見てから、また来ます」と・・・おじさんには申し訳ないが船には乗らなかった。
嫁入り船の花嫁さんも暑そうだった。
一緒に行った女の人は、「あれは暑いわね・・・帯の下の・・帯締めの下んところが、かゆくなるのよねぇ・・・」かゆくなる場所の情報まで教えてくれた・・・相変わらず面白い。
人出は、いまいちだったけど・・・毎年続いてるイベントは・・・たんたんと・・・はしゃぐことなく・・・続けって行っておくんなさい。
立川談四楼さんの「声に出して笑える日本語」という本にあった川柳を誰かに話したくてしかたない・・・でも、下ネタではばかられる。・・・このブログなら許してね。
「金玉の 根元涼しき 女房の屁」・・・・すごいなぁ。
男の子が女の子を好きになって、毎日、毎日手紙を書いた。365日毎日、毎日手紙をだして・・・
1年後、女の子は郵便配達員と結婚した。
5月21日、土曜日に潮来市に「あやめまつり」を観に行ってきた。
お祭り初日であやめが、あんまり咲いてない。
聞いてはいたけど、この辺は震災の液状化現象がひどかったようで、道路の路面も波打ってひどいけど、歩道部分は、これまたひどい。電柱がほとんど傾いてる。
暑かった。
客引きのおじさんが「櫓(ろ)船」に乗らないかと誘う。
聞けば30分4,800円だという・・・(高けえ)・・・・4,500円でいいよ・・・(まだ、高いよな)・・4,000円・・・・・よーし3,000円でいい!・・・・(いきなりそこまでさげるんかぃ!・・ほんとはいくら相場なんだろ)
ちょうど「嫁入り船」が、来たので「あれ見てから、また来ます」と・・・おじさんには申し訳ないが船には乗らなかった。
嫁入り船の花嫁さんも暑そうだった。
一緒に行った女の人は、「あれは暑いわね・・・帯の下の・・帯締めの下んところが、かゆくなるのよねぇ・・・」かゆくなる場所の情報まで教えてくれた・・・相変わらず面白い。
人出は、いまいちだったけど・・・毎年続いてるイベントは・・・たんたんと・・・はしゃぐことなく・・・続けって行っておくんなさい。
立川談四楼さんの「声に出して笑える日本語」という本にあった川柳を誰かに話したくてしかたない・・・でも、下ネタではばかられる。・・・このブログなら許してね。
「金玉の 根元涼しき 女房の屁」・・・・すごいなぁ。
2011年5月5日木曜日
子どもの日と海浜公園と「十徳」と「初天神」
ちょっと、曇り空。
まだ余震もあるこの時期、海っぺりは不安もあるが今年もネモフィラとチューリップを観に「ひたちなか海浜公園」に行って来た。・・・・私と季節の花・・・柄にもなく。
車で聞いていたのは・・これも地震の後の片付けで発見したカセットテープ
「昭和55年度 歌ん朝追ん出し寄席」落研で私が1年生の時の4年生の二代目歌ん朝さんの校内寄席の録音
最初に悟空さんの「十徳」・・・・懐かしいなあ。今じゃ・・・あの頃も、そうだけど十徳なんて着物があることがわからない・・・両国橋も一石橋も・・・俺たちが普段、当たり前に行き来する橋でもなかったし・・でも、俺が親父ゆずりの寸足らずのコートなんか着てたら「それは十徳コートか?」風公君にからかわれたっけ・・・・こういう噺はなかなか聞けなくなっていくのかな・・
ついで、楓さんの「初天神」・・・・親父と息子が1月の初天神の縁日に行く噺だけど・・・・飴を買う・・・団子を買う・・・凧を買う・・・・楓さんは飴を買ってもらうところで下げてる・・・今の縁日なら何買ってもらうのか・・・楓さんは、子どもの噺やりたかったんだろうな・・悪気なく甘える子ども・・・今、どうされているのかなぁ・・・・・・
で、追い出し口上・・・八海さんが司会・・・・歌ん朝さんは、助べえだという話から・・キャバレー行って、3,000円ぽっきりという店に入って・・・怖いお兄さんが出てきて3,000円払って腕をポッキリ折られた・・・まあ、そういうことだな・・・
で、3年の紫雀さんが、口上のしめで3本締め・・・懐かしい声だなぁ
テープのこの辺で、海浜公園についた・・・歌ん朝さんの「猫と金魚」・・噺はじめたときから、ハイテンションで笑ってる・・・・これも懐かしい声だ。・・・・カセットテープを切って・・・花を見に行く。
まだ余震もあるこの時期、海っぺりは不安もあるが今年もネモフィラとチューリップを観に「ひたちなか海浜公園」に行って来た。・・・・私と季節の花・・・柄にもなく。
車で聞いていたのは・・これも地震の後の片付けで発見したカセットテープ
「昭和55年度 歌ん朝追ん出し寄席」落研で私が1年生の時の4年生の二代目歌ん朝さんの校内寄席の録音
最初に悟空さんの「十徳」・・・・懐かしいなあ。今じゃ・・・あの頃も、そうだけど十徳なんて着物があることがわからない・・・両国橋も一石橋も・・・俺たちが普段、当たり前に行き来する橋でもなかったし・・でも、俺が親父ゆずりの寸足らずのコートなんか着てたら「それは十徳コートか?」風公君にからかわれたっけ・・・・こういう噺はなかなか聞けなくなっていくのかな・・
ついで、楓さんの「初天神」・・・・親父と息子が1月の初天神の縁日に行く噺だけど・・・・飴を買う・・・団子を買う・・・凧を買う・・・・楓さんは飴を買ってもらうところで下げてる・・・今の縁日なら何買ってもらうのか・・・楓さんは、子どもの噺やりたかったんだろうな・・悪気なく甘える子ども・・・今、どうされているのかなぁ・・・・・・
で、追い出し口上・・・八海さんが司会・・・・歌ん朝さんは、助べえだという話から・・キャバレー行って、3,000円ぽっきりという店に入って・・・怖いお兄さんが出てきて3,000円払って腕をポッキリ折られた・・・まあ、そういうことだな・・・
で、3年の紫雀さんが、口上のしめで3本締め・・・懐かしい声だなぁ
テープのこの辺で、海浜公園についた・・・歌ん朝さんの「猫と金魚」・・噺はじめたときから、ハイテンションで笑ってる・・・・これも懐かしい声だ。・・・・カセットテープを切って・・・花を見に行く。
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